第72話 ゴースと星辰教団2
「トードス、あの何もないだだっ広い草原で戦うと? 冗談じゃろ?」
トードスの発言に噛みつくようにゴースは口を開く。
あの場所は文字通り何もない大平原だ。
そこで戦うとなれば策も何もない力押しとなることは確実。
もし勝てたとしても大きな犠牲が出るのは間違いない。
(この戦いには我らの進退がかかっているんじゃ。さすがに看過できん)
剣呑な気配を漂わせるゴースに対してトードスは涼しい顔つきで口を開く。
「いえいえ、冗談ではありませんよ。あのお方のご指示なのです。まぁ、確かに策を練ればほぼ確実に勝てるでしょうがねぇ……あなたもご存じのはずでしょう? あのお方は我々の確実な勝利も敗北も嫌うことを」
トードスの言葉にゴースはギシリと歯を食いしばる。
教団が崇める邪神たちが望むのは先の予想できない物語だ。
結局のところ、邪神たちは魔性の者たちがどのような結末を迎えようと構わない。
面白ければどうでも良いのだ。
(……ここで殺るかの?)
ゴースは殺気を抑え、アリスを観察する。
傷は癒えたようだが、疲弊しているせいでアリスの足元はふらついていて覚束ない。
弱りきったアリスと戦闘能力の低いトードスならゴースでも殺しきれる。
仮にここで教団の幹部を殺めても、星辰教団の崇める邪神ならば『その展開も面白い』と楽しみ、報復はしないはず。
あの邪神たちはそういう性格だ。
心を決めたゴースはトードスと議論を交わしながら静かに戦闘態勢を整えていく。
狙うのは先ほどから眠そうにしているアリスが瞬きをする瞬間だ。
まずは猛毒の尾と爪牙でアリスに手痛い一撃を与える。
さすがのアリスも今の状態で猛毒を流し込まれれば動けなくなるはず。
トードスはそのあとだ。
獲物の隙を伺うゴースだったが、突如、極大の殺気を感じて縮み上がる。
(ぬうぅっ!? なっ、なんじゃぁ!?)
殺意だけで死んだと錯覚するほど濃密な死の気配。
有無を言わさず本能に刻まれる恐怖。
圧倒的な捕食者の目の前に飛び出してしまったかのような絶望感。
あのアリスたちも驚いた様子で身構えるほどだ。
(この気配……覚えがある! もしや……!?)
冷や汗を浮かべながらゴースは殺意の発生源、祭祀場の入り口へと恐る恐る視線を向ける。ゴースの視線の先には背の高い壮年の男が一人佇んでいた。
短く刈り込んだ灰色の髪。
整った顔立ちだが、一切の表情を消した能面のような顔つき。
一番特徴的なのはその眼だろう。
その眼は見られただけで死んだと錯覚するほどの鋭い眼光だ。
ゴースはこの男を良く知っている。
星辰教団の幹部にして最強の剣士。
『王獣狩り』のガルムだ。
何故『王獣狩り』と呼ばれるのか。
王の名を持つ怪物を殺し、その素材を教団が崇める≪無貌の神≫へと献上したことが由来だ。
パッと見る限り地味で目立たぬ皮鎧と剣だが、その素材がとんでもない怪物の死骸から作られたことをゴースは良く知っている。
魔獣王ベビーモスの素材で作られた皮の鎧。
海竜王リヴァイアサンの素材から作った魔剣。
どれも単独で大国を滅ぼす規格外の怪物で、仮にゴースが100匹いても歯が立たないだろう。
そんな怪物をたった一人で殺したこの男こそゴースが知る限り最強の人間だ。
あの信太郎ですら殺せるだろう。
ゴースが見る限り身体能力は互角だが、技量と装備の差でガルムが勝つはず。
「……久しいのぅ、ガルム。そんな殺気だってどうしたんじゃ? 老骨にその殺意はキツイんじゃが……ちぃと抑えてくれんか?」
平静を装い、ゴースはどうにか言葉を絞り出す。
するとガルムの射殺すような視線が向けられ、ゴースの体に身も凍り付くような錯覚が襲う。それは時間にしてせいぜい数秒程度だったが、ゴースには数時間に感じられた。
