#2 ~隕石の星と宇宙人~

#2 隕石の星と宇宙人


「ここは……どこ?」

 静寂の中で、目が覚めた。

 直後私は、自分が見渡すかぎり何もない、真っ白な空間で横たわっていることに気づいた。


 いったい、何が起こってしまったの? 私は地面に手をついて起き上がる。その手には、感触がない。視界の中からは、いっさいの「モノ」が見てとれない。どこが地面でどこが壁なのか、まったくわからないので、まともに歩くことさえできない。

 音もしない。人間、本当に静かなときは、自分の心臓の音や耳鳴りが大きく聞こえるっていうけど、それすらも聞こえない。味もない。においもない。全ての感覚が薄い。そんな空間のなかで、自分自身の身体だけが、やけに重たい。

 目を閉じると、真っ暗。目を開けると、真っ白。ここは、白と黒と、私しかいない空間。

 私は急に寂しさを感じて、鼻の奥のほうから、つんとした何かが上がってくるのを感じた。


 *


 私は散らかった部屋のベッドで目覚めた。

 カーテンの隙間からは朝の陽がにわかに射し込み、部屋をほんのりと照らす。まどろみの中で、よれた布団の感触がしっかりと手や体に伝わった。


「やっぱり、夢だったか」


 私はしばらく呆然したまま、ベッドの上に正座で座り込んだ。今しがたまで自分が頭をくっつけていた枕の、すみっこのほうの一点をぼうっと眺めていた。

 すべてが日常通りの光景。しかし、少しだけ違う点もあった。いつもはどれだけうるさい目覚ましをいくつ置いてもどうしても起きられないのに、珍しくセットした時間より先に目が覚めてしまったことだ。時計を見ると、六時五十分を差している。

 まだ寝てられる?

 しかし、起床時間十分前。どうせすぐまた起きる羽目になるか。

 と、まだ重い頭を持ち上げて、私はゆっくりとベッドから降りた。枕のそばのスマートフォンを拾ってから。


「あらマリちゃん、今日は早いの」

 狭い廊下を歩いた先、リビングにいた母は、ソファに座ってニュース番組を見ていた。想定外な感じでこちらを見ている。

「何があったの? 隕石でも落ちてくるのかしら。やーね」そう言って、母はちょっとにやっとした。むぅ。

「せっかく早く起きたのにその言い方はひどいよ。明日からはもっと遅く起きようかな」

「やめて頂戴」即答する母。

「はーい」答える私。


 しばらくしたら、朝食が出てきた。いつもはトーストだけだが、今日は目玉焼きとサラダが追加されている。椅子に座り、それらの料理が乗せられたテーブルに向かった。

「いただきます」

 軽くつぶやいた後、何も考えずにトーストを口に運んでいると、キッチンにいる母が言う。

「そんなに急いで食べなくてもいいのに」

 それを聞いてはっとした。いつもの癖で、手を動かすのがつい素早くなってしまっていた。いつもどれだけ余裕がなくて、ゆっくり食べている暇がなかったかがわかってしまった。ちょっと恥ずかしい。

「たまにはゆっくり、でもいいのか」


 食事のあとは、リビングのソファに座って適当にスマホを見て時間をつぶしていた。

 しかし、そうこうしているうちに、いつの間にか出発(目標)時刻を数分過ぎてしまっていた。

「あ、時間」

 あわてた私が言うと、キッチンの母はまた茶々を入れる。

「油断するから」

「もー。わかってるよ」

 こういう状況、なんかことわざがあったような。いや、気のせいかな。

 まあいいや。

「行ってきます」

 私は結局急いで制服の上着を着て、カバンを持って、玄関から飛び出した。



 その日も退屈な授業が始まった。重苦しい雰囲気が、教室の中に蔓延しているように感じた。しかしまあ、そう感じているのは自分だけなのかもしれない。ほかの生徒は友達同士で仲良く楽しくじゃれあっているようだし。授業中だぞ。

「えー、指数関数というのは、これまで習ってきた一次関数や二次関数と比べても、増加の速度が著しく……」

 あーあ。もうめんどくさい。今はまだ、授業についていけてるけど、きっとじきにわからなくなるはずだ。私理数系苦手だしね。こんな時は、机の下でこっそりスマホを覗いちゃおうかな。なんて思ったりもするけれど、私は真面目なのでそんなことはできない。そもそも、見たところでほかに何か面白いものが見つかるとは思えないし。


 結局その日の授業はすべて終わってしまって、あっという間に後は帰るだけになった。このまま教室から即ズラかってもいいけど、私は性懲りもなくまたスマホを点け、何かないかと勢いでSNSを開いた。

 その時、私は気づいてしまった。めったに届かないトークアプリの通知が一件、届いていることに。

 焦った。軽く胸騒ぎがして、教室の隅で冷や汗をかいてしまった。

 大げさかもしれないけど、私にとっては結構な大ごとだ。

 結局家に帰るまで通知は開けず、とりあえずそのまま一直線で帰った。帰り道では、ずっと変に緊張していた。

 

 帰宅して、自室に戻り、カバンを下ろしてから、ベッドに寄りかかって深呼吸する。こんなだから自分はダメなんだ。早く見なければ。決するまでもない意を決して、再びスマホのバックライトを点灯させ、通知を開く。

 それは、見慣れぬアカウントからのグループへの招待であった。

 一体、誰が……?

 よく見ると、グループ名は『助け隊』。メンバーは現在二人となっている。ひとりは「Science Pear」、もうひとりは「かなた」という名前であった。

 かなた……。聞き覚えがある。

 

「やっぱり、昨日のは夢じゃなかったんだ」


 正直、絶対に夢だと思っていた。あんな不思議な経験をして、不思議な出会いをして。

 そんなことがこんなつまらない私に降りかかるなんて、ありえないと思っていた。夢だと思っていた。

 でも違ったんだ。これは現実で、全部実際に起こったことなんだ。


 私はすぐに、『グループに参加する』のボタンをタップした。すると即座に、「かなた」からメッセージが送られてきた。


『オッケー みんな入った?』

『早速だけど、トワの首飾りが光ったって エレメントを検知した合図なんだって』


 トワ……。エレメント……。一瞬、とまどった。昨日、いろんなことを耳にしすぎて、情報過多になっていた。一つ一つ思い出していこう。

 まず、昨日、市民公園でたそがれていたら、「釈梨花」ちゃんという女の子に出会った。それから、変な星が空の向こうで光りだして、それを追って二人で展望台に行った。そしたら、その星が空から落ちてきて、それは不思議な格好をした少女だった。途中で「三好彼方」ちゃんとも出会って、私たちはその少女「トワ」が自分の居場所に帰れるように、一緒に「エレメント」探しを手伝うことになった……という算段だったはずだ。

 あの後、一般人三人は家に帰ったけど、トワちゃんはどうしただろう?

