お嬢様は友達が欲しい
「突然なんですけど、お嬢様」
「……ん?」
昼休みに、お嬢様と俺は学校にある会議室でご飯を食していた。
昨日の告白なんてまるでなかったような──まぁ、俺も本気にしていないからな。
ちなみに、お嬢様の弁当は春を思わせる旬の食材が散りばめられた豪勢なものだ。俺のは、たこさんウィンナーが中心となっている庶民的な弁当。
お嬢様曰く、「他の人の目に触れたくない」 らしいのでわざわざ会議室で食べている。あと、横長の机で向かい合っている。妙な空きスペースがじれったい。
「……友達居ないんですか?」
俺は単刀直入にそう切り出した。
「そそそ、そんな訳ないじゃない! ほらほら、この前の坊主頭の男の子とか!」
「まともに取り合ってなかったじゃないですか……教室ではどうしてるんです?」
酷く取り乱すお嬢様の姿を見て、俺は確信した。
こいつ、『ぼっち』だ。
ちなみにお嬢様は2-A組。対して俺はH組。遠すぎてまともにお嬢様を確認することすら危うい。
というか人目に付くところでは他人のフリをしろと言われている。無念。
「話す相手もいないし、一人で勉強したり本読んだりしてる……。私だって、友達は欲しい」
「そいつは意外ですね。お嬢様なら、『私に友達なんていらないわ。孤独であることの何が恥ずかしいと言うの?』ぐらい言いそうですもん」
「……でもやっぱり、友達が欲しいの」
友達か。なんかお嬢様の目がマジだし、たまには俺も本気出しちゃいますか(ニッコリ)
「え、気持ち悪」
あ、これまた辛辣な。カレン様の暴言をスルーし、小さく拳を握りしめた。
お嬢様の願いは、俺の願いでもあるからな。
ここは、やるしかない。
「では、早速俺の友達を紹介し」
「ちょっっっと待って?」
どさくさに紛れてお嬢様は、俺の弁当へと箸を伸ばした。
「ダメですよ」
俺は弁当をひょいっと持ち上げ、それをうまくかわした。
「え〜たこさんウィンナー欲しい……」
カレン様はむぷぅ、と頬をふくらませた。
食い意地張ってんじゃねぇよ。
「少なくとも学校ではクールキャラでいてくださいよ。ってか、俺の友達を紹介するって話でしたよね? なんでダメなんですか?」
バツの悪そうな顔をしながら、お嬢様は俺の問いに答える。
「だって鈴木、学校では人気者だし明るいし『陽』って感じじゃない? それに比べて、周りにいる男は芋臭いし野蛮だし童貞ばっかだし……」
「後半俺の友達の悪口しか聞こえませんでしたが、兎にも角にも友達が欲しいなら多少は自身のプライドを削る覚悟で望むべきです! どうせあれでしょう?『自分から行くのはなんか敗北感あるし』的なあれでしょう?」
お嬢様を煽りつつ、俺は卵焼きを口に頬張る。うむ、美味い。
「でも、ねぇ? キャラ崩壊しないか心配なのよ。それに男子は怖いし」
一応彼氏なのよ? そこら辺の心配はないわけ? と何故か俺はボロクソに批判された。
その『カップル』であるという設定が今後死に設定になっていくことを、俺は心から願う。
「あーもう。わかりましたよ。女子ならいいんでしょ、女子なら」
「ええ」
「これは百合展開来ましたね」
「ゆり?」
「知らないんですか? 女の子同士のイチャラブは一定層に大きな需要があるんですよ」
「私にそんな趣味はないわ」
「そうですか」
超どうでもいい会話をしつつ、お嬢様からの依頼が今日も今日とてやってきたことを再確認した。
その名も、『お嬢様の(はじめての)お友達作ろう大作戦!』である。
──友達作りにおいては、プライドが重要となる。
プライドが高すぎると、自分から相手に合わせようとする意思がまるで感じられないダメ人間だと相手に受け取られ、自動的に孤立してしまうのだ。
その為にはやっぱり、俺が仲介人になりつつ二人のやり取りを見守ると言ったパターンが正しいな……
ただし、お嬢様は俺との関係を知られたくないらしい──紹介したら俺はどこかに隠れるか。隠れるなら、教室の掃除用具箱か……
「まぁ、やってみるか」
俺は一人で廊下を歩きながら、ポツリとそう呟いた。
*
時は流れて、放課後。
一旦帰ってスーツに着替えた俺は無敵だ。どんな任務も達成できる。
「いいですか、お嬢様。俺は誰もいないうちに掃除用具箱に隠れておきますから。今日はH組に一人自習で残っている友達がいるので、そいつに『鈴木蓮二くんは居ますか?』的なことを聞いてください。そいつ結構人当たりいいので、上手く話繋がると思いますよ。後はテキトーに」
「そのテキトーを聞きたいのだけれど……」
「では、頑張ってくださいね。5分後にスタートです」
俺は泣きすがるお嬢様を振り切り、
なんかホコリ臭いしちりとりは邪魔だし、時代錯誤のよくわからん箱だな───と用具箱を評価しつつ、俺はその時が来るのを待った。
「〜♪」
流行りの歌を口ずさんで、
座ってもなおその音色は止まず、シャーペンのカッ、カッという音ともに美しいメロディがかすかに流れた。
すぐ側で通気口が開いているおかげで、なんとか音も聞こえるし暑さにも何とか耐えられそうだ。さあ、あとはお嬢様の勇気次第……!
