第91話 因縁の相手


 仲間達を見送り、一人残った信太郎はどっかりと地面に座り込んでいた。

 目をつぶり、時折犬のように匂いを嗅ぐ信太郎を周囲の兵士や傭兵達は怪訝な眼で見つめる。

 だがすぐに自分が生き残るために陣形や罠などについて皆と話し込み出す。

 そんな兵から意識をシャットアウトした信太郎は周囲の気配を探り続ける。

 信太郎の嗅覚は犬よりも遥かに優れていて、すでにこちらを取り囲みつつある魔物の群れを捕らえていた。



「臭いが広がるのがはえーな」



 信太郎の部隊は、魔王の後を追う勇者率いる精鋭部隊の背を突かれないように布陣している。

 取り囲んできた魔物の大群も、信太郎達の部隊を殲滅してから精鋭部隊を追うつもりのようだ。

 風上から流れて来る臭いによって、信太郎は魔物に取り囲まれたことを知る。

 だが信太郎はそれを気にも留めず、ある臭いを探す。



「……っ」



 信太郎はようやく探し求めた匂いの発生源に気づく。

 それは信太郎の背後の影から漂っていた。

 信太郎はわざと気を緩めると、ゆっくりとふらつきながら立ち上がろうとする。

 その瞬間、影から飛び出た猛獣が信太郎の隙だらけの背中へと飛びつく。



「だらっしゃあぁっ!!」



 背後からの奇襲を読んでいた信太郎は、超人的な反射神経でカウンターをお見舞いすると、全力でその怪物の頭を蹴り飛ばす。


 だが直前に発生したバリアのようなもので遮られて致命傷には至らなかったのか、それは周囲に黒紫色のガスを撒き散らしながら着地する。



 その猛獣の頭は耳まで裂けた老人顔で、口にはサメのような歯がずらりと並んでいた。胴体はライオンのようで、背中から蝙蝠の翼と黒い棘がびっしりと生えていて、長く鋭いサソリの尻尾を揺らしている。



「マンティコアだと!?」



 突如現れた強力な魔物に兵士達に動揺が走る。

 だが兵の動揺が冷めやらぬうちに周囲の影から次々に魔物が這い出し、軍を包囲していく。

 そしてその瞬間、平原に連なる大森林からおびただしい数の魔物が飛び出し、雄たけびを上げながら突撃してくるのが見えた。



「ちっ! 陣内部に入り込んだ魔物を速やかに討伐せよ! そして布陣を整え、森から出てきた魔物どもを向かい打つのだ!」



 指揮官の叫びを皮切りに、魔物と人との戦いの火蓋が切って落とされた。



 ◇


「ほっほぅ! ワシに気づいていたか」


「ああ、臭いがしたからいると思ったぜ」



 信太郎とゴースは朗らかに会話しながら殴り合う。

 話だけを聞けば気心の知れた中のように聞こえるが、一撃一撃が分厚い鉄板を容易く砕く攻撃で、信太郎達の動きは風よりも速い。

 並みの兵士では二人の戦いに加勢できず、風圧で近寄ることさえできない。



 マンティコアのゴースは、今まで食い殺してきた人間の能力を奪う能力を持っている。彼が喰い殺してきた転移者、転生者の数は50人以上。

 その全てを駆使するゴースは猛毒のブレスやバリア、具現化した近代兵器で襲ってくるが、信太郎はその全てをねじ伏せる。



 猛毒のトゲやブレスを拳の風圧でかき消し、バリアを体当たりで粉砕し、飛んできた対戦車ライフルを叩き落す。

 そしてインファイトボクサーのように守りを固め、着実にゴースに近づいていく。



 ゴースも信太郎も彼我の実力差を理解している。

 圧倒的な攻撃力と防御力を持つ信太郎がゴースの懐に入った瞬間、勝負が決まることを。

 前回の戦いで信太郎がゴースに遅れをとったのは出血や毒によるものだ。

 疲労の色が濃いとはいえ、大したケガのない信太郎にゴースは押されていた。

 念動力やバリアで信太郎に動きを妨害しつつ、遠距離から攻撃し続けるゴースが憎々しげに咆哮する。



「相変わらず呆れた身体能力よ、あの時に殺せなかったのが悔やまれるわ! 出来ればお前さんとは会いたくなかったんじゃがなっ!!」


「俺は会いたかったぜ、ジーさん! リベンジマッチだ!」



 そう叫んだ信太郎は足元の一抱えくらいの岩を全力で投げつけた。

 音速以上で投げ込まれたその投石をバリアで防ぐゴースだったが、砕かれた破片で一瞬信太郎から視線が外れる。

 その直後、一瞬でゴースの死角に移動した信太郎が、砲弾のようにゴースの背中へと飛び込んだ。

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