 そうそう、そういえば、カナタちゃんが「うちで預かる」って言っていた。そんな簡単にいくの? 家に人間がひとり増えるんだよ? って思ったけど、「大丈夫」の一点張りだった。


 で、今はそのトワの報告をもとに、家に帰ったカナタちゃんがこのメッセージを送ってきた、ということか。

 続けて、再び通知音が鳴る。今度は「Science Pear」からだ。「科学の梨」……。いや、「理科」で「リカ」、つまり「梨花」ってことか。

『それ、マジで言ってるの? 信じられないんだけど……』

 相変わらず、リカちゃんは非科学的なことは信じないようだ。ここでまた、カナタちゃんからメッセージ。

『それで、四時半くらいに、またあの公園で集まれないかってトワが』

 突然の誘いに、私はまたしてもやや動揺してしまった。友達と放課後に遊ぶ約束をするのなんて、いつぶりだろうか。小学生か? もっとも今回は遊びでもなければ、まだ相手が友達とも限らないのだけれど。ってこれ、悲しい考え方かな。

『ちょっと待ってよ』

『私まだその〈エレメント〉ってのが何なのかもまだよくわかってないんだけど』

 リカちゃんが言いたいことを言ってくれた。

『いいから』

 それでもカナタちゃんは押し切るような四文字を送信してきた。こういうとこ、文字だけでのやり取りは怖い。

 それを最後にトークの進行は終息した。

 どうしよう。この雰囲気だともう行くしかないよね。まあ行けない理由もないし、行く以外の選択肢はもう……。

 わずかに日が陰り始めた午後三時半。約束までの一時間、私はだらだらとSNSを見て過ごした。

 

 

 

 寒空の下、私は市民公園の目の前までやってきた。錆びた鉄製の柵がまばらに立ち並ぶ入り口を通り抜けて、中に入っていく。人らしい人はまるでいない。まあ、平日の夕方だしね。

 そのまま芝生のところを通り抜け、奥のほうへと進み、とうとう木々が生い茂るあの森の前までやってきた。森はあまりにうっそうとしていて、十数メートル先も見えない。昨日はこんなところを全力疾走したのか。自分のことながら、にわかに信じがたい。


 本当に、向こうでみんなは待ってるのかな。唐突に心配になってきたけど、もう引き返す理由はない。私は森に足を踏み入れた。その足取りは、次第に早く、軽やかになっていった。


 何本の木を横目に見たか、もう数え切れなくなったそのとき、視界は唐突に開けた。

 そこには、人影が三つ。一人は胸元に大きく「GO」と書かれたオレンジ色のトレーナーを着て、元気そうに手を振っている。

 一人は緑のパーカーを着て、釣れない感じで立っている。

 そして一人は、見覚えのあるきらびやかなドレスを着て、静かに立っている。

 

「遅かったな! 待ちくたびれたよ~」カナタちゃんがこっちを見ながら手を振っている。

 ああ、待たせてしまったのか。

「ご、ごめんなさい」私は急いでみんなのところに近寄って、脊髄反射的に謝った。

 だがカナタちゃんは、別に、という感じで「まあいいんだけどね~」とおどけるように笑った。

 すると、隣にいたリカちゃんが呟いた。

「まったく……。もう本当にまったくだよまったく」

「何がまったくなんだよ」カナタちゃんは目を細める。

「本当にこんなことに付き合わされるなんて思ってなかったよ。非科学的だし……。マリもそう思うだろ?」

 ……確かにそうだ。でも今はむしろ、ナチュラルに名前を呼ばれたことのほうに驚いてしまって「うん……、そうだね」というあいまいな返事しかできなかった。

「それで、トワについてなんだけど」

 カナタちゃんに話を振られ、静観していたトワは口を開いた。

「そうです。カナタさんが学校にいる間、私は家にいたんですけど、そのときに私のこのペンダントが光ったんです」

 トワはそう言うと、自らの首からぶら下げた、あの虹色っぽく光るペンダントを掲げてみせた。昨日のリカちゃんいわく、この色は「構造色」というらしい。

「ふ~ん。それが、折りたたまれた宇宙船ってやつ?」リカちゃんは言った。『エレメント』ってやつを集めれば、展開されて宇宙船になるから自分の場所に帰れる……って」

「そうです、そしてそのペンダントに反応があったということは、何かしらエレメントを集める手掛かりが見つかったってことなんですよ!」

 トワはちょっと興奮ぎみだった。しかし、リカちゃんの表情は明るくなかった。


「悪いけど、意味が分からないね。まずその話自体が非科学的だし、その手掛かりっていうのがなんなのかも、よくわかってないんだろ? それじゃしょうがない。第一なんであんたは記憶を失ってるくせにそれだけは覚えてるのさ。少し都合がよすぎるんじゃないの?」

 その声色は、やけに冷たかった。


「それは……。ごめんなさい、わかりません」トワはちょっとしゅんとした。見かねてカナタちゃんは「ちょっと、言いすぎじゃないの?」とリカちゃんに詰め寄る。

 リカちゃんは軽く横を向いて言った。

「悪いけど私、オカルトとかそういうのあんま好きじゃないの。っていうか、率直に言うと嫌いなんだよね。何もわかってないで騒いでる連中とかさ。私には、あんたもそういうやつらと同じ畑の人間に見えるね」


 場は滞ってしまった。

 これが、科学に詳しい人の意見なのか。半分納得した一方で、ちょっとだけ違和感も覚えた。

「と、とりあえず、話を進めよう。ね?」

 カナタちゃんのとっさの一言に促され、トワは話を再開した。

「……論理も記憶もないかもしれないですけど、手掛かりはありますよ。このペンダントはエレメントのある場所や時代を、イメージとして映し出してくれるんです。試しにそこにある岩に、このペンダントの光を当ててみましょう」

 そう言うとトワは、近くにあった膝くらいの高さの岩にペンダントを近づけた。

 すると、ペンダントはほのかな赤色に発光し、光の筋が岩に向かって伸びていった。そしてなんとその岩に、何かのイメージ映像のようなものが映しだされたのだ。

「? なんだこれ……」さすがのリカちゃんも驚きを隠せない。

「よく見てみましょう」

 トワがそう言ったので、みんなでしゃがみこんでその岩を覗き込んだ。

 そこには、赤茶色の球体が、宙に浮いて回転する様子が見えた。背景は真っ暗で、宇宙空間みたいだ。だとすればこれは、なにかの惑星?

「これは……何?」

 覗き込みながら、カナタちゃんが呟く。

「……原始地球」

 そっとリカちゃんが呟いた。

「え?」

 リカちゃんは続けた。

「……多分、生命が生まれる前の、本当に最初のころの地球。いや、この感じなら、生命どころか海すらなかった時代かもしれない」

 そしてリカちゃんは、あごに手を当てて解説を始めた。

「四十億年以上も前の話だ。太陽系のある場所で、空間に漂っていた小さな塵たちが、いくつもいくつも、何回も何回も合体して大きくなっていって、やがてそれが地球やほかの惑星になったんだ。これは大体そのころの映像」