「悪い、少しばかり釘を刺しただけだ」
「……っ」
無表情でそう言い放つガルムにゴースは内心慌てた。
殺意と叛意を見抜かれていたのだ。殺されてもおかしくない。
戦々恐々とするゴースだが、そんなゴースを無視するようにガルムはトードスの元へと足を向ける。
「おや、ガルムさん。なぜここに?」
「届け物を持ってきただけだ。大広間に待機させてある。俺はすぐにあの方の護衛に戻る」
「護衛……? もしかしてお母様が御降臨されたの?」
アリスが嬉しそうな声を上げる。
そんなアリスへとガルムはたしなめるような表情を浮かべた。
「アリス、あのお方をお母様と呼ぶのは止めろ」
「どうして? お母様はお母様だよ?」
アリスはきょとんとした顔つきになる。
星辰教団が崇める神に忠義を捧げるガルムと、神を自分の母と捉えるアリスは本質的には相容れない。
嫌な雰囲気になるのを予想したトードスが早口で口を挟んだ。
「ガルムさん、護衛ということはあのお方は御降臨されるのですね? 一体何があったのですか?」
「あのお方が最終決戦を直接ご覧になりたいと仰ってな。この世界に受肉するそうだ」
「なんと……! それは良き事ですね」
「うん! またお母様に会えるよ!」
「ガルムさん、届け物とはアレのことでしょう? 早速確認しましょう。さぁ、ゴースさんも一緒に」
ガルムの視線が険しくなったのを感じたトードスが口を挟み、一同を大広間へと誘導した。
◇
「なんじゃ、これは……」
大広間へ着いたゴースは訝し気な声を上げた。
見慣れないが半透明の何かが3つほど空間を漂っていたからだ。
巨大で目のない頭部からは触手が十数本も垂れ下がっている。
(魔力や生命力を感じる……魔物かのぅ?)
あまり強そうに見えない魔物を見てゴースは首を傾げた。
わざわざこの魔物が届けられたということは何か特別な理由があるはず。
そんなゴースを見てトードスが口を開いた。
「ゴースさんが見るのは初めてでしたね。これは要塞クラゲと言います」
「クラゲ? 確か海に生息すると聞いたことがあるがこのような形じゃったか。何か特別な能力でもあるのかの?」
「ええ、あのお方が造ってくれた魔物でしてね。他の魔物を体に収納する能力があるのです。一体あたり数万匹の魔物を運べますよ」
「なんと……」
ゴースは驚きの声を上げた。
一体あたり数万匹の魔物を運べるとはとんでもない能力である。
それは常に軍勢をお手軽に持ち運べるのと変わらないことだからだ。
ふとゴースは神出鬼没だった魔王の存在を思い出す。
人類連合の精鋭達が何度も防衛線を突破され、行方を掴めなかった魔王の秘密はここにあるのではないか。
そして目の前にいる3体の要塞クラゲの1体の体がわずかに黒く変色し、妙な存在感を放っていることに気づく。
「なるほど。魔王の奴、やけに神出鬼没だと思うたらそういうカラクリか。そこの黒いのに魔王が入っとるんじゃろう?」
「ええ、すぐに気づかれるとはさすがはゴースさんですね。あなたには魔王の入っていない要塞クラゲを2体貸し出しましょう。これで人類と魔物の最終決戦を面白おかしく彩って貰いたいのです」
トードスの言葉にゴースは震えた。
勝ちの目が見えてきたからだ。
要塞クラゲを上手くいけば数万体の魔物の群れで人類連合を奇襲できる。
乱戦に持ち込めば馬鹿げた火力を持つ魔導戦姫や信太郎も仲間を巻き込むことを恐れて全力を振るえないはず。
「ワシに任せよ。あやつらを一網打尽にしてやるわ」
脳裏にて勝利への方程式をくみ上げていくゴースは、邪悪な笑みを浮かべた。
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