第38話 水の流れを追え!

「おっ、シューゲルトアオガエル」

 芳樹は早速カエルを捕まえ始めていた。こちらも井戸問題は放置である。しかもカエルの名前を叫ばれても誰も解らない。緑色の小さなカエルである。

「この水の流れを辿るしかないわね」

 そんな勝手な面々を無視して松崎が検証を始めた。桜太はさぼるわけにもいかず、松崎たちの推理を拝聴することにした。莉音や優我もそれに加わる。

「そうですね。怪しいのはこの用水路です」

 林田ももさもさ天然パーマを揺らして同意した。しかも松崎に少しずつ近づいている。恋に落ちたのは間違いないらしい。

「あっ、ここに不自然な流れがありますよ」

 地面にへばりつくように用水路を観察していた楓翔が大声を上げた。指差す先に何かあるらしいが、近づかないと解らないものだ。

「おっ」

 近づいた桜太は不自然さが解った。指差す部分に渦が出来ている。一直線に流れている用水路では妙な話だ。ここに違う流れが生まれている証拠である。

「何だ?吸い込まれているみたいだな」

 楓翔の背中に乗っかって亜塔は用水路に指を入れていた。何だか仲がいい二人である。楓翔も亜塔を背中に載せたまま同じように指を用水路に入れていた。

「横穴は小さそうです」

 楓翔が松崎に報告する。

「そうね。地盤沈下の規模からしても大きくないものが正解よね」

 松崎もこの横穴を検証すべきとの方針を取った。

「でも、これってどうやって学校に流れ着いているか検証するんですか?」

 門外漢の桜太は質問する。穴を辿って学校に戻ることは不可能だ。

「ふふん。こういうこともあろうかと」

 背中に乗った亜塔を振り落とし、楓翔がズボンのポケットからピンポン玉のようなものを取り出した。しかしピンポン玉と違ってカラフルな蛍光色で塗られている。

「何だ、それ?」

 この質問はいつの間にか合流していた迅のものだ。

「釣りに使う浮だよ。これを流して井戸まで着くか検証する。浮ならば井戸から確認できるしね」

 楓翔がにんまりと笑う。

「よっ、ナイスアイデア」

 亜塔がそう声を掛けたので全員が拍手を送っていた。周りから見ればさぞかし変な集団だろうが、幸いなことに誰もいなかった。こんな暑い日差しの中、田んぼで作業する農家さんはいないらしい。

「それじゃあ、それを流して学校に戻りますか」

 外での弁当はなしかと残念な桜太だが、暑さに負けそうなので構わなかった。やはり水田の傍で涼しいとはいっても、八月初旬だ。日差しは容赦がない。

「そうね。水の流れからして一時間もあれば着くでしょう。奈良井、帰るよ」

 松崎はまだカエルを捕獲している芳樹を呼んだ。

「えっ、カエルがいたんですか?」

 見事な聴き間違えをする芳樹に、桜太たちは大笑いだ。こんな古典的な展開があるだろうか。

「ゴーホームのほうだ、馬鹿者!」

 呆れた松崎が英語で言い直し、さらに笑いに包まれた。

 さて、井戸に浮が流れ着くまでに弁当タイムがあったのだが、この日の桜太の弁当は――

「おうっ、母上」

 菜々絵の揚げ物愛の凄さが桜太の作戦を上回っていた。何と外でも食べれるようにとおにぎりなのだが、具材が天ぷらだったのである。

「天むすかあ。いいなあ」

 林田もちゃっかり化学教室で弁当を食べつつ、そんな呑気な感想を漏らしていた。






 さて、今回は浮が無事に井戸に流れ着いたからめでたしめでだしとはいかない問題だった。

「本当に田んぼと繋がっていたなんて」

 桜太は井戸の底に浮いたカラフルな浮を見て、呆然と呟いていた。

「ああ。これは由々しき問題だよ」

 井戸を作った林田も問題の重大性に顔を青ざめていた。これは井戸を作って誤魔化していい穴ではなかったのだ。下に水の流れが存在し、しかも浮がこの場から流れていかないことから終点になっている。いつ大崩壊を起こしてもおかしくない。

「本当に、今までよく崩落しなかったわよね。この下にはずっと水が流入し続けていたっていうのに」

 千晴が呆れて呟いた言葉により、全員が一斉に退避していた。これは図書室の本棚以上に崩れる危険がある。本当にこの学校の危機意識は大丈夫だろうか。その図書室では逃げなかった千晴だが、今回は危険と悟って下がっていた。

「地下に水の流れがあるっていうだけでは崩れないよ。それだと富士山なんて今頃存在しない」

 一度は退避したものの、地学のプロとしての意地を見せたのは松崎だ。地下に水が流れているだけで崩れていては、今頃日本はあっちこっちで地盤沈下を起こしている。地震で起きる液状化よりも酷いだろう。

「そうですよね。そもそも田んぼと用水路が連動しているということは、水がない時間のほうが多いわけです。どうして穴が開いたのか。これを問題にすべきでしょう」

 楓翔も気を取り直して井戸地近づく。まさにその指摘のとおりで、この井戸は田んぼの横にある用水路の水であり、しかも田んぼに水を引き込む時以外には使用されていないものだった。つまり年中流れがあるのではなく、田んぼに水が張ってある4カ月ほどが問題になるのだ。

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