3話 予想以上の快感

 昔から胸の成長だけは早く、からかわれることも多かった。

 ただ、コンプレックスであると同時に、わたしにとって自慢の部位でもある。

 イラストの参考にできるし、我ながら触り心地も申し分ない。

 問題があるとすれば、『つぐみさんに触られたい』という欲求が自分一人ではどうにもできないこと。

 好きな人ができて、告白して、受け入れてもらえた。

 いくら妄想しても、イラストに描き出してみても、当然ながら望んだ満足感は得られない。

 というわけで、行動に移すことにした。

 放課後にそれとなく連絡して、部活が終わった後に校舎裏で待ち合わせ。

 先に到着したわたしは、自分でも分かるほどそわそわした様子で恋人の来訪を待つ。

 ほどなくして、つぐみさんが体育館の方から息を荒くして駆け寄ってくれた。


「お、お待たせっ。ごめんね、寒い中待たせちゃって」


 かけられた言葉の節々から、つぐみさんの優しさが感じ取れる。

胸の奥がじんわりと温かくなり、自然と表情が緩む。


「いま来たばかりですから、全然待ってないですよ。わたしの方こそ、寒いのに呼び出して申し訳ないです」


「わたしは思いっきり体を動かした後だから、むしろ暑いぐらいだよ! って、わたし、もしかして汗臭い?」


 焦った様子を見せるつぐみさんに、大丈夫だと微笑みかける。

 むしろ興奮する、という本音はさすがに隠しておくべきだろう。

 長く引き留めるのも悪いので、早々に本題へ移す。


「つぐみさん、お願いします。わたしのおっぱいを触ってくださいっ」


 目と目を合わせ、真摯な態度で懇願する。


「はぇ? お、おっぱい?」


 予想すらできない突飛な要求に、唖然とするつぐみさん。

 ポカンとした表情も、尋常じゃなくかわいい。

 加えて、可憐な声によって紡がれる『おっぱい』という言葉の破壊力たるや、理性を保てている自分の精神力を褒めたくなるほどだ。

 年中発情期と言っても過言ではない性欲の強さに対する自己嫌悪が、防波堤として正気を維持させてくれているのかもしれない。


「大好きな人に触ってほしくて、胸が爆発しそうなんです。だから、ぜひお願いします」


「ばっ、爆発!? わ、分かったよ、わたしに任せて!」


 つぐみさんはバッグを足元に置き、握り拳を作ってグンッとわたしに近付く。

 罪悪感がないと言えば嘘になるけど、せっかくのチャンスを逃がすわけにもいかない。

 コートを脱いでブレザーのボタンを外し、ブラウスと下着に包まれた乳房を差し出す。

 すると、正面からそっと手のひらが押し付けられる。


「う、わぁ……や、柔らかい。マシュマロみたいにふわふわで、お餅みたいな弾力もあって……気持ちいい」


 無邪気な子どものように瞳を輝かせ、一心不乱に手を動かしている。

 パン生地をこねるように指を動かしたり、下から持ち上げてみたり。

 慈しむような優しい手つきは、力加減で言えば若干のもどかしさを感じる。

 だから物足りないかと言えば、答えは否。手のひらが擦れるたび、指が食い込むたびに、これまで味わったことのない強烈な快感がわたしを襲う。

 それになにより、つぐみさんが気持ちいいと言ってくれたのがなによりも嬉しい。

 変な声が出そうになるのを必死に堪え、少しでもこの時間が続いてほしいと願いながら平静を装う。


「美夢ちゃん、痛くない?」


「へ、平気です、もっと強くしてくれてもいいですよ」


 十センチほどの身長差によって実現される、つぐみさんの上目遣い。

 反則級の魅力に心を射抜かれながらも、微笑みを返す。

 とはいえ、事態はわりと切迫している。言葉とは裏腹に、体は限界が近い。

 嬌声を押し殺し表情を取り繕うことはできても、生理的な反応を意図的にコントロールするのは不可能だ。

 つぐみさんに悟られないのは、不幸中の幸いと言える。

 先端の興奮状態はブラとブラウスがどうにか隠してくれているし、下着の染みは角度的に視認できない。

 あたかもちょっとしたスキンシップのように振る舞っているけど、身も蓋もない言い方をすれば、先ほどから断続的に達してしまっている。

 このままだと、間もなく大きな絶頂を迎えるのは想像に難くない。


「なんだろう、不思議な気分……こうして美夢ちゃんの体に触ってると、すごくドキドキする」


 わたしの胸を揉みしだきながら、つぐみさんが頬を赤らめる。

 無自覚なのは明白だけど、その言葉は恋愛感情を表すものだった。

 一方通行の想いではないと改めて実感できた喜びは、全身に広がる快感をさらに助長させる。

 さすがにもう、耐えられそうにない。

 お礼を言って帰宅を促そうとした瞬間――


「あったかくて、いい匂い」


 つぐみさんが胸の谷間に顔を埋め、軽く頬ずりをする。

 敏感になっていたところに肌の温もりが制服越しに伝わり、温かな吐息を間近に感じた。

 例えるなら、表面張力を用いて限界まで水を注いだコップに、うっかり氷の塊を落としたようなもの。


「――っ、はぁぅっ、んっ、くぅっ」


 全身全霊を尽くして、どうにか大きな喘ぎ声を上げることだけは阻止できた。

 自分一人では到達し得ない領域に達し、満足した肉体は何度か痙攣を重ねた後、ガクッと膝から崩れ落ちる。


「ご、ごめんなさい、ちょっと立ち眩みしちゃいました」


 心配させてしまう前に、言い訳をしてごまかす。

 腰に上手く力が入らないけど、どうにか歩くぐらいはできそうだ。


「ほ、本当に大丈夫? 家まで送ろうか?」


 ありがたい申し出だけど、寮生である彼女を不用意に連れ回すのは忍びない。

 それに、体調不良でないことは確かだ。むしろ健康だからこそ起きた現象とさえ言える。


「ありがとうございます。少し休めば回復しますから、気にしないでください」


「でも……」


 丁重にお断りしようとしたものの、容易に受け入れてはもらえない。

 逆の立場だったらと考えると、その心中は痛いほど分かる。

 こうなったら、仕方がない。


「つぐみさん、本当のことを打ち明けます」


 覚悟を決めて、わたしは今回の件における動機と真意、そして味わった快感に至るまで包み隠さず説明した。

 すべてを聞いた後、つぐみさんは納得してくれたものの、耳まで真っ赤になってしまう。


「さすがに誰かに知られると恥ずかしいので、このことは内緒にしてもらえますか?」


「うん、分かった。二人だけの秘密だねっ」


 二人だけの秘密。つぐみさんが何気なく発した言葉は、とてつもなく甘美な響きに聞こえる。

 過敏になりすぎているだけなのかもしれないけど、恋人っぽくて素敵だと感じた。

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