第28話 暴虐のアリス6


「へぇ~。こっちが囮で本当の狙いはお兄ちゃんの回復だったんだぁ。気づかなかったよ~」



 遠目に見える信太郎の復活を見て、アリスは感心した様子で手を叩く。

 興奮しているのか、「すご~い!」と言いながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。



 信太郎の復活に、慌てた様子が欠片もないアリスに、空見は困惑した顔をする。

 アリス自身も信太郎とまともに戦えば勝てないと言っていたはずなのだが。

 そんな空見の表情に気付いたのか、アリスは得意気に口を開く。



「あのね、回復魔法で治るのはケガだけだよぅ。失った血液までは戻らないの。あのお兄さん、かなり出血してたでしょう? まともに動けるのかなぁ……え!? こっち来た!?」



 驚くアリスを見て、空見が振り返ると、信太郎が駆けつけていた。



「信太郎君! 大丈夫なのかい?」


「ぉお! 問題ねーぞ」



 信太郎は満面の笑みでサムズアップする。

 だが、明らかに顔色悪く、息も荒い。

 とても戦えそうな感じではない。



(まずいな。信太郎の消耗が思ったより激しい……。停止の魔眼はもう使えないし)



 ガンマは内心頭を抱える。

 アリスの戦いぶりを見る限り、まともに戦えそうなのは信太郎だけだ。

 悩むガンマの肩に空見がポンと手を置く。



「ガンマ。信太郎君の戦いをみんなでサポートしよう。それしかない」


「……そうだな。ところで薫は大丈夫か?」


「マリ君に治療をお願いしておいた」



 ちらりとガンマが視線を向けると、薫の元へマリが駆け寄り、回復魔法をかけているのが見えた。

 ゆっくりと体を起こし、信太郎達の方へ歩こうとする薫を、慌ててマリが引き留めている。あの様子なら命に別状はなさそうだ。

 ほっとするガンマ達の前で、興奮した様子のアリスが口を開く。



「強い お兄ちゃん、心臓抉ったのにショック死しないってすごいねー!」


「え? お、お前そんなことしたの? 怖ぇな……」



 アリスの発言に信太郎は驚愕の表情を浮かべる。

 さすがの信太郎もこれにはゾッとしたようだ。



「私ね、最近は本気で遊べなくて退屈してたんだぁ。だってみんな、すぐに壊れちゃうんだもん」



 その瞬間、アリスの体から濃密な殺意と共に、赤い光が溢れてくる。

 それと同時にガラスが砕けたような音が響く。

 ガンマの『停止の魔眼』の効果が破壊されたのだ。



「こ、こいつ……その気になれば壊せたのか!?」



 切り札の魔眼が無効にされ、ガンマは悲鳴を上げる。

 この様子だと他の魔眼も効果はなさそうだ。



 本気になったアリスの気迫と殺意は先ほどとはまさに別次元。

 そばにいるだけで、針で刺されるような痛みを感じ、空見やガンマは思わず後ずさる。



(まずい! 弱った信太郎だと殺されかねない。どうすれば……)



 必死で頭を働かせるガンマだが、妙案は出てこない。

 そんなガンマの耳元へ空見がささやいた。



「ガンマ、マリ君を呼んできてくれ。彼女の転移魔法で信太郎君と逃げるんだ。時間は僕が稼ぐ。回復魔法を全開で使えば、10秒は持つはずさ」


「お、お前……。それがどういう意味か分かってんのか? お前、たぶん死ぬぞ」


「アレを倒せるのは信太郎君だけだ。たくさん人を救える方を生かすのは当然だろう?」



 驚愕に目を見開くガンマに、空見は優しい笑みを浮かべる。

 それは覚悟を決めた男の顔だった。

 転移魔法での戦線離脱をアリスが黙って見過ごしてくれるはずがない。

 誰かが離脱時間を稼ぐ必要がある。

 空見は信太郎を救うために、死ぬつもりだ。



「待て! 他に良い方法を……!」


「あるのかい? 僕も死にたいわけじゃないから、他にいい方法があるならそれに従うけど」



 空見の言葉にガンマは黙り込む。

 転移魔法以外の手段で、あのアリスから逃れられる気がしない。

 ガンマは信太郎さえいれば何とかなるだろうと、甘く考えていた過去の自分を殺したくなった。



(俺って奴はいつもこうだ! いつもいつも! あの時だって俺が動いていたら! 俺のせいでまた死ぬのか!?)



 悲痛な表情で歯を食いしばるガンマの肩を、空見は強めに叩く。



「そんな顔するなって。君はよくやっているよ。ちょっと相手が規格外だっただけ、運がなかっただけさ。あとは頼んだよ。ほら、マリ君がそこまで来ているし」



 その言葉にガンマが背後を振り返ると、慌てた様子のマリが駆け寄ってくるのが見えた。



(どうすればいい!? このままだと空見が死ぬ!)



 ガンマの精神が限界を迎えようとしていた時に、それは起こった。



 ≪お待ちなさい。アリス≫



 その場にいた人々の脳内に謎の声が響いた。


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