第87話 強敵


『あの娘、人間ではないと知っておったが、まさかここまでとは……』



 つい先ほどまで空中戦を繰り広げていたエアリスたちだったが、突如発生した禍々しい力に驚き、戦闘を中断していた。

 絶大な魔力の発生源であるリリアをストリゴイが呆気にとられた様子で上空から見下ろしていると、視線を上げたリリアと目が合う。

 リリアは乗っていたペガサスを急上昇させると、真っすぐにエアリス達の元へ飛んでくる。



『……っ! 来い、我が軍勢よっ!!』



 レナードをあっさり倒したリリアに慌てるストリゴイは召喚魔法で死霊の軍団を呼び寄せる。その軍勢は百を優に超え、一体一体が高位のアンデッドだ。

 死霊軍の圧倒的な魔力と殺気にエアリスと小向が息を呑む。



『見よ! これぞ我が最強の死霊軍団よ。魔道戦姫よ、如何に貴様が強かろうが我が軍勢には敵うまい!!』



 絶対の自信を寄せる配下を呼び寄せたストリゴイは高らかに宣言する。

 そんなストリゴイと死霊の軍勢をリリアは興味がなさそうな表情で見つめると、鈴が鳴るような声色で何かを口ずさむ。



『咎ある者に滅び在れ 力よ、集え 災い砕く光となれ

 咎人共に 逃れ得ぬ裁きを与えよ 来たれ 破滅の光』

  


 詠唱を終えた直後、空高くから光が降り注ぎ、死霊の軍勢ごとストリゴイを粉々に打ち砕く。


『っ!? ……なっ、何が起き……っ』



 ストリゴイは何が起きたのか分からなかったのか、唖然とした様子で消滅していった。あっけない幕切れに小向やエアリスが棒立ちしているのを見て、リリアが訝しげな表情で口を開く。



「ちょっと、何してるのよ? もう終わったわ。さっさと戻りましょ?」


「ちょっと待ちなさいよ」



 腰のポーチから取り出したポーションを飲みながら立ち去ろうとするリリアをエアリスが呼び止める。



「アンタ、さっきのヤバい力は何よ? あれは個人で扱えるような力じゃ……もう使わない方がいいわ」


「ご忠告どうも。安心して、これでも力を抑えている方だから」



 涼しい顔でそう言い放つリリアにエアリスは背筋を震わせた。



 ◇


「不味いぞ! 新兵は急いで近隣の都市に援軍を出させろ! 俺たちは崩れた部隊の援軍に行く!」



 そう言ってベテランの竜騎士たちが後方部隊に向かおうとした瞬間、彼らの目的地付近で何かが爆発した。

 思わず身構える竜騎士達の前でその爆発は何度も繰り返し発生し、バラバラになった魔物の死体が吹き飛んでいる。

 まるで魔物の大群の中で巨人が暴れ狂っているようだ。



「なんだ、あれは……? 友軍の活躍なのか?」


「魔法を使っていない……ということは戦士か。だがあんな強い奴がいたか?」



 竜騎士たちは魔物の大群の中で暴れまわる何かを注意深く観察する。

 そんな騎士たちの飛竜が一斉に何かに反応し、慌ててその場から離れようとし出す。



「なんだ!? 飛竜が急に暴れ出したぞ!」


「ちょっと落ち着けって!」



 竜騎士たちは慌てて飛竜たちを落ち着かせようと努めるが、何かに怯えた様子の飛竜たちは中々落ち着かない。

 その怯えようはまるで捕食者に怯える小動物のようだ。



「ぐっ!? こいつら何に怯えて……!」



 そう言いかけた竜騎士の視界で地面が爆散し、地中から巨大なムカデが2匹飛び出す。まるで山に巻きつけそうなほどの巨体なムカデだ。



「山脈ムカデだと!?」



 予想外の魔物の襲来に竜騎士たちが絶叫する。

 山脈ムカデとはその名の通り山脈に巻き付けるほど巨大なムカデ型の魔物だ。非常に凶暴かつ強力な魔物で、討伐に軍が動かねばならないほどの脅威である。

 驚き戸惑う竜騎士達の前で、山脈ムカデのうち一匹が総崩れになった後方へ向かい、もう片方が空中の竜騎士へと襲い掛かってきた。



「総員散開っ!!」



 竜騎士隊の隊長の掛け声で竜騎兵たちは散開する。

 怯えているとはいえ、よく訓練された飛竜たちは主の命令通りに上空へと逃れ、山脈ムカデの牙の一撃を竜騎士たちは容易く躱す。

 ベテラン騎士でも寒気を覚えるほどの一撃だったが、その攻撃は山脈ムカデの本命ではなかった。

 次の瞬間、山脈ムカデは空中で山のような巨体を翻し、その巨体すべてを使って空を薙ぎ払う。

 迫りくる山脈ムカデの体が、飛竜騎士団の見た最期の光景となった。


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