第18話 犯人は科学部!?

「つまり本棚の傾きは確定なのか。楓翔、一応ちゃんと確認してくれ」

 危険だと言っているだけでは謎の解決にならないので、桜太は水平器を持つ楓翔に確認を頼んだ。どこまでが歪んでいるのかははっきりさせておいた方がいい。

「オッケー。じゃあ、大倉先輩が本を抜いたところをスタート地点として」

 測量できるとあって楓翔は張り切って棚に近づいた。もう恐怖していたことは飛んでいるらしい。さすがは興味最優先の科学部の一員だ。

「たしかに下っているな。それも化学の棚まで。そしてこっちから上っている。丁度落ちたのはこの二つの角度が交わるところだろう。誰か、分度器持ってないか。ここが最大角みたいだ」

 せっせと歪みを確かめていた楓翔が当たり前のように手を差し出してくる。しかし角度を習ったばかりの小学生でもあるまいし分度器なんて持ち歩いていない。全員がポケットを触ったところでその事実にぶち当たった。

「あるぞ」

 固まるメンバーの背後から、いきなりそんな声がする。

「へっ?」

 桜太が振り向いてみると、いつの間にか自習していた真面目な生徒たちが野次馬として集まっていた。どうやら9人でがやがやと言い合っているのがうるさかったらしい。それでも文句を言わなかったのは面白かったからだろう。さらには男子生徒が分度器を差し出しているのだ。

「すみませんね」

 なぜ彼が分度器を持っているのかという変人臭はここでは目を瞑り、桜太は分度器を押し頂くように借りた。

「どうだ?」

 分度器を受け取るなり、メジャーを平らな面として角度を測る楓翔に芳樹が訊く。観衆がいるからにはちゃんと報告しないとおかしいだろう。

「5度ってところかな。よく今まで気づかなかったよな」

 満足そうな楓翔は図書委員には耳が痛いことをずばっと言ってしまう。

「5度か。まあ普通は気にならないよな。じっくり見てないし」

 仕方なく桜太がフォローした。それに普段から目にしている人ほどこういう些細な変化に気づかないものだ。悠磨も安心したように頷く。

「傾きがあったということは、抜いた力が伝播するのも不思議ではない。そもそもここにある本は一冊が重いからな。ちょっとずつ伝わっていくうちに大きくなるんだ」

 亜塔は先ほど抜いた本をじっと見つめた。かの有名なアインシュタインについて書かれた本だが、専門書であるため厚くて重い。これ一冊でも力を加えるには十分だろう。

「あれだな。よく傾いた本を取ろうとして横の本を落下させてしまうのと同じ原理だ。ただここでは微妙な傾斜だったせいで横が落ちるのではなく、結果として角度が変わる部分で落ちていたわけだ。ぎゅうぎゅうだったところから一冊抜いているから、反対側の傾斜にも影響していただろうし。向こうからも押されていたと考えればますます落ちる原因になる」

 莉音がまとめたことで誰もが納得した。要するに抜いた力が最も集まる交点落下が起きているのだ。手前に傾いている影響で、落ちないはずの本も力を受け止めきれずに落下してしまっていたというわけだ。

「でもねえ、どうして落ちたままになってたのか?これは解ってないよね。さっき大倉先輩が抜いた時も、本が落下する音はしていたんだし。抜いた人は気づかないはずないのに」

 千晴が根本的なことを訊いた。たしかに本が落下することに対しての説明は成り立つが、どうして落ちたままなのか解らない。

「まさか自然と落下する地点もあるのか?」

 悠磨は恐ろしいとばかりに棚を見上げる。そこまで角度がついているのならば速攻で職員室に訴えに行かなければならない。

「ひょっとして」

 いきなり迅がぽんと手を打った。

「どうした?」

 桜太は古典的な迅の動きに呆れつつも訊く。

「この棚をよく利用しているのって、優我だよな?」

 迅がまた勝手に本を抜こうとしている優我を指差した。気になる本があると手に取らなければ気になって仕方ないのだ。

「えっ?」

 優我はどうしたと振り向いたが、その拍子に本が抜けた。するとどこかで本が落下する音がする。

「ほら。こうやって優我が起こしている回数は多いはずだ。優我、お前は今までに落ちていた本を拾ったことがあるか?ないよな?今まで普通にこの問題に取り組んでいたんだからさ」

 迅が探偵のように優我を指差したまま問い詰めた。

「うっ――ない、です」

 初めはどういうことかと目を丸くしていた優我だが、自分が犯人だと自覚したのだ。本を抱きしめて小さくなってしまった。これだけ大騒ぎして犯人が自分とは恥ずかしさで一杯である。

「――一件落着だな」

 桜太はやばいと察知してくるりと出口に足を向けようとした。

「まあ、待てよ。科学部部長さん。ここは落とし前をつけるのが筋ってもんだよな」

 しかしそうはさせないと悠磨が桜太の肩を掴む。口調はもうヤクザさながらだ。

「もちろんでございます。何をしましょうか?」

 仕方なく桜太は低姿勢に振り向いた。謎を解決したはずなのに悲しい。

「俺たちに出来ることにしてくれよ。本棚を修理しろとか本を総て出せとかいう力仕事は無理だからな」

 なぜか亜塔がさっさと注文をつける。やる気はあるのだろうが、どうしてそういう言い方になるのか疑問だ。桜太は科学部の人気がまた下がるのではと懸念する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る