第17話 迫る暗雲


 魔王種とは何なのか。

 突然変異を起こした強大な魔物で、魔法とは異なる固有能力と他の魔物を従える能力を持つ個体を指すらしい。

 だいたい15~20年に一度の割合で発生し、魔物の大軍を率いて人類の生存圏へ攻めこんで来るそうだ。



 どうにか魔王を倒しても、復興が終わった頃には新たな魔王種が攻めこんで来る。

 そんな負のサイクルが300年も前からずっと続き、真綿で首を絞められるように人類の勢力は削られているのだ。

 このままではいずれ人類は滅ぶ。

 そんことは各国の王だって分かっている。

 だが打開策が見つからないのだ。

 人類は確実に滅びへの道を歩んでいった。



 ◇


「お! 熊肉のスープもうめぇな!」


「信ちゃん先輩、まだ食べるっすか?」


「アンタの胃袋どうなってんのよ……」



 5人分は食べた信太郎にエアリスが呆れた表情を見せる。

 まだ食事を摂っているのは信太郎のみで、他の仲間は皆食後のお茶を楽しんでいた。

 ちなみに空見と薫は仮眠中だ。

 2人は丸一日寝ていなかったようで、食事を摂ってすぐに部屋へと向かった。

 宿屋の食堂に残っているのは信太郎、マリ、小向とエアリス、そしてガンマだけだ。



「あれ? そういえば、マモルの兄ちゃんがいねーぞ?」


「ああ。腕の良い冒険者が隣町に来たらしくてな。転移者かもしれないからスカウトに行くってさ。もうすぐ戻るんじゃないか?」



 信太郎の疑問にガンマが答える。

 一足早く食事を終えたガンマはハーブティーの香りを楽しんでいる。

 そのお茶からは花の香りや果実を感じさせる香りが漂ってくる。

 南部連合の特産品の一つで、いわゆる香りを楽しむお茶らしい。

 とても良い香りで気分が癒されるらしく、マリも好むお茶の一つだ。



 もっとも信太郎からすると香りのするお湯にしか感じない。

 以前そう言ったら怒られたのでさすがに口には出さないが。

 最期の一口を飲み干したガンマは気が進まない様子で口を開く。



「さて、仲良くなった兵長から話を聞いたんだがな。状況はあまり良くない」



 お茶のお代わりを注文したガンマは手に入れた情報を語りだした。



 ◇


 魔王の襲来。

 侵攻してきた魔王を迎え撃ったのは英雄が率いる部隊だ。

 彼の名はオーガス。

 勇者の国アルゴノート最強の冒険者にして『武神』の異名を持つ男だ。

 彼の迎撃が間に合ったのには理由がある。



 人類の生存圏と魔物の楽園である暗黒領域、その間には遮るように深い森が広がっている。

 その森の監視役であるエルフ族が異常を感知したらしく、フットワークの軽い武神が急行したのだ。



 魔物の大群は率いた騎士隊に任せ、武神オーガスは単独で魔王と戦った。

 常人が立ち入れぬほどの戦いを繰り広げ、深い傷を負ったオーガスだが魔王を追いやることに成功した。

 魔王は配下を従え、ブリタニア王国へと敗走していったらしい。



 弱った魔王を迎え撃ったのはブリタニア王が率いる連合軍だ。

 中核をなすのはシルバーソル侯爵家とゴールドルナ伯爵家。

 ブリタニアの双璧とも謳われる両家は協力して、民を守るために国土を死守した。

 どうにか撃退には成功したがブリタニア王国はかなりの代償を払うこととなった。



 ブリタニア国王、そしてシルバーソル侯爵家当主の戦死だ。

 皮肉なことに魔王の猛攻から王や民を守ろうとしたまともな貴族は戦死し、見捨てて逃げ出した悪徳貴族だけが生き残ってしまった。

 すでに逃げた貴族たちは宮中で幅を利かせ、自分たちの扱いやすい王子を次の王に押しているらしい。

 ブリタニアの未来は暗いかもしれない。



 ◇


「うわぁ……。ブリタニアはヤバそうっすね」


「まともな貴族はみんな戦死したって言われるほどだからな。近づかない方がいい。

 あと魔王なんだが南に、つまりこちらへ移動してるらしい」



 ガンマの言葉にマリはぎょっとする。



「でもまだこっちまでに来ないよね?」



 恐る恐るとマリが口を聞く。

 正直なことを言うと魔王なんかと戦いたくない。

 追い払われたとはいえ、一国の軍隊を相手取り、甚大な被害を与えたのだ。

 とても勝てる気がしない。

 神様ガチャで強い能力を手に入れたといってもマリたちは凡人なのだから。



「……お隣のロマリア共和国の聖女が迎撃したみたいだ。撃退したが聖女は重症で意識不明だってよ。魔王との戦いは遠くないだろう」



 ガンマの言葉にマリ達は絶句する。

 1人を除いては皆不安そうだ。

 例外は当然信太郎である。

 彼は肉がたっぷり入ったスープを喉を鳴らして飲み干している。

 とても幸せそうな顔だ。



(コイツ話聞いてるのか……?)



 ガンマは白い目で信太郎を見つめる。

 チートの代償で頭脳もベヒーモス並みになっているのは知っている。

 しかし地の魔獣王ベヒーモスとやらはこんなにバカなのだろうか。

 野生動物としてそれは致命的ではなかろうか



 その時だった。

 食堂のドアが蹴り破るような勢いで開かれる。



 何事かと慌てて振り返るマリ達。

 彼らの視線の先には一人の兵士が苦しそうに息を切らせていた。

 ガンマはその男に見覚えがあった。

 兵長の信頼していた兵士だったはずだ。



「おい! どうした!?」



 ガンマの声に気付いた兵士は声を張り上げる。



「ガンマさん! 兵長が呼んでいます! すぐに来てください!」


「仲間を連れてすぐに行く! それで? 何があった!?」



 只ならぬ様子にガンマは兵士を問い詰める。

 息を整える兵士はかすれた声で言葉を絞り出した。



「に、2000を超えるゴブリンとオークの混成軍が、町に迫っています」



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