メタバース・バグハント

おこげ

第一章 ディクリエイション・ブレイン

プロローグ


◆ ◆ ◆


 警報音がけたたましく鳴り響いていた。


 地下数百メートルにある広大な研究施設だ。そのなかでも特に機密性の高いプロジェクト遂行を目的とした中央研究室で、何基もの装置から異常を知らせる警告音が発せられている。


 制御不能に陥った機械の群れから爆音が止めどなく起こる。立ち込める黒煙。培養器、生体モニター、画像解析装置、光学顕微鏡、遠心分離機、光度計、PCR装置――損壊した機器のあいだを、白衣の研究員たちは悲鳴と共に逃げまどっていた。


 天井近くを伝う無数のケーブルから、青光りした稲妻が蛇のように走り抜け、火花が爆ぜる。人の身では過ぎた愚かな行いに、神が怒りをあらわにしているようだった。



 四方で放光する警告灯。回転する反射板によって赤い光は明滅し、人々の死への焦燥をさらに加速させる。


 その血のような灯りを肌に浴びながら、ひとりの少年が叫んでいた。引き止める研究員の腕のなかで暴れながら、必死に遠くの少女に呼びかける。


 「鳴明めい!!鳴明ってばっ!」


 眼にいっぱいの涙を浮かべて、幼い少年は苦痛と悲しみで顔を歪ませている。


 だがどれだけ声を張り上げてみても、彼の呼びかけに少女は反応を示さない。


 少女は実験用の椅子に座っていた。衣服を剥ぎ取られ、手脚をベルトで固定されている。腕に胸に首にと、おびただしい数の管が伸びており、頭部に取り付けられた脳波計から、少女は周りの機械と一体の状態にあった。


 うっすらと開いたまぶたから、紫紺しこんの瞳を空虚うつろに覗かせて――少女はただ、されるがままに冷たい椅子に座っていた。


 「鳴明っ!起きてよっ、鳴明!!」


 それでも少年は呼びかけた。何度も、何度でも。あらん限りの声で少女の名前を叫び続けた。


 その彼のそばで、女性の研究員が誰かと通信している。


 「……ええ、失敗よ。やっぱりまだ早過ぎたみたい……だけど完全な適合を待つにしたって、早くても五年。それまで向こうが待ってくれるかどうか……」


 女性の表情は少年の位置から見えない。彼は白衣に身を包むその女性の背中に、声を飛ばす。


 「もうやめてよっ!鳴明を助けてあげて!!」


 「……そっちの状況は?……そう。だったら回線を遮断して急いで退去しなさい。被害がどれほどになるか見当もつかないわ……」


 女性は彼の言葉を無視して通信を続ける。


 「大丈夫、私がなんとかするから……あなたの子にまで影響が及べば大変なの……」


 「話を訊いて!!鳴明が死んじゃう!!ねえってばっ――」



 そこで一際大きな爆発が起きた。機械の破片が宙空を跳ね、少年たちのすぐ近くで猛火が噴き上がる。


 「さっさとその子を連れて行きなさい。抵抗するなら、関節の一つや二つ外しても構わないわ」


 女性が少年の腕を掴んでいた研究員に言った。肩越しに振り向き、その冷徹な表情を彼らにさらす。


 「やめてっ、放して!!」


 研究員に抱えられ、部屋の出口へと連れられる少年。

 直後、彼がさっきまでいた場所に炎が押し寄せた。とぐろを巻いて火柱が生まれる。その灼熱に機器はみるみる溶かされていく。


 少年は涙の雫を飛ばしながら、女性に訴えた。


 「なんでっ!なんでこんな事するの!!――っ!!」


 少年が腕を伸ばす。

 だがくうを掻くばかりで、彼の小さな手には無力さだけが募っていった。


 少女と女性を部屋に残して、扉は少年の眼の前で閉じるのだった――。

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