「へぇ~」

 解説が終わると、カナタちゃんはしゃがんだままにんまりとして、横にいるリカちゃんの顔を見る。

「な、なんだよ。これくらい常識だろ」リカちゃんは若干震え気味の声を出した。顔が少し赤くなっている。

「本当はちょっと気になるんでしょ?」カナタちゃんとの応酬は続く。

「う、うっさいなあ! いいだろちょっとくらい憧れても!」リカちゃんは叫んだ。

「えへへっ、なんかいいなあ。科学の話してる時のシャクリカ、すっごい楽しそうだもん」

「~~~!」リカちゃんは目をつぶって声にならない叫びを押し込めていた。「っていうか、その呼び方やめてよ?」


「ってことは、その原始地球? ってとこに、エレメントがあるんだよね」

 そして、カナタちゃんはだれよりも先に立ち上がって、宣言した。

「よ~し! じゃあ決まり! 今日は原始地球を探検だ~! ……」


 だがすぐに語尾が下がった。

「……とは言ったものの、何をどうすれば?」

 そこで、トワがペンダントを持って言った。

「そこで私の力です……この前も言ったように、私の力を持ってすれば、過去や未来、宇宙のどんなところにでも一瞬で行けてしまうのです」

「それ、どうやってやるの?」


 カナタちゃんがそう聞いた直後、トワは例のペンダントを両手でつかんで胸に当て、祈るように目をつぶった。

「? 何をするつもり?」


 すると、突然、周囲のすべての音が止んだ。


 風の音も、木々の揺れる音も、どこかから聞こえていた水の音も、すべてが静寂に包まれた。


「こうやって、やるんです」


 突然そんな声が聞こえたかと思うと、私たち四人の近くの空間だけが、光を奪われたように、やたらと暗くなっていく。

 しかし次の瞬間、トワの身体から光が放たれ始めた。それは次第にまぶしく、強烈な閃光となった。目を閉じても、ちっとも弱まらないくらいの。


 何も聞こえない。


 聞こえないけれど、なぜだか、エコーのかかったような声が聞こえた気がした。その声は小さく、か弱くて、助けを求めているようだった。

 

 何も、見えない。


 その中で、一瞬、めまいのような感覚を覚えた。



『ココカラ ダシテ』


 *


 何か、ごつごつとしたような感触があった。それは全身に、いや、右半身に多くあった。

 そうか、私は今横になっているんだ。右半身を下にして寝ているんだ。痛い、尖った地面が体に当たる。ここは開けた場所だ。それにちょっと暑い。ここは──。

 寝転がったまま目を開けると、振動とともに、遠くのほうで大きな音がした。音のほうを見ると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。

「隕石、降ってきた……」

 赤茶色の地面に落ちてきたそれは、隕石だった。その落ちた隕石が、地面にクレーターを形成し、地面に真っ赤な溶岩溜まりを作っていた。幸い、私の寝ていたところの近くはそうはなっていなかった。

「お~い、みんな起きてるか~」

 その声はカナタちゃんだった。彼女は一足先に起き上がり、周りの異様な光景を眺めていた。私たちを気遣うように見てくる。

「……本当に、原始地球みたいだな」

 そばで起き上がったリカちゃんが言った。これはきっと何かの間違い、だのと言っているが、少なくとも、今見えてる光景はあの「原始地球」のもので間違いない……ということか。

「というか、そしたら私たちなんで呼吸できてるんだ? ……この感じだと、大体海ができる直前くらいの時代っぽいから……? ……この時代の地球の大気には、まだ酸素なんかなかったはずだが」

 リカちゃんが慌てるように言う。「それとも、やっぱり偽物か?」

 しかしそれにトワが答えた。

「心配はいりません。私の近くにいる限り、バリアができていてどんな場所でも安全なんです。隕石も防げますし、この中には空気もあるので、呼吸もできます」

 また非科学的な概念が……。ってそれはリカちゃんのセリフか。

「じゃあさ、ここにエレメントがあるってことだろ? さっさと冒険しよーよ」

 カナタちゃんはやる気満々のようだ。

「そうですね、じゃあ行きましょうか」

 トワはちょっと笑顔になって言った。カナタちゃんにはどうも、みんなを引っ張る力、カリスマ性があるらしい。他方リカちゃんは……。

「シャクリカ? どうした?」カナタちゃんが問いかける。

 しかしリカちゃんはそれに気づかず、文明も森林も何もない巨大な大地を、目を輝かせて見ていた。

「……やっぱ楽しんでんじゃん」

 カナタちゃんの指摘に、リカちゃんははっと気づいた。

「……あっ……」また顔を赤らめるリカちゃん。

「……はぁ? 違うし! ちょっと気になっただけだし?」

「お? 認めた」

「~~~~~?!」

「あたしの声が聞こえないくらい集中してたなんて、よっぽどだよ」

 一見クールに見えて、実は表情豊かなのかもしれない。



「エレメント、ないね~~。なにか見通しとかないの?」

「う~ん」トワは唸った。

 私たちは、時折見える地面のマグマに注意しながら、生まれたばかりの地球の上を歩いていた。

「しかし、これだけ昔だと、生き物が棲むのも大変だったろうな」カナタちゃんが呟いた。

「さっき言わなかった? 生命は今から、というか現代から三十八憶年前に生まれたんだって。だから今はまだいないはずで……」歩きながら、リカちゃんが返す。

「お、今ここが大昔だってこと認めるのか」

「あっ……いや、それは……」


 しばらく歩いていくと、クレーターの少ない場所に出た。

「この辺だけやけに隕石が落ちた痕跡が少ないな」

 リカちゃんが呟いたその時、トワが、ある方向を指さした。その先には、地面が盛り上がって山のようになっているところがあった。

「なんですかね、あれ」

 見ると、その山の陰から、何か小さな物が飛び出してきた。

「?」

 それは、生きているかのように、私たちの目の前まで素早く移動してきたのだ。その後しばらくそのままの勢いで跳ね回り続けた。

「な、なんじゃこりゃあ?」私たちはあっけに取られてしまった。特にリカちゃんは唖然として動けなくなっていた。

 しばらく呆然と見ていると、それはついに跳ねるのをやめた。同時に、それの外見がはっきりと分かるようになった。

「これは……」

 それは、ざっくりと言えば、灰色の猫だった。足元ほどの大きさの、ふたつの耳が付いた、四足歩行の生き物。ただし、見慣れている猫とは明らかに違った。

 まず、頭がとても大きい。二頭身だった。猫というよりは、猫のキャラクターという感じだ。

 さらに、尻尾が五本もあって、どれもかなり長い。それぞれの先っぽには握りこぶしほどの大きさの構造物がついていた。その形は五本とも全部違う。何か意味があるのだろうか。

 顔も特徴的だ。目に当たる部分は、ラピスラズリのような丸い青色の宝石になっている。口は、小さいWの字を黒いペンで書いただけのようになっている。もしかしたらこれはただの飾りと模様で、本物の顔は別にあるのかもしれない。

 さらにその灰色の背中には、顔のような黒い模様があった。なんとなく、何かに似てる気がする。これって……。


「グレイだ!」

 カナタちゃんは両手を挙げながら、大はしゃぎでそれに向かって走っていく。

 テレビとかでよく見る、典型的な宇宙人のイメージ。小型で全身灰色でやせている、あのグレイ……言われてみればそういう風にも見える。トワも無言でカナタちゃんに続いていった。

「そんなはずが……」

 リカちゃんはそう言って、目を何度もこすっていた。私が二人に続くと、とぼとぼとリカちゃんもついてきた。

 

 近くに寄ると、それは足元からこっちを見てきた。そして、「クゥ~~~~」と鳴いた。

「かわいい~~~~?」カナタちゃんはそう叫ぶと、「抱っこしていい? 抱っこしていい?」とそわそわし始めた。猫派の私に言わせても、そんなにかわいいようには見えないけど。かと言って、気持ち悪いというわけでもないが。たとえるなら、私が小学生のときに図工で作った、出来の悪い謎の生き物って感じ。

