科学部と怪談の反応式

渋川宙

第1話 変人の吹き溜まり

 世の中には関わってはいけない類の人物たちがいる。それは何も犯罪者や薬物中毒者といった危険な人物とは限らない。

 ここ桐生学園高等学校の中にも、そんな奴らがいた。そしてそいつらが集う場所というのが決まっている。北館と呼ばれる、ちょっとじめっとした空気の漂う校舎の二階だ。その隅にある化学教室が問題の場所である。

「なるほど。これが毛のない理論か」

 怪しい呟きを漏らしているのは、小難しい本を開く男子生徒だ。眼鏡を掛けていかにも勉強が好きという雰囲気を醸し出している。しかし化学教室だというのに実験する気がない。この彼こそ問題の関わってはいけない奴らの筆頭、ではなく正しくは科学部部長の上条桜太である。現在高校二年生の見た目は真面目な生徒だ。

「桜太。その毛のない理論って何?」

 横にいた女子生徒が興味に負けて訊いた。訊いてはダメだと必死になっていたが好奇心が勝ってしまったのである。彼女もまた関わってはいけないといわれる科学部の部員で岩波千晴という。

 千晴は長い髪が腰まである、可愛らしい顔立ちの女の子だ。しかしそこは科学部の部員。目の前に広げられているのは元素の周期表である。少し話すまでもなく変わっていることは納得できてしまうのだ。

「よくぞ聞いてくれた。毛のない理論とはブラックホールの特徴を言い表した言葉で、ジョン・ホイラーという物理学者が編み出したものなのだ」

 立ち上がって興奮気味に叫んだ桜太だが、千晴の反応は無かった。それどころか冷たい視線を送られる。

「あれ?」

「やっぱりブラックホールだったか。このブラックホールバカ」

 桜太の後ろの席を陣取っていた男子生徒が冷たく突っ込んだ。彼の名前は石橋楓翔。そんな彼ももちろん科学部の一人だった。

桜太がその楓翔の横に目を向けると、頷いて同意している男子がいた。彼も科学部のメンバーで杉原迅である。ちなみに二人とも判で押したように眼鏡を掛けていた。

「ここにいる奴らに馬鹿にされたくないな。全員同じ穴の狢だろ。楓翔だって地質バカのくせに」

 悔しくなった桜太は叫んだ。しかしそのせいで千晴から冷たい視線だけでなく溜め息まで貰うことになってしまった。

「何だよ」

 桜太がちょいっと千晴の肩を突く。

「それを言っては元も子もないの。この科学部がなんて呼ばれているか忘れたの?」

 千晴はそれはもう悲しいというのを全面に出して問いかける。

「えっ?何だったけ?将来はノーベル賞受賞者の集まりとか?」

 部長のくせに呑気なことを言い放つ桜太である。そんな尊敬されるようなことは何一つしていない。

「そんなわけあるか。変人の吹き溜まりよ。変人だけでなく吹き溜まり。解る?」

 自らがそのメンバーであることが悲しい表現を千晴は全力で叫んだ。

「いつ聞いても凄い表現だよな。誰が思いついたんだろ?」

 そこにのんびりと遅れてやって来た男子生徒がドアを開けると同時に訊いた。彼もまた科学部のメンバーで、これで全員だった。遅刻が常の彼は新堂優我だ。彼もまた眼鏡である。唯一の女子である千晴を除いて全員が眼鏡。これだけでも凄いことだった。

「たしかに昔から言われているみたいだよな。引退した三年の先輩たちも強烈だったというか奇天烈だったというか」

 まったくフォローにならない感想を迅が漏らす。どういうわけか、科学部に集まるのは何かを偏愛している奴らなのだ。その中でも引退した三年生は個性的だった。彼らが愛していたのはアマガエルや惑星というもので、二つ並べても普通の人の興味から外れがちだ。

もう一人、最大に変だった人物がいたがそれは全員が記憶から抹消していた。彼が愛したものに関しては問いかけてはならないことになってもいたのだ。何故なら問いかけて聞かされる説明は気持ち悪いの一言に尽きる。因みにその人物は悲しいことに前部長である。

 ちなみに現メンバーも計り知れないほどずれている。桜太はブラックホール、千晴は元素、楓翔が地質で迅が素数、そして優我が量子力学と分野もばらばらだった。

「三年生がいなくなって、この科学部は輪を掛けて静かになったよな。俺たちの中に奇行をする奴はいないし。しかも一年生はゼロ。このまま来年もゼロだったら廃部決定だぜ」

 悲しい事実を優我が指摘した。ここにいる五人が総て。しかも全員が二年生なのだ。

「うっ。そうだった。その問題を託されていたんだった。何とか春までに新入生獲得の方法を考えないといけない。いくら変人の吹き溜まりと蔑まれていようと、必要とする人々はいつの時代も存在するものだぞ。それなのに何故今年はゼロなんだ?」

 ようやく部長の立場を思い出した桜太が悩む。今は興味あるブラックホールよりも解決しないといけない問題が目の前にあるのだ。この愛する空間を自分たちの世代で途絶えさせるのは忍びない。しかも三年生からも頼まれている。何とかしないといけなかった。

「何か成果があればなあ。しかし何をすればいいのか?そもそもどうしてゼロなんだ?」

 桜太はメンバーを見渡して訊く。この夏休み直前の、対策を立てるなら今しかないという時ですら全員がばらばらなことをしているのだ。アピールも何もない。

「ゼロの原因は目立たないだけじゃないな。科学部に入ってももてない」

 楓翔がずばっと痛いところを突く。やはり高校の部活で憧れるといえば恋だろう。青春していますと訴えられるものだ。

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