第33話 珍しく実験しますよ

「何ですか、それ?」

 楓翔が興味津々に訊いた。明らかにあれが亜塔のやりたい実験の正体だと目星を付ける。

「ふふっ。以前に動画を見てやりたくてね。備長炭だ。こいつでアーク放電を起こして火花を観察するんだ」

 亜塔が不気味な笑みを浮かべて炭を高々と上げる。

「あのなあ。それもプラズマの実験だぞ」

 莉音は呆れつつ突っ込んだ。火花を空中で起こすわけだから、その実験の方が色々とクリアしていることになる。どうして真っ先に言わないのかという気分だ。

「えっ。これもプラズマなの?」

 指摘された亜塔は本気で驚いている。

「自分でアーク放電って言っていてプラズマに気づかないってどういうことだ?何がしたいんだよ」

 莉音はツッコミつつもちゃんとアース線が差せるコンセントを探して、その近くに電子レンジを置いた。そこは丁度林田がプラズマボールの線をコンセントに差していた。莉音はそれを容赦なく引っこ抜いて電子レンジを繋いだ。その行動に林田が怒ることはなく、何だか嬉しそうに莉音を見ているだけだった。これはこれで怖い。

「はあ。カエルより重たいものを持ちたくないもんだ」

 ようやく電子レンジを置けた芳樹はそんなことを言う。箸より重い物を持たないは聞いたことがあるがカエルはない。何でも基準がカエルになってしまうとは芳樹の変人具合も凄いものである。

「プラズマだけでも色々と実験できそう」

 千晴は感心してそう言うものの、手早く準備を済ませていく。他の実験をする気がないのは明らかだ。ガラス瓶を取った序でに亜塔が持っていた段ボール箱の蓋の一部をハサミで切り取って失敬していく。切られてしまった亜塔は悲しそうに段ボール箱を見つめていた。その表情が意味するところは不明である。

「それでは科学部諸氏。珍しく実験がプラズマにまとまったところで実験タイムスタートだ」

 林田がいつの間にか白衣を着て、抜かれてしまったプラズマボールを抱えていた。どうするのかと思いきや、さっさと違う場所のコンセントに繋いでプラズマを発生させている。どうやらあれでプラズマの実験の気持ちを高めたいらしい。しかし誰ももう注目していないので意味なしだ。

「ガラス瓶をどうするの?」

 千晴が実験内容を知っている桜太に瓶を差し出す。

「瓶は蓋代わりなんだよ。そうしないとプラズマの炎が電子レンジの中を焼いてしまうからね。段ボールも貸してくれ。ガラス瓶の口の部分につけて蝋燭を入れやすいようにするから」

 言いながら桜太はしっかりハサミまで千晴から借りていた。自分から率先して動く気がない。

「こっちは炭の実験の用意をしよう。先生、ACアダプタください」

 亜塔が当然といった顔で手を出す。いくら化学教室でもACアダプタはないだろうと二年生は思ってしまった。

「ええっ。ACアダプタを使うの?普通にコードをコンセントに繋げばいいじゃないか」

 林田は安全性を無視してそんなことを言う。本当に監督する気があるのかと誰もが疑いの目を向けた。

「ちっ。最近は携帯会社がケチで昔みたいにくれないから、貴重なのに」

 嫌々ながらも林田はリュックサックからACアダプタを取り出した。しかしプラグのところが出てきただけで引っ掛かる。無理やり引っ張るとリュックサックから大量のコードが塊となって現れた。色々なコードを突っ込み過ぎて絡まっているのだ。

「何でコードを大量に持ち歩いてるんだろう?髪形のせいかな?」

 迅がこっそりそんなことを呟く。たしかに大量の絡まったコードは林田のもさもさ天然パーマに見えなくもない。それにしても三年生には林田が大量のコードを持ち歩いているのは常識であるらしく、白けた目で見ていた。

「これでACアダプタはオッケーだ。後は釘とワニ口クリップとビニールテープだな。それと感電しないようにゴム手袋を用意しないと」

 亜塔が実験に必要なものを上げたので、迅と楓翔が動くことになった。先ほど化学教室を捜索したおかげか、あっさりとそれらの物が見つかる。どうして釘が化学教室にあるのか謎だが、それは科学部の先輩たちの置き土産と思うのが無難だった。

「この電子レンジって750ワットにできますか?」

 瓶の細工が終わった桜太がまだコードと格闘している林田に訊く。何だか一段と絡まっているのは気のせいだろうか。

「それはもちろん。実験用に買ったヤツだからね。妥協はしてないさ」

 林田は自慢げに言う。それならなぜガラクタ呼ばわりしたのかと思ってしまうが、突っ込むだけ無駄だろう。

「何で750ワットに拘るんだ?」

 優我が残った段ボールで蝋燭の台座を作りながら訊く。

「いや。読んだ本に750ワットで成功したって書いてあったからさ。500ワットだと上手くいかないんだとさ」

 桜太は言いつつ電子レンジをチェックした。大手国内メーカーのもので品質に間違いはない。これを化学反応のために使っていたと聞いたら開発者は泣きそうだ。しかし今からプラズマ実験に使う桜太が言えた義理ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る