「もう我慢できないもんね~!」

 そう言って、カナタちゃんはそれに飛びついた。そして体を掴んで、高く持ち上げた。

 途端、彼女は「うおおお?」という声を上げ、それを肩の高さまで降ろしてきた。

「何か気づいたんですか?」トワが言った。

「粘土なんだよ」

「えっ?」

「こいつの体、粘土でできてるんだ」

「本当ですか?」とトワ。

「さわってみる?」

 カナタちゃんはそうして、私たち全員にその生き物を回した。トワから渡されたそれの手触りは、確かに、粘性と若干の湿り気と持った、粘土のそれそのものだった。

「粘土でできたグレイみたいな模様のある猫……クレィとでも名付けるか」とカナタちゃん。

「……そんなはずがない。この時代に生き物なんて……それに、体が粘土……ああまさか、ケイ素生物……? そんなわけ……とにかくもう、ありえないっ?」

 リカちゃんはそう言って頭を抱えた。


 カナタちゃんはその後も抱っこし続けていた。するとクレィのほうもうれしかったのか、また「ク~~」と鳴き、五本の尻尾を振り回し、ゴロゴロという猫が喉を鳴らすような音をあたりに響かせた。この様子を見ていると、確かに、ちょっとかわいいかもしれない、と思ったり、思わなかったり。

「ふー、まんぞく」

 ひとしきり抱いた後、カナタちゃんがクレィを地面に降ろすと、それを見たトワは言った。

「なんかこの子、困ってるように見えませんか?」

 そう言われると、さっきからクレィはそこら辺一帯をうろうろしては、落胆するような動作を見せる、というのを繰り返している。もしかしたら、私たちみたく、何かを探しているのかもしれない。

「この子、きっと迷子になっちゃったんですよ!」

 そう、トワが言った。

「本当かよ」とリカちゃん。

「なんとなくわかります」トワはそう言って目をつぶりながら、ペンダントを握りしめた。これまで幾度も超能力を見せつけられた後だ。根拠はないけど、説得力を感じる。

「迷子ってことはこいつ、子供だったのか……」

 カナタちゃんはそう言って同情の目をクレィに向けるが、すぐに「だからこんなにかわいいんだな!」とまたクレィを撫で始めた。

「もし子供なら、近くに親がいることになる……ってことは、こいつみたいなのが他にもたくさん生息しているかもしれない……?」と頭を抱えるリカちゃん。

 トワは手をポンと叩いて言った。

「探してあげましょうよ、お母さん、もしくは、お父さんを! エレメントもその間に見つかるかもしれないですし」

「悪くないね」カナタちゃんは楽しそうだ。

 リカちゃんはそれを横目に「……勝手にしてよ」と吐き捨てた。

「マリはどう?」

 カナタちゃんはそう言って私の目を見る。

 突然聞かれて、少し動揺する。

「う、うん」小さく答える。

 やっぱり人と話すのは慣れなくて、目は合わせられなかった。



 クレィはトワの胸にすっぽりと収まり、心地よさそうに眠っていた。

 少し進むと、数十メートル先に、何やら青みがかった灰色の建造物群が見えてきた。それらは天然物にあるまじき精密な形をしていた。

「ありゃあ、なんだ?」その建物たちを指さしながら、カナタちゃんが言う。

「もしかして、この子の故郷の集落じゃないですか?」

 トワがそう返した次の瞬間、クレィはトワの胸から飛び出して、地面に着地し、そのまま嬉しそうにあたりを飛び回り始めた。

「やっぱりそうだったみたいですね!」

「これは嘘……」リカちゃんはやっぱりまだ信じきれてないみたいだ。

 しかしなんだ、案外簡単に見つかるものじゃないか。こんなにわかりやすいなら、そもそもなんで迷子になったの? っていう疑問が生まれるくらいだ。クレィは背が低いから、視野が狭いのかもしれない。

 私たちは早速、クレィを親の元まで送り届けることにした。近づくと、集落の様子がよく見えてきた。それは集落というより、大きな市街のようだった。

 大きな道が街の真ん中を通っていて、浮遊する車のようなものが行き交っている。道の脇には、プレハブのようなものから高層ビルまで、いろんな大きさの四角い建物が立ち並んでいる。四角だけじゃなく、三角や渦巻などの芸術的な形の建物もあった。建物と建物の間にはロープウェイみたいなものがつながっている。途中には公園に似たものもある。見渡す限りどこまでも街は続いていた。

 さらに……。

「クレィがいっぱいいる!」

 そこには、クレィと似たような形をした、灰色の猫っぽい生き物がたくさんいたのだ。

 だが、大きさは、ほとんど私たち人間と同じくらい。さらに、みんな二足歩行をしていた。そして手足は短い。昔の掲示板にこんなキャラクターがいたと聞いたことがある。それが大人で、本当の猫に近いクレィは子供なのだろうか。

 こんなものがそこらじゅうをうろうろしていた。手前の高架の下では、二体の個体が、立ったまま五本の尻尾でコミュニケーションをとっているようだった。その近くには、クレィに近い子供の大きさの個体もいて、数体で追いかけっこをしている様子も見て取れる。遠くのほうを見ると、他とは違う形の車(移動販売車?)の中で、何かを売っているような光景も見える。

 リカちゃん曰く「生命がまだ生まれてないはずの時代」に、こんな不思議な生き物がたくさんいて、しかも文明があったなんて。

「なんというか……すごいなぁ」

 その集落の目の前まで来ると、カナタちゃんは左右に体を傾けてその集落の様子をのぞき込んでいた。

 集落の中と外の境目はあいまいで、境界線や柵のようなものはなく、いつでも入れそうな状態であった。

「勝手に入ったら、侵略者として攻撃されたりしないかな?」カナタちゃんが言った。

「柵がないってことは、そこまで警戒心はないんじゃないですかね?」とトワ。

「それもそうだな。それに、かわいいし」そう言ってカナタちゃんはにんまりとする。

「敵の攻撃から身を守れるだけの知性があるかどうかも、微妙ですしね」

「うーん。……というか、そう言うあんたも宇宙人なんでしょ~? 知性とかも普通だし、普通の人間にしか見えないんだけど」

 そう言って、カナタちゃんはちょっとにやっとした。

「……それは、覚えてないので」トワは小さく答える。

「ま、それはどうでもいいんだけど」

「人間以上の知性を持った生命体がいるはずが」

「はいはいそこまで! よーし、じゃあ入ろう! クーちゃんを助け隊、しゅつどお~う!」

 勝手につけた名前にさらにあだ名までつけてしまうカナタちゃんであった。


 そのままの流れで、私たちは宇宙猫、いや地球猫たちのにぎわう街の中に入っていくことになった。慎重に慎重に、と心がけてはみたものの、案の定何も咎められはしなかった。彼らはみな、こっちを一瞥はするが、特に警戒することもなく、気に留めていないように元に向き直る。

「誰も気にしてないみたいですね」

 私たちは、街の中心にある、一番人通り、いや地球猫通りが多い大きな道を歩いた。ある程度行くと、やがて周りには民家のような低い建物が多くなってきた。住宅街だろうか。


 その時、見えた。斜め前方、民家のような建物の陰に、ある一体の地球猫がいた。それはやけに挙動不審で、なにかを探しているような動きをしていた。遠くから見ても、不安げな様子が伝わってくる。

