藤宮カレンは振り向かせたい

若宮

お嬢様と不思議な要求

お嬢様は付き合いたい

「おい、また藤宮が告られてるぞ」


「藤宮って、あの巨大財閥藤宮家の娘だろ!? 玉砕するに決まってるのにな〜」


「ほんとほんと! あんなにクールでしっかりしたお嬢様、そこらの芋汚い男子に落とせるものですか」


 夕焼けが照り付ける教室の中で、その告白は行われていた。


 廊下から漏れるヒソヒソ話に意を介さずに、必死に頭を下げる坊主頭の男と、それに見向きもしない女がいる。


 女は壁によりかかって窓の外を見ていた。


「ずっと好きでした、付き合ってください!」


「嫌です」


「そこをなんとか!」


「無理です。何度言ったらわかるんですか」


 高貴な雰囲気を身にまとった黒髪の美少女は、まるで心ここに在らずといった様子であった。そのまま男を一瞥すると、廊下へ消えていった。


 *


「……もう。馬鹿ね」


 彼女は誰もいない上履き場で、惰性混じりのため息をつく。


 彼女の名前は、藤宮カレン。


 巨大財閥の藤宮家の一人娘にして、頭脳明晰、運動神経抜群の実力者。


 容姿は完璧で、どこか余裕を思わせる表情は整った顔面をより引き立てる。


 黒髪にお団子ヘアーであり、その結び目からは黄色い紐が垂れていて、優雅にたなびいていた。短めの前髪の下にはキリッとした眉毛がある。


 華奢な体格で、胸は薄い。そこそこ低身長なお嬢様であるが、スレンダーでクビレもあり無敵である。所謂、超絶美少女というやつだ。


 そんなお嬢様は、黒を基調としたセーラー服を身にまとっている。とてもお似合いで、顔と体格と相まってもう誰も近づけないレベルの風貌を手にしていた。


「さて、お嬢様。読者の方々への容姿説明は終了致しました。帰宅致しましょう」


 俺の言葉に、お嬢様はこくんと頷いた。


 そして歩みを進め、学校の前に止まっている高級車を確認し、お嬢様を先導した。


 彼女が乗車するのを確認し、俺もそれに続いて乗る。同じ学校に通う同級生でありながら、雇う主と雇われる従者の立場だ。全ては、お嬢様のための行動で無ければならない。


 暫く移動したところで、駐車場に入った。眼前には広大な敷地の上に成り立つ豪邸があり、まるで古くからある貴族の家のようだ。


 木々に囲まれたそれは、もう一種の芸術作品と化していた。


 俺は顔認証でドアを開け、お嬢様の前に立つ。そして、玄関を出るとすぐ近くにある部屋へ案内し、入室完了。


 改めて思うが、この部屋は広すぎる。随分慣れたが、貧乏育ちである俺には理解し難い部屋の広さだ。


 広い割には備品が少なく、デカすぎるベッド、小さめのテーブル、化粧台。他、ボードゲームとデスクトップパソコン、グランドピアノにバイオリン──失礼。多かったかもしれない。


 お嬢様はリュックを下ろすと、飛び込むようにベッドに寝転がった。


「あ〜学校終わった! マジで何なのよあの坊主! 私をその程度で落とせるとでも!? 甘い! 甘すぎる! 私には好きな人がいるんだから!」


「……そうですか」


 ベッドでのたうち回るお嬢様を見下ろしながら、俺はネクタイの紐を緩めた。


 俺は、鈴木すずき蓮二れんじ。高身長に若白髪を誤魔化す茶髪が目立つ、ただそれだけの男だ。


 小四の時に北海道から単身上京し、藤宮家に住み込みで働くこととなった。最初はお兄様の世話をしていたのだが、使用人の数が減る+お兄様の独り立ちにより、お嬢様の身の回りの全ての世話をすることとなった。


 基本お嬢様のことは全て藤宮家のお父様から一任されている。女子の世話を男子がするとは……一応、俺もお嬢様もそういうのを気にするお年頃なのだがな。


「あ、鈴木。お風呂沸かしといて」


「了解しました」


 俺は日々、こんな感じで雑用に使われている。


 まぁ、要は金が無いので仕方なくやっているのだ。もちろん、貧乏人の俺を拾ってくれた藤宮家には感謝しているが。


 お嬢様と俺はもう七年の付き合いで、強固な信頼関係が築かれている。恋愛以外のことなら、お互いなんでもお見通しだ。


「あ、後でカルピス持ってきて」


「はいはい」


 ……しかし、深刻なことに、お嬢様が心を許しているのは世界で俺だけなのであった。


 家族に対してはごく普通の態度なのだが、学校の同級生には冷たすぎて《氷の女王アイス・クイーン》と呼ばれるほどだ。確かに、ありのまま生きるという点では某映画と共通していて、最低限の関わりしか持てない──つまり、コミュ障よりタチが悪い。


