第46話 正体は振動音

「本当に繋がってたとはな。はんだは切れてないか?」

 可能性としては面白いと推理していた莉音だが、出てきた浮に呆れていた。切れていないかは桜太と楓翔が引っ張り合うことで確かめる。ちゃんとお互いの力が伝わり、下の管で繋がっていることが解った。

「切れてないですね。ちゃんと繋がっています。これは本当に他に排水する場所がない感じですね」

 証明出来てこれほど悲しい事実があるだろうか。桜太は言いつつも校舎が大丈夫か不安になってくる。どっかの国の建物みたいに、地震が来たら壁から空き缶が出てくるかもしれない。もしくは鉄骨ではなく竹が入っているかもしれないなとも思ってしまう。これは明らかな手抜き工事だ。

「溶接ミスかな。他の階のトイレは問題ないし、まあいいか。今の検証の最中に音はしていたか?」

 亜塔は大問題を棚上げして訊いた。目の前の興味が優先という、科学部の鏡のような態度である。さすがは部長を務めていただけのことはある。

「音に気を払ってなかったな。これを引っこ抜いて音の検証に移ろう」

 あっさりと亜塔の話に乗ったのは優我だ。しかし誰もがこの優我の意見に同意してしまう。

「じゃあ、はんだを切って抜き取ったほうがいいな。まだ巻き束に余裕があるし」

 桜太も手抜き工事は忘れることにした。それを考えるのは生徒ではなく学校を管理している先生たちだ。はんだを切る物を探したが、亜塔はガムテープは持ってきたくせにニッパーは持ってきていなかった。こういうところも亜塔らしい。

「これで切れるんじゃない?」

 困っている桜太に、千晴がライターを差し出した。よく百均などで売られている安価なやつだ。

「どこから持ってきたんだ?それにこれで切れるのか?」

 受け取りつつも桜太は困惑してしまう。

「先生が置いていったリュックの中から失敬したのよ。それにはんだの融点は184度。それに対してライターの火の温度は800度と言われているのよ。切れるでしょ」

 すらすらと温度に関する情報が出てくるところに、千晴が科学部に所属している理由が垣間見える。普通はそんなこと覚えていないだろう。

 それにしても林田はリュックをトイレの床に放置していた。白衣を取り出してからそのままなのだろう。下の階の水漏れは気にしたくせに、自分の荷物に気を遣っていなくていいのだろうか。

「これは火傷しそうだな」

 ライターで切れるということを論破できず、さらにニッパーを取ってきてとも言えなかった桜太は、仕方なくはんだをライターで炙った。しばらく炙っていると本当にはんだが切れたから驚きだ。切れたところを楓翔が引っ張って行って回収が完了した。

「間にごみが詰まっている可能性もなしか。まあそうだよな。誰かがこのトイレで大便していたらすぐに問題は発覚していただろうし。実験していた奴はこの事実を知っているから、用を足すことはなかったわけだ」

 亜塔が汚れていないはんだを確認してそう言うが、よく今まで誰も腹を壊してこのトイレに駆け込まなかったものだ。そこは過去に先輩たちが実験をしていたせいだろうか。このトイレは排水管問題が発覚する以前に、やばいというレッテルが貼られていたに違いない。

「科学部の先輩に呆れていても仕方ない。音の検証だ」

 過去の悪行はこの際トイレ問題と一緒に片付けてしまうとして、桜太は音の検証という最初の目的に立ち返った。それにトレイに問題あろうと自分たちの卒業に関係ないのだ。さらに言えば北館の役割なんて少ない。

「行くぞ」

 桜太は改めてトイレのレバーを押して水を流した。またしてもトイレの中には水がなかったから、この排水管はまったく意味がない。

「あっ、何か音がしたぞ」

 真っ先に反応したのは芳樹だ。普段からカエルを追い掛けているので耳はいい。

「えっ?」

 しかし、他のメンバーの耳には水の音以外に聴こえない。仕方なく桜太はまた何度も水を流した。おかげで床がしっとりとしてくる。だが、そのおかげで小さな音が聴こえてきた。

「やっぱり何度も流さないと聴こえない音だったんだ。でも何だろう。すすり泣きっていうより振動音だよな」

 亜塔が率直な感想を述べた。怖がる要素なしに検証するとこうなるという例が、また出来上がっている。しかし、誰もが音の発生に気を取られていてツッコまなかった。

「そうだな。振動となると、どこかが外れているんだろう。その外れた原因も、水が流れることで起こる共鳴振動だったとすれば話が早い。その揺れる音と隙間に水が流れる音が重なっているんだろうな」

 音の分析を始めたのは莉音である。振動する音に雑じって、微かに違う水の流れる音がするのだ。

「あれですね。接合部分に水の流れが固有振動として伝わり続けることで外れるんですね。そして揺れも生んでいる。だから何度も水を流さないと聴こえないんですね」

 優我が莉音の説明を補足した。これでほぼ間違いないだろう。芳樹が最初に聴こえたのは外れるきっかけの音だったのだ。そこに林田が慌てて駆け寄って来る。

「下にいると凄く音がするよ。ひょっとしてさ、噂は二階の天井部分から音がするっていうものだったんじゃないかな。幸いにして天井から水が降ってくることはないみたいだし」

 なるほどねと、林田の指摘に納得する科学部一同だ。排水管は一階と二階の間にあるのだ。そこで鳴っている音を二階のトイレからするものだと勘違いしてもおかしくない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る