 しかし、私たちがそれに近付き、それが私たちに気づいた瞬間、それはなんとこちらを向いて手を振り始めた。私たちが誰からも気に留められない中、唯一その個体だけは、ぴょこぴょこと背伸びをして、こっちを必死に見ようとしてくる。

 

「あれ、あそこにいるのは、私たちに興味があるやつか?」カナタちゃんが斜め前にいる個体を指さしながら言った。

「もしかして、あれがこの子のお母さんなんじゃないですか?」そう言って、トワはうつむくように胸に抱いたクレィを見た。

「ク~~! ク~~!」クレィは鳴き叫び、トワの腕の中で暴れ始めた。

「わっ」

 クレィは大きく鳴くと、そのまま勢いよくトワの腕から飛び出して地面に降り立ち、四本の脚で一目散にその地球猫のもとに駆けていった。

「……」一瞬、呆然とするトワ。

「やっぱり親だったんだな」

 カナタちゃんがそう言ったように、クレィはその親らしき地球猫に飛びつき、腕の中に収められ、そして鳴き始めた。

「クー……クゥ~ン」

 親にピッタリ寄り添って、安心したように眠るクレィ。

「なんか、こっちまでうれしくなっちゃいますね」トワは笑顔でカナタちゃんに顔を向けた。

 すると、下を向きクレィを見ていたその「親」は、ゆっくりと顔を上げこちらを見た。

「お? ちょ、誤解しないでくださいね? 私たちは助けたほうですから……」カナタちゃんは足を引いて少し警戒した。


『皆さん、本当に、ありがとうございました』

 カナタちゃんの心配とは裏腹に、「親」は優しそうな声で言った……というか、宇宙人がしゃべった?

「しかも日本語で!」

 これは、どういうこと? 疑問をぶつける暇もなく、「親」は言った。

『もしよかったら、うちに上がっていきませんか?』



「すげー」

 無機質な廊下を通ると、リビングらしき大きな部屋にたどり着いた。二十畳くらいあるのか? 壁や床、天井はすべてのっぺりした平面で、青みがかった灰色だ。そんな空間の中に、何に使うのかよくわからない機械のようなものがいくつも並べられていた。これが家具か家電のかわりだろうか。見慣れない光景ではあったが、なんとなく安らぎも感じられるような気がした。

『どうぞ、おかけになってください』

 「親」はそう言うと、しっぽで何もない壁を指さした。

 それを見てカナタちゃんがボソッと呟いた。

「えっ……空気椅子しろってこと?」

 「親」はそれに反応するように言った。

『あれ、わかりませんか? でしたら……』

 そして「親」は、しっぽで壁についているボタンを押した。

 するとなんと、さっきまで何もなかった壁際に、透明なソファのようなものが現れた。

「なっ……!」のけぞるリカちゃん。

 

「あらためまして、おかけください」

 私たちは、そのソファに横に並んで座った。電車に乗っているようだ。

 ソファはちょっと冷たくて、弾力の高いゼリーかスライムに似た不思議な感じだった。でも、くっついてくる感じはなかった。座り心地は悪くない。

 私たちは座ったが、「親」は目の前でクレィを抱きかかえたまま立っていた。

「あれ、あなたは座らないのですか?」隣に座っているトワが言った。

『私は疲れない薬を摂取しているので大丈夫です』

 つ、疲れない薬……?

『? どうかしましたか?』

「か、カルチャーショックだ……」カナタちゃんがボソッとつぶやく。

 

「あ、あの聞きたいことがいっぱいあるんですけど」

 カナタちゃんはそう「親」に言った。

「あなたたちは、いったい……」

『私たちは、ツチクレという種族です。あなたたちはきっと、どこか遠くの星からいらっしゃった方たちだとお見受けします』

 まあ実際は遠くの星ではなく、遠くの時代の同じ星なのだが。

『クレィを見つけてくださったお礼でもあります。どうぞゆっくりしていってくださいな』

「いえいえ」

『私どもは、すべての客を歓迎します』

 ともあれ友好的で安心できそうだ。

「どうやって私たちとコミュニケーションを……?」

 カナタちゃんが尋ねると、「親」は答えた。

『言語は、私らが自分の体の中にインストールしている、生体工学技術で翻訳しているのです。もっとも、私らの「言葉」はあなたたちのように音声振動によるものではないのですが……』

「はあ」

「要するに、テレパシーってこと?」カナタちゃんが言った。

「なわけないだろ、自動翻訳機を体内に埋め込んでるってことだろ」

 どこか不満げに解説するリカちゃん。私には二重に翻訳が必要かもしれない。

「それはそれで……けど」リカちゃんが何やら小声で文句を言っている。

 話が突拍子もなさ過ぎて、あっけにとられてしまった。でも最近はこんなことも慣れっこ……だと思う。

 「親」は抱きかかえたクレィに目を落とす。

『ほんとにもう……すぐいなくなるんだからこの子は……』

 「親」はしゃべるのと同時に、いつも体をうねらすような変な動きをする。それがおかしくて、思わず笑ってしまった。この動きが彼らの「言語」なのかもしれない。

「クレ……いえ、その子の鳴き声は? 音声ではないのですか?」

『もしかしたら、たまたまあなたたちに音として聞こえるものを発しているのかもしれませんね』

「ええと……あの、……お母さんですか? お父さんですか?」

 カナタちゃんがさらに問う。

『……それは、あなたたちの種族のセクシュアルのことでしょうか? そちらは二性生殖ですか。私たちは五性生殖するので、単純にあてはまるものはないかと思いますが』

「ごせい……せいしょく……?」カナタちゃんは繰り返すように言った。「って何」

「つまり、単に『親』と呼ぶしかないってことですかね?」とトワ。

 その時、私はリカちゃんの様子がおかしいことに気づいた。

「ちょっと待って……五性生殖って言った……?」

 振り返ると、リカちゃんは顔を手のひらで隠しながら震えていた。

「言ってましたけど」トワが答える。

 リカちゃんは、私たちの顔と、クレィの五本ある構造物付きの尻尾を見た。

「? 尻尾がどうかしたんですか?」首をかしげるトワ。

「五性って、つまり、これはそういう……」

 言いかけて、言葉に詰まるリカちゃん。

「言わない!……これ以上は、言わない」

「ク?」

 クレィは「親」の腕の中で、五本のしっぽをゆらゆらと揺らしながら、首をかしげていた。


「まあとにかくだ」

 カナタちゃんは、仕切りなおすように言った。「ここら辺に、『エレメント』……っていうものがあるらしいんですけど、何か知ってますか?」

『エレメント? ですか?』聞き返す「親」。

「というか、私もまだよくわかってないんだけれど……トワ、エレメントってそもそも何なの? どういう色なの? 形なの?」

 そうだ。そういえば、一番大事なことを知らなかった。今まで私たちは何を頼りに探そうとしていたのか。それがわからなかったら探しようがないのに。勝手にオーブみたいなものだと想像してはいるが……。

