第84話 リッチ


『ふむ、想像よりうまくいったね』


『ゴースの奴めが軍の指揮官達を洗脳していたらしい。こちらに魔法を同時に撃たせるようにな。ゴースめ、獣の割には中々役に立つではないか』



 更地になった大平原でリッチの2人組が話し合っている。

 どこかおっとりした雰囲気を漂わすリッチと、厳めしく禍々しい気配のリッチだ。黒煙と土煙を上げ続ける平原を見て、おっとりとしたリッチが満足そうに頷く。



『ストリゴイ、これで仕事は終わりかな? これで研究を再開できるよ。ようやくキメラの研究が一歩前進しそうなんだ』


『何を言っとる、レナード。まだ終わってらんぞ? 相変わらず研究以外は苦手なのだな』



 禍々しい気配のリッチ――ストリゴイが気の抜けた同胞を嗜めるように口を開く。

 するとレナードと呼ばれたリッチは僅かに困惑した様子を見せるが、すぐに周囲の気配を探り出す。



『おや? この気配は……、驚いた! アレを受けて生き残りがいるとは驚きだねぇ』



 驚きの声をあげるレナードの視界には穴から這い出て来る人間たちが見えた。

 穴はだいぶ深いらしく、見える限り数百人はいる。

 穴の中から感じる微弱な生命反応も含めるとその倍はいるだろう。



『あんな深い塹壕のようなものをいつの間に……?』


『そんなことはどうでも良いだろう。それよりも生き残りをさっさと片づけるぞ』



 ストリゴイは面倒そうに背後にいる魔物たちへと突撃の号令を出した。



 ◇



「マリ! 大丈夫か!?」


「うん……どうにか」



 塹壕の中、衝撃に目を回すマリを信太郎が抱きしめていた。

 信太郎は少しでも衝撃を殺そうと全力の拳を叩き込み、僅かな隙間を作り上げると、マリを始めとする仲間を抱えてその隙間に飛び込んだ。

 そして力の奔流からその身を盾にしてどうにか仲間を守ることに成功していた。

 信太郎が動物的直観で動かなかったら、マリ達は死んでいてもおかしくはなかっただろう。

 なにせ塹壕に飛び込んだ兵士の半分以上が蒸発し、信太郎自身も大ダメージを受けたのだから。



 幸いなことにマリや薫、空見とガンマはかすり傷だけで済んだ。

 まるで竜巻に巻き込まれ、振り回されたかのように四人は目を回していたが。

 激しい眩暈と吐き気を感じつつも、どうにかマリは信太郎達へと回復魔法をかける。すると痛みに顔を顰めていた信太郎と空見の傷が癒え、薫やガンマが意識を取り戻す。



「ぐっ……どうにか動けそうだ。みんな、無事かい?」


「空見の兄ちゃん、俺は大丈夫だぜ!」


「それは良かった。薫、ガンマ……意識はあるかい?」



 信太郎に笑みを向けながら、ほとんど動かない薫やガンマに空見は声をかける。

 すると薫とガンマが土気色の表情で呻く。



「……意識はあるし、動けるさ。誰にモノいってんだ」


「……ん? そういや小向はどこにいるんだ……?」



 ガンマが小向の不在に気づいた瞬間、空から清涼な風が吹き込み、信太郎の周囲の煙を散らしていく。

 マリが視線を向けると、上空からシルフィと小向が降下してくるのが見えた。



「エアリスちゃん……小向君、無事でよかった……」


「マリも無事そうで良かったわ! でもゆっくりしてらんないわよ、上空から見てたけど魔物たちが向かって来てるわ! さっさと立って!」



 エアリスが叫んだ直後、煙から人食い鬼――オーガの大群がまるで津波のように押し寄せてくる。

 慌てて信太郎と空見が身構えた瞬間、灼熱の炎がオーガの大群を焼き尽くす。



「マリ、大丈夫!?」



 呆気にとられる信太郎達の上空から鈴が鳴るような声が響く。

 聞き覚えのある声にマリが視線を上げると、そこにはペガサスに乗ったリリアが滑空してくるのが見えた。



「リリアさん!?」



 本来この場にはいないはずの少女にマリが素っ頓狂な声をあげる。

 リリアの持ち場は勇者部隊の後詰めという重要な役目を持った部隊のはず。

 そんな持ち場を勝手に離れれば下手をすると重罪にもなり得る。



「んん? 何でそんな驚いた顔……あぁ、ちゃんと許可を貰って抜けてきたから安心して」



 マリの表情を見て察したのか、リリアは合点がいった様子で口を開く。



「そうなんですか? 良かったぁ……あっ! 助けてくれてありがとうございます!」



 思い出したかのようにマリは慌ててお礼を言う。そんなマリとリリアの間に信太郎が割り込んだ。



「なぁ、悪いけどその羽生えた馬もどき貸してくんねーか? マリ達を避難させて―んだ」


「ちょっと待ちなさいよ、おバカ」



 マリにペガサスを貸して貰おうとする信太郎だが、それをエアリスが制止すると離れた場所で宙に浮くリッチを指さす。

 リッチの二人組は突如現れたリリアの絶大な魔力を警戒しているのか、少し離れた場所で信太郎たちの出方を伺っている。

 少しばかり臆病にも思えるが、思わず背筋が寒くなるほどの殺気を放っているため逃がしてくれるつもりはなさそうだ。



「連中が大人しく逃がしてくれるわけないでしょ? それにあの大群を倒さなきゃ周辺の町もすぐ全滅よ。 ところで魔道戦姫、許可貰って援軍にきたってことは手ぇ貸してくれるわよね?」


「ええ、そのつもりよ。シンタロー、リッチはあたしとエアリスが倒すからアンタはその他大勢を頼むわ」



 リリアはそう言ってペガサスの横腹を軽く蹴ると、ペガサスはリッチの元へと急上昇していく。その速さはまさに疾風の如く。

 それに負けじと一瞬遅れてエアリスと小向が上空へと飛び上がった。


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