第19話 科学部が恋!?
「いえいえ。簡単ですよ。力が伝播して落下しているというのなら、落ちる手前にストッパーがあればいいんですよね。それを設置するのを手伝ってほしいんです」
悠磨はにこやかに要求した。変人であるという基本情報を知っているので、これくらいの変な言い分では負けない。
「そういうことか。交点となる部分にブックエンドを置くんだな」
飲み込みが早いのは常識人の芳樹だ。これには野次馬たちもなるほどと納得している。
「でも、結構な数が必要だぞ?あるのか?」
無理な要求はされないと安心した桜太が訊く。ざっと見るだけでも5か所見つかった。全体ではかなりの数が必要になる。
「この間、倉庫で発見した古いブックエンドがある。それを使おう」
「あっ、手伝うぞ」
悠磨が図書室の隣に走って行くのを、莉音も追い掛けて手伝う。
「まあ、原因の一つは優我だったけど役に立ったからさ」
落ち込む優我を楓翔が慰める。こういうところは科学部のメンバーの仲の良さが発揮されるところだ。
「そうだよな。謎を解決する過程で誰かの役に立つこともあるんだ」
桜太は七不思議解明の新たな一面を発見して喜ぶ。
「そう毎回役立つとは思えないけどね」
浮かれる桜太にしっかり釘を刺すのは千晴だ。
「持って来たぞ」
そんな会話をしていたら悠磨と莉音が戻ってきた。それぞれ段ボール箱を抱えている。これは数も多そうだ。
「俺たちも手伝うよ。図書室にはいつも世話になってるからさ」
分度器を貸してくれた男子を初めとして、野次馬していた面子が段ボールからブックエンドを取り出す。どうやら創立記念に作られたもののようで、校章がでかでかと刻印されていた。
「ありがとう。助かるよ。科学部は傾きの交わるところを指摘していってくれ」
悠磨の指示のもと、テキパキと本棚の改修作業が始まった。
こうして七不思議二つ目が取り敢えずは解決したのだった。
図書室の騒動から二日後。今日からまた違う謎に取り組もうと集まった科学部だったが、どうも様子がおかしいメンバーが一人いた。化学教室に妙な空気が流れる。
「ねえ。どう考えてもおかしいよね」
興味に耐えられなくなった千晴が桜太の肩をシャーペンで突っついてこっそり訊く。
「そうだよな。どうしたんだろ?」
桜太も合わせるように小声で同意すると、そっと後ろを見た。二人からちょっと離れた後ろの席にいるのが問題の人物だ。
「あの中沢先輩が奇行だぞ?食当たりかな?」
桜太たちの横でも詮索が始まった。今のは楓翔の呟きだ。
問題の人物はなんと科学部一の常識人、莉音だった。莉音はどういうわけかボールペンを見つめたままぼんやりとしている。そのボールペンは昨日行ったオープンキャンパスで貰った代物らしく、大学の名前が印字してあるものの取り立てて変わったものではない。しかし莉音はそのボールペンを見つめては溜め息を吐いて物思いに耽っているのだ。
「あれはよっぽど大学を気に入ったということかな?」
もう耐えられないと迅が桜太に向けて消しゴムを投げた。どうにかしろと訴えているのだ。
「いや。それにしては変だよ」
仕方なくこっそり集合する面々だ。しかし物思いに耽る莉音の目には入らないらしく、集まっても何も言ってこない。それどころか周りからメンバーが消えたことにも気づかない様子だ。
「これには俺たち三年も困っていることなんだよ。あの莉音が奇行だぞ?いくら変人パラダイスの科学部に属しているとはいえ、莉音はどちらかと言えば普通だ。それなのにボールペンを見つめたままだなんて」
亜塔は真剣に嘆いているのだが、その言葉が恐ろしい。いつの間に科学部は変人パラダイスになったのか。しかし莉音がおかしいと調子が狂うのは誰もが同じだ。
「莉音に何かあったのは確実だろう。まさか大学で出会った先輩女性に一目惚れしたとかか?普段から外見に気を遣っていた莉音のことだ。密かに恋に憧れていてもおかしくない」
そんな冷静な指摘をする芳樹の手には今日もカエルの入った小さな水槽があった。3匹いるカエルのうちの一匹が桜太に愛らしい目を向けていて癒されそうなところだが、千晴の鋭い目も視界に入ってしまって効果なしだ。
ずっと莉音に片思いしていた千晴にすれば、一目惚れは重大事件だ。しかも相手は大学の先輩になるかもしれない人となれば余計に困る。太刀打ちするには莉音が卒業するまでに告白しなければならないのだ。
「恋ねえ。俺たちには解決不能な問題だな。まず経験がないし」
亜塔は唸った。ここでしっかり全員を巻き込む辺りがこの男である。否定できないところが悲しいが、誰もが亜塔を睨んでいた。
「まだ恋とは決まってませんよ。先輩、訊き出して下さい」
桜太は亜塔を無視して芳樹を見た。こういう時に頼りになるのは莉音の次に常識が通じる芳樹だろう。
「俺が行こう」
先輩という部分にだけ反応して亜塔が動こうとするのを、芳樹が慌てて止める。
「まあ、ここは俺に任せておけって」
ここでいきなり恋したのかと質問されても困るのだ。芳樹は大事そうに水槽を抱え直すと莉音のもとに向かった。莉音はまだボールペンを見つめたままである。
「なあ、莉音。オープンキャンパスどうだった?俺はもう指定校で決まりそうだから今年は行ってないんだよね」
さりげなく且つ当たり障りのない出だしに二年生全員は芳樹に行ってもらって正解だと頷く。こういう会話から真相を聞き出すのが常道だろう。
「ん?オープンキャンパス?よかったよ」
答えながら莉音はさりげなくボールペンを隠した。これについて訊かれたくないと態度が示している。
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