「実は私自身もよくわかってなくて……」トワは言った。

「ええ……そりゃないぜ……」とカナタちゃん。

「でも、近くにあれば、気配でわかります。これだけは間違いなく言えることです」

 なんだろう、トワの不思議関連の話は、はっきりしないことが多すぎる。

「じゃあもう、やみくもに当たるしかないってことか」


 そんな会話を続けていると、トワが突然叫んだ。

「ひゃっ?」

『こらこらクーちゃん、お客さんに悪さしないの』

 見ると、クレィが、トワのドレスのスカートを、前足の爪でひっかいていた。

「クィ~~~~」

 それを見たカナタちゃんは、何やら考えた後、言った。

「もしや、遊びたいんじゃないか? あたしらと」

 カナタちゃんがそう言って「親」をちらと見ると、「親」は答えた。

『そうですね、遊んでもらえると、助かります。ちょっと離れたところですが、共用のレジャー施設があります』

 レジャー施設まであるのか。

「その間に、エレメントも見つかるかもしれないしな」


 *


「うわー、疲れたーっ」

 へとへとになりながら広場の地面に倒れて、カナタちゃんが言った。

「あんなに元気だとは思いませんでした」とトワ。

「シャクリカもすごかったなあ」

「……うるさいよ」

「マリもね」

 遊んであげたというより、もてあそばれたという感じだった。施設はフィールドアスレチックのような屋外施設で、紐と陶器の丸太でできたコースを進んでいくものだった。クレィがどんどん進んでいってしまい、運動のできない(カナタちゃん以外の)私たちは余計に疲れる羽目になった。

 普通の猫とすら戯れたことがないのでわからないが、おそらくそれよりはるかに重労働であったことは間違いないだろう。回し車で転んで落ちた時の傷がまだ痛む。全身が外からも中からも痛い。明日絶対筋肉痛で動けない。

 一方、もうすました感じで地面に座っているカナタちゃん。

「すっかり、懐いちゃったなあ」

 遊び疲れ、トワの胸の中ですやすやと眠っているクレィ。しばし街の中で走り回った後、今は再び「親」の元へ帰っているところだ。

「でも結局、エレメントはなかったね」とカナタちゃん。

「ほんとにそんなものがあるんだか」リカちゃんはため息交じりに行った。

 トワは若干焦ったように早口になって言った。

「あ、ありますよ! このペンダントに反応があったんだから確かに……」

 そこまで言うと、トワは帰路で突然立ち止まった。「ん?」

「どうした? トワ」カナタちゃんが尋ねる。

「何かを感じる……」

 そう言って、唐突にトワはクレィを地面に寝かせた。そして、意識を集中させつつ、辺りをゆっくりと見まわした。「このあたりに、エレメントが、ある」

「またオカルトですか」と、なぜかおばあちゃんのような口調で言うリカちゃん。

「いや、確かに……すぐ近くです、近くにあります」

 するとトワは膝立ちになって、地面に手をつき、あたりを見回し始める。

「なんかうさんくさい」カナタちゃんまでもが怪しがり始める。「ドレスが汚れちゃうぞ」

「勝手にきれいになるので平気です」

「マリはどう思うよ」と、カナタちゃんは私に問いかけた。

 ううん……。

「さあ、どうなんでしょうか」

 われながら、曖昧な返事だ。

 一方のトワは、もうほとんど地面を這うようにして、辺りを嗅ぎまわっている。この光景は、トリュフを探すブタのように見えなくも……ない。

「ぷっ、ハハァ」

 カナタちゃんに笑われているが、トワには聞こえていないようだ。

「すぐそこに……というか、もう『ここ』に……」

 そのときトワが顔を近づけて嗅ぎ当てていたのは、はたしてクレィそのものだった。

「ここです! ここにあります!」地面から私たちを見上げるトワの顔は、若干地面の冷えた溶岩がついて黒ずんでいた。

「え? 『ここ』って、クレィしかいないけど」カナタちゃんが言った。「まさか、こいつがエレメント……?」

「……あ、ほんとだ……ええええええ?」トワは自分で驚く。

「じゃ、じゃあ、私たちはずっとエレメントと一緒に過ごしてたってこと……?」

 な、なんだ、じゃあこんなぼろぼろになるまで遊ぶ必要なんてなかった……。

「さ、見つかったんなら、さっさと回収すれば」リカちゃんがそっけなく言った。

「……そうですね。では」

 トワはしゃがんで、丸まって眠っているクレィの前にペンダントを掲げた。そして目をつぶり、何やら祈るような動作をした。

「おお」

 直後、辺りがほんのりと水色に光り輝き始めた。

 そして、しばしそのまま時間が過ぎていった。


「……トワ、まだ?」

 カナタちゃんが聞いても、トワは答えない。

「さすがに長すぎじゃない?」

 たぶんもう三分ほどが経過している。もうちょっと早く終わるものだと思っていた。

「もうすぐです」

 ささやくようにトワは答える。ゲームの読み込みが、完了ギリギリでずっと止まっているような感じだろうか。

「もう少し──」

 その時だった。



 ドン?

 という爆発音とともに、大きな衝撃が地面から伝わってきた。

「? なんだ?」

「隕石、かな」リカちゃんは言った。

「やっぱり、ここら一体だけ隕石が落ちてこないなんて、ありえなかったんだ」

「でも、煙もないし……というかそれより、トワ、ねえ!」

 カナタちゃんがトワを揺さぶると、光が消えた。

「どうだったの?」

 カナタちゃんが尋ねると、トワは首を横に振った。

「……ダメです、刺激が入ってきて、途中で終わってしまいました」

 どうやら、エレメントの回収作業は振動に弱いらしい。

「……そうか。仕方ないね。とりあえずこの辺は大丈夫そうだから、街の様子を見に行こう。大丈夫だと信じたいけど」

「ええっ? さっさとやることやって帰れば……」とリカちゃん。

「いいから!」どこかに行こうとするリカちゃんを、カナタちゃんが制した。

 私たちはダッシュで街に駆けていった。山を過ぎ、岩を過ぎ、谷を飛び越えたところで、ようやく人工物っぽいものが見えてきた。

「はあ、はあ……」


 そこにあったのは、残酷な現実だった。


「これは、ひどい……」

 まず、街は完全にぼろぼろになっていた。ビル群はばらばらに割れて散らばり、空を飛んでいた車はポイ捨てされた空き缶のように転がっていた。灰色の粉塵が吹き荒れ、街は平らになっていた。見るも無残だ。そんな惨状が、見渡す限りどこまでも続いていた。さっきまで見えた文明は、もはやどこにもなかった。

「なんてこと……あっ」

 ここでトワの腕に抱かれて眠っていたクレィが目を覚ました。

「クゥ……」

 こんなになってしまった街を見たら、クレィはどう思うだろう。

「見ちゃだめです!」

「クゥ~」

 飛び出そうとするクレィを、トワが必死に抑え込んだ。


「……おかしい」

 ここで、リカちゃんが何かに気づいたようだ。

「ここに来るとき、ほかの場所に隕石が落ちるのを見ただろ。そこはマグマで真っ赤になってた。でもここはそうなってない。本当に隕石が落ちたなら、ここら一体がマグマまみれになっていないとおかしいんだ。それに隕石なら、こんなに広範囲で一様な荒れ具合になることなんてない。隕石がぶつかった点から離れるほど、被害は小さくなるはずだろ」

