第47話 自由研究って何やった?
「なんてはた迷惑なトイレなんだ。ひょっとしてこの水風船、その事実に気づいて下のトイレにいる奴を脅かしていただけか?その様子を楽しむために時限装置も必要だったってことだな」
真面目な芳樹が勝手に実験をした奴の心理を考えて怒る。しかし、そう考えないと水風船も煙草の不要の物となってしまうのだから仕方ない。
「これはまた学園長に報告だな。俺ってもうここの教員じゃないのに」
林田は学園長に会いたくないのか、ゴム手袋を外すことを忘れてもさもさの天然パーマを掻き毟る。おかげで静電気が発生し、髪がさらにもさもさと広がった。
「先生。また松崎先生に褒められるじゃないですか。よかったですね」
莉音が嫌味たっぷりな笑顔でそう言うと、急に林田は背筋を伸ばした。前回の急接近が学園長に会った後だっただけに、同じことがあるかもと期待しているのだろう。
それにどうやら莉音が林田に対して酷い対応をしていたのは、この恋愛問題が関係していたようだ。林田は莉音が恋しているとは知らず、成功した自分の体験を語ってしまったに違いない。まだ進展していない莉音としてはむかつく態度だったのだろう。だから嫌がらせを連発していたということだ。
「それにしても、また七不思議が違う方向に」
解決したものの、桜太はまったく新入生の興味を引けないではないかと悩んでしまっていた。
残る謎は動く学園長像と見てはいけない笑顔となったところで、桜太はふと思った。このままでは新入生に何かアピールするものが欲しいという当初の目的が達成されない。それどころか、七不思議とかいいながら不思議に怪談要素はなく学校の不備を見つけているだけだ。
しかし、そんな現部長の悩みは他のメンバーに届いていないようで、この七不思議解明を楽しんでいるだけである。
「何だか今年の夏は高校生やってますって感じだよな」
そんな感想を言うのは迅だ。しかし手元は高校生らしくない。明らかに大学の範囲の数学が広がっている。あのトイレでの一件以来、迅の中で押さえていたものが弾け飛んでしまったらしい。数学研究者への道を暴走し始めている。
「そうだな。というか、夏休みにこうやって誰かと何かをやったって思い出が今までなかったからな」
何とも悲しくなることを言っているのは優我だ。しかし誰もが身に覚えがあるようで同意しか示さない。これが変人の寄せ集めということだ。要するに、科学部に流れ着くまで理解者が周りにいなかったのである。
「夏休みといえば自由研究だろ?これもそんな感じがする」
楓翔は楽しそうにそう言った。夏の思い出イコール自由研究というのがいかにも科学部だ。桜太としてはこれは自由研究じゃないよと突っ込みたいが、こうやって楽しんでいるメンバーを見ると考えが変わってくる。アピールポイントがなかったのは、自分の興味だけで仲間で楽しむことを忘れていたからだ。実験でなくても、こうやって何か楽しむものを探せばいいのかとも思えてきた。
「自由研究って何やった?」
優我が興味に負けて楓翔に訊いた。思い出にしているくらいだから、相当頑張ったんだろうと思っているのだ。ちなみに今は林田の到着待ちなので雑談していても問題ない。
「俺は地層の研究だよ。毎年さ、どこの山肌を研究しようかとわくわくしてたね」
嬉しそうに答える楓翔だが、その研究内容は予想どおりだ。やはり昔から地質に興味があったわけである。
「そうなると桜太は?やっぱり物理関係?」
これはもう今と昔が同じかの確認にしかなっていない。しかし優我は気になって桜太に振った。
「えっと、ハッブル望遠鏡の模型を作ったりしてたかな」
過去を振り返った桜太は、自分も楓翔と同じだったことに愕然とする。興味がぶれていないのは凄いことだろうが、成長していないような気にもなる。
「――うん。ほぼ俺と同じ発想だ。俺はカミオカンデの模型を作ったことがる」
聞き出していた優我まで桜太と同じショックを受けていた。自分たちは小学生の頃からこうやって自分の好きなものを追い掛けている。
「ああ。夏休みが終わったら本当にこの部活に来ることがなくなるのかあ」
亜塔はそう言って机に突っ伏していた。この部活を変人パラダイスと評している亜塔は本当にこの部活が大好きなのだ。その亜塔にとって夏休みは本当にこの部活最後の思い出だとしみじみしてしまっていた。
「そうだな。少なくとも受験が終わるまでは我慢だな。卒業しても後輩たちは温かく迎えてくれるよ、きっと」
芳樹もずっといれないのは寂しいと、そんなことを言う。その芳樹は指定校推薦なので、実は亜塔より先に科学部に入り浸ることが可能だ。
「受験勉強なんてここでやればいいんじゃないか?」
とんでもない案を出すのは莉音だ。その莉音はすでにこの場で赤本を解いていて実践してしまっている。そもそも科学部員は変人であることを除けば真面目で優秀。成績関係で困っている奴はいない。
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