その時、コンコンコン、とドアを叩く音が聞こえた。お嬢様……頑張れ!
「失礼します! 伊代でーす♡」
……ん?
「お、
「彩海せんぱーい!ちょっと文芸部の件で用事があって……」
文芸部……こんなに元気な女の子が!?(失礼)
その後も二人の会話は続いていった。ちなみに、
そいつは砕けた口調で喋る女で、男女両方に人気がある。黒髪に青メッシュを入れていて、一瞬ヤンキーかと思うが身だしなみは整ってるし優しいとっても良い奴。
気遣いされたいお嬢様にはピッタリの人選だと思ったのだが……
「あーここはこうした方がいいな。あとここももっと歯切れ良く!」
「なるほどなるほど〜やっぱりこうした方がいいんですね」
なんか文芸部っぽい会話が始まった。
もう一人の女は誰なんだ……
『コンコンコン』
その時、威勢よくドアをノックする音が響いた。
「失礼します」
さっきまでやかましかった教室は一気に無音になった。恐らく、お嬢様の風貌に呆気を取られているのだろう。
藤宮家の人間がまさか、放課後に自分の教室に入ってくるとは夢にも思わない。
「お、
マジかよこいつ。俺の友達である
「初めまして! 1-A組、文芸部所属の
元気な声が教室中に響く。俺の計算は全てぶち壊しだ。後で怒られるだろうから、言い訳を考えておかないと。
「よ、よろしくお願いします……鈴木蓮二くんは居ますか?」
「んーあいつは知らねーわ。ごめんよ」
そして、伊代さんが顔をパーッと明るくしてこう答える。
「あ! あのカッコイイ高身長イケメンの蓮二くんですか♡ 私、大ファンなんですよね〜!」
あ。時すでにお寿司。
斉川伊代と名乗る人物は、お嬢様の逆鱗に触れた。というか俺にファンなんているんだ。めっちゃ嬉し──そうではなく!
「あーそうですかそうですか。あなた方にはもう用事は無いのでこれで」
ほら見ろ! 抑えの効いたデスボイスだよこれ。キレてるよこれ!
「おい、お前マジでなんの用事で来たんだ? あたし、あいつの友達だから話は付けておくけど」
お嬢様の不機嫌な足音は止んだ。
「ま、まぁいいわ。それよりあなた方は何をしているの?」
そうだ。クーデレとかツンデレ要素が含まれているお嬢様のご機嫌を左右するのは、身も心も自分に捧げてくれる相手の有無!
自分を助けてくれたりしたら好感度は上がるし、自分の目的を邪魔する奴には容赦がない。これが彼女の魅力であり敵を作る要因でもある。ちなみにその敵は藤宮家の圧力によって謝罪させられたり消えたりした訳だが。
「あたしは自習だよ。ここ静かだし、結構集中できるからさ」
「私は
なんか日本語がアレだけど、
よし、これはお友達フラグきたッ!
「へ、へぇ……」
な、なぜ黙り込むんだお嬢様!?
そこで! そこで話を広げるものだろーが!!
「あ、そうだ。ここで会ったのも何かの縁だし、友達なろーよ」
「……え?」
「あんたが氷だかなんだか知らないけど、あたし達とちゃんと向き合おうとしてくれてることはわかったし。……という訳で、改めて自己紹介。あたしは
こいつマジでカッケーな。お嬢様、もう俺より彼女のことを好きになってはくれないだろうか。
「よ、よろしく……」
というわけで、なんだかんだ俺の作戦は上手くいっていた。
対人関係最強の
「あたしは、斉川伊代です〜。ね、先輩の名前は?」
グイグイ来るタイプが割と苦手なお嬢様の歯ぎしりがここまで聞こえる。あとなんかもう用具箱から出たい。暑苦しくなってきた。
「あ、あ──」
動揺してそうな嗚咽が漏れている。表情無しでは完全にコミュ障の人だ。鉄の仮面があるお陰でなんとかごまかせているだけなのだ!
「わわ、私は藤宮カレン。2-A組よ。よろしく」
絞り出したようにそう言った。
「よろしく! な、カレンって呼んでいいか?」
間髪入れずに、彩海はパワフルな声でそう問いかける。おっと、これはさすがにお嬢様も拒否する方針を打ち出すか……?
「そそそ、そんな野蛮な! ……まぁイイけど」
いいんかい!!
「やったー! よろしくなカレン!」
「
さすがに断るのかと思いきや、
「いいわよ」
「やったぁ〜!よろしくねカレン先輩!」
お嬢様は満面の笑みを浮かべていた。
結局、先程まで静かだった教室は、再びガヤガヤし始めた。
人間、何かのきっかけがあればいとも容易く変わることが出来る。人間は変わることの出来る強い生き物だから。大切なのはきっかけだ。
「……ふぅ」
それは、使用人である俺が作り出せばいい。
お嬢様の願いは、俺の願いなのだから。
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