「……んーってことは、隕石のせいじゃないってこと?」カナタちゃんが尋ねる。

「そうかもしれない」とリカちゃん。

「じゃあ、一体何のせいなんでしょうか」とトワ。

「とにかく、クレィの親の様子を見に行かないと」とカナタちゃん。

「しかし、この様子じゃあもう……」

 すると突如、地面に大きな楕円形の影が浮かび上がった。

「? なんだ?」

 その影は少しずつ小さくなり、やがて止まった。

 上を見上げると、見慣れないものがふわふわと空中に浮かんでいた。それはメタリックな紫色の表面を持ち、流線形のボディにガラスのハッチがついている機体。これはまるで、子供番組に出てくるような……。

「宇宙船だ……」

「なんだこりゃあ!」

 すると、これもまた突然にビュン! ビュン! という音が辺りを飛び交った。

「あれ、なにか撃ってきますよ!」

 クレィをしっかりと抱きしめて、腰をかがめながら、トワは叫んだ。

「逃げないと!」

「でも、クレィの親御さんがぁ」カナタちゃんがまだ先へ行きたそうだ。

「しょうがないですよ! 早く安全なところでエレメント回収の続きを……」

 するとまた、銃声が連続で響く。流れ弾が瓦礫にあたり、それが文字通り粉々になって宙を舞っていた。

「……わかったよ!」

 カナタちゃんはようやく逃げることに納得して、一緒に街の外へと走った。

 しかし、宇宙船はなおも私たちを追いかけてきた。低空飛行に移り、しきりに銃を乱射しながら、街の残骸に私たちを追い込むように迫ってきた。

「ハア、ハア、い、いったい何なんだ、あれは……」

 へとへとに疲れた後の全力疾走に、体が悲鳴を上げる。

 ついに私たちは、逃げ場をなくしてしまった。前面を瓦礫に囲まれ、そして後ろには、宇宙船。

 追い詰められた私たち四人。

「お、終わりだ……」リカちゃんは、腰が抜けてしまったようだ。

「なんでわたしたちを狙うんでしょうか?」トワが言った。

「あたしたちが何をしたっていうのさ!」カナタちゃんは宇宙船相手に叫ぶ。

 すると、宇宙船は地面まで降りてきて、地面スレスレでホバリングをはじめた。そのままハッチが上に開いて、中から人が出てきた。黒い装甲付きの強化スーツのようなもので全身を覆い、手には白い銃のようなものを握りしめていた。

「だ、誰だ……?」

 その銃口は、私たちに向けられていた。

「まずい、殺される?」

 私たちは寄り添って、しゃがみこんで集まった。もうだめだ。そんな気がしていた。

 しかし黒いスーツの人は、銃のねらいを私たちから外し、真上へと向けなおした。

「? 何をする気だ?」

 何か、声が聞こえてきた。


【アノマリーを発見。回収します】


 直後、ドン! という音とともに、猛烈な衝撃波が辺り一帯を襲った。目を開けていられないほどの爆風が吹き荒れる。

「~~?」

「けほっ、けほっ」

 なんだ? 目が痛くて開けられない……。体に細かいものが当たる感じがする。

 しばらくそれが続き、やがて収まってきて目を開けたころには……。

 周囲から物が消え、ただ粉が舞っていた。私たちから半径数メートルの同心円の内側にあったがれきが、粉塵となって落ちていく。その粉たちのどれがあの建物で、どれが彼らの体で……。

 そんなことを考えていたら、ふと足元に、透明なゲル状の物質が落ちていることに気づいた。

「これは……まさか……」とカナタちゃん。あのソファの?

「ということは、ここがクレィの……」トワが悲しそうな顔で言った。

「ッ……もしかしたら、まだ瓦礫の下にいて助かってたかもしれないのに」

 カナタちゃんはゲル状の物質を拾い上げ、歯を食いしばりながらそれを強く握った。

「いや、どこの家にでもあるものかもしれないし、ここがさっきの場所と決まったわけじゃないし、……」

 トワが、クレィがいなくなったことに気づいたのは、そのあとだった。

「あ、く、クーちゃんが!」

 まさか、連れ去られた?

「おい、あいつ、クレィを持ち去るつもりか?」

 カナタちゃんの指さした、前方を見た。さっきの黒スーツの人が、何か動くものが入った網を抱えて宇宙船に戻ろうとしていた。

 クレィが捕まってしまった。そのまま逃げるつもりか。

「まずい!」

「すみません、私が目を逸らしたから」とトワ。

「心配すんな!」

 そう言うと、カナタちゃんは手足を大きく構えた。スタンディングスタートの姿勢だ。

「待って、何する気?」座った姿勢でリカちゃんは言った。

「何って、取り返しに行くんだよ! クレィを!」

「あいつが何したか見てなかったの? 原理はよくわからないけど、あの銃は物質をミクロなレベルまで分解する力があるかもしれない。当たったら、どうなるかわかるよね?」

 リカちゃんは必死だった。

 だが、カナタちゃんはただ笑ってこう言った。


「……何、心配してくれてんの? 意外とそういうとこあるんだね、シャクリカ」

「……うるさい」

「ありがと」カナタちゃんは、にっこりと笑った。

「……」

 リカちゃんは額に皺を寄せつつ、何も言えないようだった。カナタちゃんはそのまま、上昇しつつある宇宙船まで走り出した。幸い、敵に見つかることなく、ハッチに伸びたはしごに掴まることに成功した。

「うおあああああああ?」

 叫びながら、体を揺らしながら、全力で宇宙船を引きずり降ろそうとしている。

「だ、大丈夫かよ、あれ」

 さすがのリカちゃんも、心配を隠せないようだった。

「行ったほうが、良い、ですかね」

 トワは、苦しそうな顔で私を見る。

 どうしよう。私が決めなくちゃいけないのか。

 宇宙船の底面についたエンジンが、火を放つ。そして、より速いスピードで上昇していく……。

「カナタ! もういい! これ以上は危険だ!」リカちゃんが叫ぶ。

「だって……クレィが……」

 カナタちゃんは、宇宙船にひっついたまま、足が離れるくらいまで上がってしまっている。落ちたり、振り回されでもしたら、危ない。行かないと!

 

 だが私は、目の前で起きている光景に、いまだに実感が持てていなかった。

 そもそもなんだ、なんで私は、こんなことをしているんだ。

 私と関係ない場所で、関係ない人たちと。

 私は何をやってるんだ。

 どうでもいいじゃないか。こんなことで、危ない目に遭うくらいなら、別にこのまま眺めていても。逃げ出したって、別に……。



《シンジテ ミンナヲ……ヒトリニナッテハ、ダメ》



 ……気が付いたら、私は走っていた。

 もう、知らない。撃たれたって構うものか。

 幸い、向こうに気づかれる前に宇宙船に近づくことに成功した。そして、今にも浮かびあがってしまいそうなカナタちゃんの背中に、しっかりと抱きついた。

「? おお」

 私たちの重みで宇宙船は大きく沈みはじめた。しかし、対抗して宇宙船のほうもエンジンをふかして、急激に浮かび上がっていこうとする。私も、足が地面から離れそうになる。

「やばいっ!」大きなGを感じた。

 直後、足を引っ張られるような感じを覚えた。何かと思って下を見ると、私の足にはトワが、その下にはリカちゃんが、という風に、みんなついてきていたのだ。

「みんな……よし、引っ張るぞー!」とカナタ。

「完全に浮いてて摩擦がないから引っ張るのは無理だー?」叫ぶリカちゃん。

 そして、宇宙船は地面から完全に飛び上がった。

「う、うわっ」

 しばらく上昇したのち、宇宙船は私たちを振りほどくように上下左右に暴れ始めた。

「ひゃあ」

 そして、最終的には全員が宇宙船の上に乗ってしまった。近くで見ると結構大きい。

 その時、宇宙船のハッチが開いた。中から黒スーツが出てきて、私たちの位置を確認するためか、左右を見回している。その横には、網をかけられたまま意識を失っているクレィの姿があった。

