第86話 隠していた力
『始まったね、しかし紳士的な私と違って本当に皆は野蛮だな。争うごとを嫌う私には理解できないよ。君はどうかな?』
ストリゴイと空中戦を始めるエアリスたちを見上げ、リリアに背を向けた状態でレナードが吞気そうに話しかけて来た。
そんなレナードをリリアは怪訝そうに見つめる。
「で? アンタ、話があるとか言ってなかった?」
『おや、話を聞いてくれるのかね? てっきり有無を言わさず攻撃されると思っていたよ。まぁいいか。話というのはだね……』
少し意外そうに振り返るレナードはリリアに向かって、まるで握手でもするかのようにそっと手を突きだした。
『魔道戦姫よ、手を組まないかね? 我らは同胞には寛容だ』
「……どういう意味よ?」
『君は人間じゃない。我らと同じ人外だろう? 私は生前からキメラなどの合成魔獣の実験に没頭していたからよく分かるのさ。お前の体から竜やハイエルフ、さらには魔神の血を感じる。そこまで多種多様な力を宿す人型の生物は限られている』
「……っ」
レナードの言葉にリリアは息を呑む。
必死にポーカーフェイスを保とうとしているリリアだが、人生経験の長いレナードには彼女が動揺しているのが手に取るように分かった。
それを見たレナードは自分の推測が正しいことを確信する。
『やはりそうか、お前の正体はホムンクルスであろう?』
ホムンクルスとは錬金術師が作り出す人工生命のことだ。
造物主の技術と材料の質によって能力や知性は千差万別だが、リリアほど高性能で人と見分けがつかないホムンクルスは非常に珍しい。
大抵のホムンクルスは小柄で非力なのだから。
そしてホムンクルスは人ではないため、当然ながら人権を持たない。
そのため地方によっては使い捨ての労働力として奴隷よりも酷い扱いを受けていることもある。
『腕の良い錬金術師といつも一緒に行動してるそうじゃないか。お前はその男の作品、そうだろう?』
推測が当たって上機嫌なレナードとは逆にリリアの顔色は悪い。
リリアは何かを考えこむように、黙って俯いたままだ。
そんなリリアにレナードは優し気な声色で語り掛ける。
『私達と手を結べ。主人である錬金術師ともども手厚く保護しようではないか。人間は異端者に対して容赦しない。人ではないとバレれば人間どもに何をされるか分かったものではないぞ? それくらいお前も予想できると思ったが?』
「……そんな奴ばかりじゃないわ」
リリアは少し苦しげに、絞り出すような声を出した。そして僅かに迷った後、腰のポーチへと手を伸ばして何かを取り出す。
取り出されたのは半透明な球体だ。
リリアはそれを壊さぬように、そっと親指と人差し指で摘まみとる。
『むっ、それは……魔道具か。見慣れない術式だが、錬金術師に作って貰ったのかね?』
リリアの手にある球体をレナードは興味深げに見つめる。
そんなレナードの前でリリアがその球体を握りつぶす。
その瞬間、周囲に甲高い音が響き渡り、特殊な結界が張られたのを感じたレナードは目を丸くする。
『これは妨害系の結界……結界内の魔力を知覚できなくするものかね?』
「ええ、これで地上の人は私の魔力を知覚できないわ」
『そんなものを使ってどうする?』
特に利点のなさそうな魔道具を使用したリリアをレナードは訝し気に見つめる。
そんなレナードの前で、リリアは急に禍々しい魔力を激流の如く噴き出す。
人知を超えた絶大な魔力量に思わずレナードは狼狽える。
『うおぁっ……!? バ、バカなっ!! なんだその力はっ!?』
「さっきアンタ自身も言ってたでしょ? あたしが魔神の血を引いてるって」
そう言ってリリアが手のひらを翳した瞬間に閃光が瞬き、レナードが粉々に砕け散る。あらかじめレナードは自分の体に複数の防御結界を施していたのだが、その全てが薄紙の如く破られた。文字通りの瞬殺だ。
あまりの力量差にレナードは目を見開いて驚く。
『なんとここまでとは……!? ああ、なんという……すっ……すっ……』
崩れていく自分の体を呆然と見つめながら、レナードは何事かを呟く。
だが数秒後、弾かれたように天を仰いだ。
『……すっ、素晴らしいぃっ!! ここまで強力なホムンクルスが造れるとは……なんという素晴らしい技術だっ!!』
頭以外が崩れ落ちたというのに歓喜するレナードに対し、リリアは苛立たしげに眉を歪める。
「この気配は……あんた、分霊だったのね」
分霊とはリッチが好んで行う秘術の一つで、肉体と魂を分離し、魂を別の入れ物に隠すことで不死となる技術だ。
分霊が1つでも残っていれば、例え本体が致命傷を負ってもその魂は現世に留まり続ける事が可能となる。
そのため分霊と本体を全て破壊しない限り、術者が死ぬことはない
これぞリッチが討伐されにくい理由の一つだ。
仕留めきれなかった事に苛立つリリアとは反対に、レナードは上機嫌に笑う。
『当然だろう、私は学者なのだ。荒事が苦手な私が本体でここに来ると思うのかね? 私は今、遠方からこの分身体を操っているだけだ。この体は私の自信作でね、かなり時間をかけて作った特製の器だったのだが……』
崩れていく己の体をレナードは少しだけ残念そうに見つめる。
だが次の瞬間、狂気すら感じる声色で叫び出した。
『ああ! それにしても今日はなんと素晴らしい日だ!! 新たな可能性に気づけたぞっ! まさかホムンクルスがここまでの力を得られるとはっ!! 若造の造ったホムンクルスに長年磨き上げた我が技術が破れるとはっ! 嗚呼っ……、嫉妬と怒りと歓びで狂いそうだっ!!』
自分の分身が破壊されたことよりも新たな発見に夢中なこのリッチはまさに狂っていると言えるだろう。
リリアは狂喜するレナードを理解できない生物を見たように表情を歪めていた。
『決めたぞ、魔導戦姫よ! お前とお前の主は私の獲物だ! 必ずその叡智を解明し、二人とも我が研究所の標本として飾ってやる!!』
「気色悪いわね、あんた」
気味の悪い笑いを上げて消滅していくレナードの分霊を見て、リリアはそう吐き捨てた。
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