第80話 策略


 マリを背負って歩く信太郎たちが木々の生い茂る丘陵地帯を抜けると、そこには見通しの良い大平原が広がっていた。

 目を凝らすと平原の端の辺りに魔物の大軍勢が見える。

 そこには切り立った崖に三方を囲まれた場所を背にして、腐敗した巨人が陣取っていた。その姿は地球に住む者ならばゾンビを連想させる姿をしていて、毒々しい紫色の煙を常に噴き出して、周囲の草々を腐敗させている。

 あれこそが今回の魔王だ。

 遠目に魔王の姿を確認した勇者アルトリウスは傍らのゴルド大将に語りかける。



「まったく動かないな……。ゴルド大将、罠はないんだな?」


「ええ、魔法の類はありませんな。伏兵もなし、何を企んでいる事やら……」



 ゴルド大将は竜騎士を飛ばし、周囲を探らせたが怪しい所はまるでなかった。

 斥候に攻撃でも仕掛けてくるかと警戒したが、魔王は上空を飛び回る飛竜を見ても何もしてこなかったとのことだ。



(敵の狙いは何だ? 地中に死霊系の魔物でも潜ませているのかと思えばその反応もなし。ますます分からん)



 ゴルド大将は苛立たしげに爪を噛む。

 魔王軍よりも人類連合軍の方が数に勝る。

 このまま戦えばそれなりの損害は出るだろうが、間違いなく連合軍が勝つだろう。その程度の事、今まで狡猾に立ち回って来た魔王なら理解しているはずだ。

 黙り込むゴルド大将を急かすように、勇者アルトリウスが口を開く。



「ゴルド大将、何を考えてこんでいる? 早く指揮を」



「……了解です、勇者殿。敵は崖を背にして陣取っています。その気になれば魔王は崖を破壊して逃げれるでしょうが、それは大きな隙となるはず。魔王の一挙手一投足に注目し、慎重に包囲しましょう」



 ゴルドの号令によって連合軍は平原を慎重に進んで行く。

 魔王とその配下を逃がさぬように、連合軍は軍勢を翼のように広げて包囲する。

 不気味なことに魔王はそれを見ているだけだった。



「ゴルド大将、俺は四聖と精鋭部隊のみ連れて行く。全体の指揮は君に任せた」


「勇者殿、ご武運を」



 勇者の声に四聖が頷き、精鋭のみ集めた部隊が魔王へと歩みを進める。

 勇者が一歩魔王へ近づくたびに空気が張り詰めていき、平原を殺気が覆いつくしていく。

 勇者部隊が数十メートル前まで近づいた時、アルトリウスがあることに気づく。



(……殺気は感じるが俺たちを注視していない。距離を測っているのか? いや、この距離なら何かされる前に一太刀入れられる。魔王もその程度のことは分かっているはずだが……)



 慎重に間合いを詰めていく勇者の前で、魔王が腐敗した巨木のような足で地面を踏み鳴らす。



(来るか!?)



 身構える勇者たちだが、魔王は動かない。

 ただ強めに足踏みをしただけのようで、何事も起こらなかった。

 ――勇者たちの前では。

 その直後、アルトリウスの遥か後方で兵のどよめきが聞こえた。



「アンナ! 何が起きた!?」


「軍の最後方にて大型の魔物が二体! おそらく新種です!」


『GOAAAAAAAAAAA!!』



 四聖の一人であるアンナが叫んだ瞬間、耳をつんざくような雄たけびを上げた魔王と怪物の群れが勇者へと襲い掛かった。


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