 今しかない。

 カナタちゃんより先に、私の体が動いた。

 低い姿勢で、足で宇宙船の機体を蹴り、ハッチのそばへ飛び込んだ。黒スーツのそばに置かれた、網をかけられたクレィをつかんで引く。やったか──

「危ない!」

 異変に気づいた黒スーツは銃を持ちなおした。目と鼻の先、数センチ。私に銃口が向く。まずい、撃たれる──

「……逃げてください!」

 その声とともに、トワの体の周りから、光と衝撃波が発せられた。

 その波は、私たちの乗っていた宇宙船を、一瞬で遠くへと追いやった。と同時に私たちはテーブルクロスの要領でその場に取り残され、そのまま自由落下を始めた。

「……おいおい、おいおいおいおい、まずいぞ、これは」とカナタちゃん。

 すでに地面は遥か遠く。

「だったらこれで……」

 その時、またトワが何やら念じ始めた。とたんに落下がゆっくりになった。

 そのおかげで、私たちはそっと地面に着地することができ、事なきを得た。かすり傷一つ負わなかった。

「おわあ」

 空を見上げる。宇宙船は、もう見えない。どこかに行ってしまったようだ。



「……なんとか、なったなあ」リカちゃんが言った。

「というか」カナタちゃんはトワに詰め寄る。

「こんなすごい技使えるなら、最初から使ってよ」

「そ、それは……ごめんなさい。よくわからない力に下手に頼ると、うまくいかなかったときにまずいと思ってたんです」

 トワの力は、どうやら自分ですらよくわからないものらしい。

「やっぱりオカルトだぁ……」リカちゃんは頭を抱えていた。


 そのとき、私は気づいた。カナタちゃんが、何やら小さい銀色の箱を持っていることに。

 カナタちゃんは私の視線に気が付いたのか、箱を見せながらこう言った。

「ん。ああ、これ? ……なんでしょう」そう言ってカナタちゃんはにやっと笑う。

 クレィを取り返すついでに、あの宇宙船からちゃっかり何か拝借してきたのかな?

「間違えて取ってきちゃったんだよ。何か使えるものが入ってたらいいんだけどなあ」とカナタちゃん。

「いいんですか? こんなことして」トワが指摘した。

「まあ大丈夫だろ。相手は悪いやつだし。多分」

 言いながら、カナタちゃんは箱のふたを開けようとした。お菓子の箱のようにそのまま開けられそう……と思ったら、全然びくともしていなかった。

「……はあ、はあ、ダメだ、後にしよう、これは」

 箱はカナタちゃんが持ち帰るのだという。


「クレィは、大丈夫かな」

 クレィはこれだけの騒動が起こった後でも、なお眠ったままであった。

「多分大丈夫だよ。よく眠ってる」

 トワはしゃがんで、またクレィにペンダントを当てる。

「この子の住んでた街は、もうないんだよな。親ももう……」

 カナタちゃんはそう言って、震えながら拳を握りしめた。

 リカちゃんはただ押し黙る。

 あの黒スーツ。おそらく最初の爆発音も、そいつのせいだ。なんのために、街ひとつを木っ端微塵に破壊するような所業を行ったのだろうか。

 今はまだ、わからない。


 クレィの額にペンダントを押し当てて、トワはそれに額を付けた。そして、目をつぶって祈り始めた。

 何を想ってかカナタちゃんも同じようにした。

 私も、それに続く。しばらく後で、リカちゃんも参加した。


 生まれたばかりの地球の真ん中で、消えてしまった子の故郷に思いを馳せる。



「ク……クイイイ!」

 目を閉じたままの私は、クレィの鳴き声を聞いた。

「ど、どうしたクレィ?」

 何事かと目を開けたら、クレィが、その場で尻尾と手足を振り回して暴れていた。

「苦しがってる……のか?」カナタちゃんは言った。

「もしかして、エレメントを抜かれたら……死んでしまうとか?」ペンダントを握りながらトワは言った。

「でもこいつに似たほかの個体にはエレメント入ってないんだろ? 一体だけって、そんなことあり得るか?」リカちゃんは言った。

「クゥ~……」

「まあとにかく、かわいそうなのでこれ以上はやめておきます。でもそうすると、エレメントが集められませんね……」

 落胆するトワ。しかし、それに答えるようにカナタちゃんは言った。

「誰かが、飼っちゃえばいいんじゃないの? そのまま。猫みたいなもんでしょ」

「確かに。でも、誰が飼うんですかね?」

 カナタちゃんとトワは、二人とも無言でリカちゃんを見た。

「じ~っ」

「な、なんだよ! 飼えないよこんなの!」彼女は慌てて否定した。

「……だったら、マリは?」

 うちは、……無理かな。お母さんが動物苦手だから。

「えー、こんなかわいいのに? 誰も飼ってくれないの?」カナタはしゃがんでクレィをなでながら言った。

「そういう自分はどうなのさ」リカちゃんは言った。

「うちはねー……あ! 大丈夫かも」忘れてた、というように、カナタちゃんは笑った。

「大丈夫なのかよ!」

「トワもいいだろ?」

 カナタちゃんはトワに問いかけた。そういえば、トワはカナタちゃんと同居しているんだっけ。

「……まあ、わたしは、いいですよ」トワは小さく頷いた。

「五本尻尾の猫なんて、お母さんもおばあちゃんも驚くだろうなー、よろしく、クレィ」

 カナタちゃんはうきうきしながら、クレィを抱きかかえていた。そのときのトワの細い目が、やけに私の頭にこびりついていた。



「あ、雨だ」

 カナタちゃんの言葉通り、空から水滴がぽつぽつと落ちてきた。

「……この後何億年もかけてこの水が地上に溜まって、やがて海ができる。そしてその海の中で、最初の命が生まれるんだ」

 リカちゃんの解説。

「まあそれより早く生まれた命がここにあるんだけどね」と、クレィを抱いたカナタちゃん。

「うるさい! 私はこんなの認めないから!」と、息を荒らげるリカちゃん。


「……いよいよ、この時代ともお別れですね」と、遠くを見るトワ。


 これから、エレメント集めのために、何度もいろんな時代をめぐることになるのだろうか。

 そして、その度に、辛いこと、悲しいこと、でも新しくて、楽しいことに、いくつも巡り合うのだろうか。


 考えていたら、いつの間にか辺りが暗くなりはじめていた。でも、近くに、とても激しい光が見える。

 ここへ来た時と同じ。トワの力で、私たちのもといた時代に帰ろうとしている。


 それがどんなものであれ、私は、これから出会うものを、好きになっていこうと思う。


 やがて、すべての光が消え、


 何も、見えない。


 *


 気が付くと、私は自宅のベッドで横になっていた。時計は、深夜二時を指していた。

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