勘解由小路は笑いたい
「……いけない、もうこんな時間か」
6時の針を回った頃だろうか。普段は見向きもされない公園で、お祭りの灯りが入り乱れる人々を照らしている。
俺と犬山、彩海と伊代さんは、制服のままで祭りにやってきていた。
「おー、金魚すくいがありますよ!!」
「いらっしゃーい。お嬢ちゃん、可愛いから
「やったー!」
「じゃあ俺もやります!」
「……5000円で」
「鬼かよ!?」
なんという格差社会。おっさんの趣味で、犬山と伊代さんは格付けされていた。
まぁ、それはそうとして。
「……カレン、来ないな」
「予想はしていたがな」
辺りに秀英高校の人間もまばらにいたが、一向にカレン様が姿を現す気配は無かった。
花火は八時に始まる。どんなに遅くともそれまでには、ここに来てもらわなければならない。
「とりあえず、ずっとここに居座ってたら邪魔だぜ。木の下にいこーよ」
「……あ、あぁ」
神妙な面持ちの彩海に手を引かれ、俺は人混みを外れた。
少し離れたところにある大木の下で、俺と彩海は腰を下ろす。彼女は何か言い出すのかと思えば、一切口を開かない。
ただ、道行く人をボーッと眺めていた。
彩海とは、東京に住むようになってからの仲だ。小学校、中学校、高校と全て同じクラスなのは、もはや奇跡としかいいようがない。
「人、多いね」
「そうだな」
「この中にカレンも混じってたら良いんだけどな〜」
からかい上手で時折辛辣な彼女だが、友達思いで、少々無茶もする。
間違いなく、俺の女友達の中では一番信頼できる人物だ。
「ね。ゼンリーでカレンの場所見てみてよ」
「……ダメだ。電波が切られてる」
恐らく、カレン様はお父様に言いくるめられて部屋に軟禁されているのだろう。他の侍女たちも祭りに来ているはずだが、姿は見当たらない。
「じゃあ、他の仕事仲間の位置は?」
「俺、コミュ障だから交換できてないんだ」
「……奥手なヤツ」
なんとでも言ってくれ、彩海。
カレン様以外の人間の位置を把握しなければならない自体に直面するとは、思ってもいなかったんだ。
……そういえば、お父様という単語で思い出したが、
『鈴木。これからも、藤宮家に忠義を尽くしてくれ』
とかなんとか、正月に言われたっけな。勘違いするなよ、お父様。俺はあなたの使用人ではない。
カレン様だけの、忠実な下僕だ。
「決めた。俺は今から、藤宮家に戻る」
そう宣言して、俺は立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待って!!」
「……なんだ?」
今にも駆け出そうとしたが、彩海に呼び止められた。
俺は咄嗟に振り返った。何も触れられていないのに、まるで腕でも掴まれたかのような感触を覚えたからだ。
「蓮二。……今、家の中にはお父様とカレンしかいないんだろ?」
「あぁ。正式に言えば、妹様もいるが」
「だったら、あたしが身代わりになるよ。家の中に侵入して、お父様にわざと見つかれば、きっと注意は引けるよな」
おいおい、冗談だろ? 最初はそう思った。
でも、彩海の目はかつてないほどに真剣だった。
「そうしたら、カレンは家を飛び出せる。花火はそんなに時間かからないし、30分ぐらいで終わるでしょ。それで、あたしが損をするだけで済むなら、むしろ本望……」
「馬鹿か!!!」
何を言ってるんだ。今のこいつは、どこぞのお嬢様以上のバカだ。
「
「……」
思わず大きな声が出てしまったが、唾をごくりと飲み込んで、たじろぐ彩海の肩に手をかけた。
「ほかの誰かが損をするような、そんな作戦なら無い方がマシだ。……彩海。目を覚ませ」
「ご、ごめん。あたし──どうかしてた」
彩海が、鼻をすすった。目にはうっすらと涙を浮かべていた。
いつも強気な彼女が、泣いているところを見るのは初めてだった。
「……こちらこそ悪かった。友達に怒鳴るなんて、最低だ」
やがて彼女の肩から手を離すと、俺は木の下に座った。
それを見て、彩海も隣に座る。
「……ねぇ、行かないの?」
「友達を泣かせて、置いてけぼりにするバカがいるか」
いけない。俺も少し、涙が出てきそうだった。
顔から力が抜けそうになる。それを一生懸命こらえて、瞬きを繰り返した。
「アッハハ。おもしろ」
「……人の顔を見て笑うんじゃない」
いつもの彼女に戻って彩海は微笑んだ。
泣きながら、笑みを浮かべていた。
「ね、ファーストキスってもうしたの?」
「いきなりなんじゃい……」
切り替え早いな、こいつ。
「まだだよ」
「やっぱり──って、まだなの!?」
「俺たちに対してどんなイメージ持ってんだよ」
先から馬鹿にしおって。
それでこそ
「……わかった。じゃあ、しない」
彼女は不意にそんなことを言った。
身代わりになるのを辞めた、ってことだろうか。
「なんでアホ面してんのさ。察しも悪いし、そんなんじゃお嬢様に嫌われるぞ〜」
「それだけは勘弁してくれ……!!」
彼女は、クスクスと笑った。自慢の八重歯が光り輝くようだった。
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