頭一つ抜きん出る影
大河井あき
頭一つ抜きん出る影
これは小学二年生か三年生だったころ、学校のイベントで影絵専門の劇団が招待されたときの話です。
広々とした体育館は暗幕で暗くなっていました。全学年が横並びで座っていて、私はクラスの列の右端にいました。
前方には大きなスクリーンがあり、影絵はその中で物語を紡いでいきました。生きた切絵を使ったような人形劇で、色付きセロファンのような素材が温かみのある鮮やかさを演出していたのを覚えています。
上演は二つあったのですが、その中間に生徒が実際に影絵を体験する時間が設けられていました。
使う人形はウサギ、キツネ、そしてイノシシ。つまり、代表者は三名。
「やってみたい人は手を挙げて!」という声でわっと歓声が上がり、授業中もこれくらい熱意があればいいのに、というくらい次々に手が伸びました。
ウサギの生徒が決まり、キツネの生徒が決まり、そして最後、イノシシの指名に移りました。膝立ちで腕をぶんぶん振っていたのが目立ったのでしょう。イノシシには私が指名されました。私はスクリーンを後ろから照らすライトの光を頼りに、それこそイノシシみたいに走ってスクリーンの裏に回り、人形を受け取りました。
人形には両前足でまとめて一本、両後ろ足でまとめて一本の透明な長い棒が下に伸びていました。両手でそれぞれの棒を持ち、開いたり閉じたりするように操作することで、野を蹴って走る動きを表現できるという仕組みです。
体験の内容は、劇団員の一人が馬の人形で走る動作の例を示すので、私たちは順番に、それに倣って動物を走らせる、というものでした。
はたと気付いたのは、私は
スクリーンの裏側で屈み、イノシシを影として映して、スタンバイが整いました。緊張がピークに達して、手をぎゅっと、棒と一つになるんじゃないかというほどに強く握りしめました。
進行役が合図をすると、馬がお手本にふさわしい走りを見せ、ウサギがぴょこぴょことかわいらしく走り、キツネがそれよりも速くスタタタとかけて、さあ、イノシシの番が来ました。「どうぞ!」の声がかかると、私は目をぎゅっとつぶり、やぶれかぶれの勢いでイノシシの足をぶるんぶるんと動かしました。
すると、スクリーンの向こう側で体育館が割れんばかりの大笑いが爆発し、同じくらいの拍手が沸き起こりました。私は困惑しながら目を開きました。自分が思った反応とは何か少し違っていたからです。しかし、誰よりも良い反応をもらえたことは確かでしょう。私は安堵し、そして誇らしい気分になりました。
私は体験を終えると、胸を張ってうきうきと元の列に戻りました。隣に座っている友達がこっちを見てにやにやとしていたので、私も得意満面のにやにやで返しました。しかし、友達のにやにやはどうやら私のものとはちょっとばかり違うらしいのです。
「何?」と訊くと、彼はわけをひそひそと教えてくれました。その言葉で、私はようやくみんなが笑っていた理由を知り、顔が真っ赤になるのを感じました。
「お前、頭出てたぜ」
頭一つ抜きん出る影 大河井あき @Sabikabuto
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