第3話 森は湧き水を守ってる

「だからね、ここは雨水がとっても貴重なの」


 なんだか分かるような気がする。

 多摩川から忘れ去られたこの土地は、水源を雨水に頼るしかない。


「江戸時代に玉川上水たまがわじょうすい、昭和になって狭山湖と多摩湖ができて多摩川の水を使えるようになったんだけど、それまでは雨水と湧き水だけだったのよ」

 玉川上水は社会科見学で見に行ったことがある。今でもちゃんと流れていて驚いた。

「その昔、『所沢の火事は土で消す』って言われてたくらいなんだから」

 火事を土で!? そりゃ大変だ。

「それで雨水について研究してるの」

 お姉さんは中腰になって、愛でるようにプラスティックボトルを撫で始めた。中でかすかに揺れる水。

 でもそれって、一体何を分析しているのだろう?

「そのボトルで雨水を採取していることは分かりました。それで何が分かるんですか?」

「雨量とか水質とかを分析してるけど、いたって正常ということが分かってるわ」


 ええっ、それって研究なの?

 何か異常があって、それを解明するのが研究じゃないの?


「少年。なんか不服そうな顔してるけど?」

「いや、それって研究なのかな……って?」

「異常が無いってことを証明するのも大切なのよ」

「でも、やっぱそれじゃ、面白くないっていうか……」

「ちょっと少年。この研究は面白半分でやってるんじゃないの。じゃあ、極端な例を挙げてみるから覚悟するのね」

 少しご立腹なお姉さんは、僕の知らない話を始めた。


「九年前。私もまだ中学生だったんだけど、この地域にも放射性物質ほしゃせいぶっしつが降り注いだの」

 ええっ、放射性物質だって!?

 それって危ないやつじゃないの?

「福島の原発事故で、東京にも飛んできたのよ」

 九年前、僕はまだ四歳だ。

 東日本大震災で原発事故が起きたことは知ってるけど、東京まで放射性物資が飛んで来てたなんて知らなかった。

「武蔵野台地の学校だって、グラウンドの放射線量ほうしゃせんりょうが普段の二倍になっちゃったの。二年くらいで元の値に戻ったけどね」

 二倍!? そんなに変化してたなんて……。

「でもね、私は思っている。その時この森は、湧き水を守ってくれたんじゃないかって」

「それってどういうことなんですか?」

「これは福島県での研究例なんだけど、森の樹木や土壌には、放射性物質を地下水に流れにくくしてくれる作用があるんだって。湧き水を守ってくれるのよ」

 そんな役割を持っているなんて知らなかった。

 するとお姉さんは両手を広げ、樹々を見上げながら低い声でゆっくりと語り始める。


「森と土は百年、いや三百年かけて、有害な放射性物質を無害なものにしてくれる……」


 それって、アニメか何かで聞いたことがある。

 なんだったっけなぁ……。


「昔のアニメでしたっけ?」

「きっとナウシカね。私も影響されて研究者を目指してるのよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る