 俺はお嬢様のそういうところが気に入らないので、頼むから他の同級生とも仲良くしろと日々しつこく要求している。


「お風呂沸かして来ましたよ。沸いたら教えます──あとカルピスは品切れでした」


 風呂場から戻ってくると、寝転がっていたお嬢様は舌打ちをして起き上がった。そして、


「いや、風呂入る時で良くないですか?」


「いーのいーの。あ、見ないでね」


 突然、俺の前で着替え始めた。


 目を背けようとしたが、後ろを向くまでに黒いアレが見えた。


 ……お嬢様がパッドを入れて胸を盛っていることも、彼女の好みのパンツの柄も、俺には全てわかる。お互い、そこら辺はもう何とも思っていないはず。だって上下の関係なのだから。


 心情的には、妹の部屋着姿を見るのと同じ気持ちだ。別に何とも思わないし、欲情もしない。


「終わったわ──鈴木。今、Hなこと考えてたでしょ」


「違います」


 さすが、勘が鋭い。七年の付き合いは伊達ではないな。


「では、お風呂が沸いたらお知らせしますので」


 さっさと自分の部屋に戻ることにした。ここは居心地が悪いし、何より一人の時間が欲しい。


 俺はお嬢様を一瞥し、大きいドアへと向かった。


「待って」


 お嬢様はグイッと、俺の袖を引っ張った。


「なんだなんだよ何ですか?」


一方通行アクセラレータとあんたの共通点なんて痩せ型なくらいじゃないかしら」


「お嬢様、ライトノベル読まれるんですね」


「あんたのせいでね……」


 この部屋には本は無いが、この家には図書室がある。そこから持ち出しているはずだ──ラノベも置いてあるとは、さすが天下の藤宮家。


「コホン。鈴木。私の命令は絶対よね?」


「あ、ハイ。内容によりますが」


「生意気な男ね……基本、絶対よね?」


 ピンクのパジャマに着替えたお嬢様は、俺に人差し指を指す。


「人に指を指すのは止めてください……まぁ、はい。絶対ですけど」


 こういう聞き方をしてくる時は大抵、ろくなお願いじゃない。どうせ「さっきの坊主頭の男を殺せ」とか「アザラシ捕まえてこい」とか無茶な頼みをしてくるんだろうな……などと俺は予想する。


 あの告白シーンは全部窓の外から見ていたが、男の子は気の毒だった。お嬢様のそれは、もう汚物を見るような目だった──俺だったら、あんな振られ方したら絶対死ねる。


 ともあれ、俺はお嬢様からいつものワガママを聞くことになる。今更、驚かせるようなことは言わないはずだ。


「じゃあ、命令。私と付き合って」


「承知致しまし────」


 ん?


「お嬢様。なんと言いましたか」


「……え、えっと。付き合って」


 お嬢様は恥じらいながらもそう要求してきた。


 顔はかつて見た事ないぐらいに火照っている。なるほど、お嬢様の考えることだ。何か裏があるはず……


「何に付き合えばいいんですか?」


「……もう、私と付き合ってって言ってるのよ!」


「悪い冗談ですね、お嬢様。お嬢様と俺は主従関係にあるんですから。だいたいそんな恋、お父様が許しませんよ」


 禁断の恋だ、これは。仮に冗談だとしても、交際など到底許されるものでは無い。


「私は本気よ。私には作戦があるの。野望があるの!」


「顔真っ赤ですけど大丈夫ですか?」


「うるさいうるさいうるさーい! とーにーかーく! これは命令よ。私が言ったからには付き合って頂戴」


 お嬢様はそう言うと、そっぽを向いてしまった。


 全く、これだからクーデレは────と微笑みつつも、俺は内心焦っていた。クソ、どうすればいいんだ。第一女の子から告白された事なんてない。しかもお嬢様すごい可愛いし! 断りにくっ!


「……まぁ、事情はわかりました。形式上なら承りましょう」


 俺は笑顔に努めて承諾した。お嬢様の顔はパーッと明るくなった。


「ほんと!? じゃあ鈴木は今日から私の彼氏ね! あ、でも他の人間……特に家内には内緒ね」


「言われなくてもそうしますよ……」


 俺は呆れていた。まぁ、よく分からないけどお嬢様の思いつきだ。どうせすぐに飽きるに決まってる。本気では無いはずだ。


「私、本気なんだから……!」


「あ、お風呂沸いたか見に行きますね」


「うん……って、私の話を最後まで聞きなさい!!」


 ドアを開けようとする俺に、必死にお嬢様は食らいつく。


「もう、なんなんですか。大体、告白の時に言っていた好きな人って誰ですか?まさか俺じゃないでしょうね?」


「……鈴木よ」


「それ、本気ですか?」


「うん」


 その真剣な眼差しは、俺を納得させるためには十分であった。


「わかった? 鈴木は今日から私の彼氏だから」


「わかりましたよ。お父様には内緒にしておきます」


 という訳で、前例なき命令により俺はお嬢様────藤宮カレンの彼氏になった。

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