第2話【武闘家少女は面食い】

キーンコーンカーンコーン・・・


授業終了のチャイムが校内に鳴り響くと、いち早く校舎を飛び出す少女がひとり。クリーム色の髪を両サイドで結わえたツインテールに左右非対称の目の色が特徴的なブレザー服の女子校生。私立円城寺高校しりつえんじょうじこうこう3年生・獅子堂芽亜ししどうめあは正門へと向けグラウンドを一直線に駆け抜ける。


「ちょっと芽亜ー!掃除当番付き合ってくれるんじゃないのー!」

「ごめーん!今日は家の用があるから先に帰るー!」


背中越しにかけられるクラスメイトの声も意に介さず、芽亜はそのまま学校を後にする。普段ならクラスメイトと一緒に買い食いをしたりカラオケに行ったり、部活で頑張っている後輩たちの面倒を見たりするのだが今日はダメだ。「今日は大事な客人が来るから早く帰って来い」と以前から父親に堅く言いつけられていた。


「って言っても、誰が来るか聞いてないんだけどっ」


新しい入門者だろうか?いや、わざわざ父が予定を抑えるくらいだしもっと大事な話なのかもしれない。まさか道場が取り壊されるとか?いよいよ看板を外す時がきたとか?そんな!確かにうちは若干古臭い道場ではあるけど、ずっと昔から続く由緒正しい道場なのに!様々な考えが芽亜の脳裏を過ぎる中、5kmは離れた自分の家に向かい帰路を駆け抜けていった。


「てゆーか!もし本当に道場がなくなったらあたしどうなっちゃうわけ!?今更進学できないんだけど!?」


芽亜は獅子堂家の一人娘。来年に控える高校卒業後には道場の運営を継ぐ予定だ。しかし、もし万が一に大事な話が道場を閉めることだとしたら全てが破綻する。クラスのみんなはすでに受験勉強真っ只中。「芽亜はおうちの道場継ぐんだから勉強しなくていいよねー」なんて言われては「そうでしょー!みんなこれから勉強地獄お疲れさまー!」イヤミを言いつつも、内心キャンパスライフに憧れていたりしたもんだが、今更「やっぱり進学しよっかなー」なんて口が裂けても言えない。


「はぁ、はぁ、着いた・・・もうお客さん来てるのかな・・・っ」


息をわずかに切らせながら、芽亜は自宅に到着する。うちの道場は敷地こそ広いが駐車スペースがあるわけではないので、来客の車が止まっているようには見えなかった。芽亜は玄関口をくぐり抜けると、そのまま離れの自宅へ戻ろうとする。と―――


「あれ?」


なにやら道場の方が騒がしいことに気づく。いつも活気が溢れる場所ではあるけど、芽亜は直感的にいつもと違う空気が流れていることに気がついた。なんとなく気になってそのまま自宅には戻らず、道場へと立ち寄ってみると・・・


「ちょ、な、なにこれ!?」


体育館ほどの広さを誇る道場では中心を囲うように門下生たちによる人ごみができ、みな一同に中心にいる二人を見つめていた。練習試合?いや、おんな予定は今日は組み込んでいないはずだ。しかも見たところ相手は道着すら着ていないではないか。素人?一般人がどうして―――まさか、喧嘩!?


「ス、ストップストップ!」


我が道場では門下生が一般人に対して武術を使うのは御法度。相手が別の道場の生徒ならまだしも、こんな一般人と喧嘩まがいのことをするなんてあってはならない。それも一人はうちの門下生の百園桃次郎。うちの道場の中ではかなりの使い手だ。止めなくては。芽亜は人ごみを掻き分けて試合を中断させようとするが―――


「試合!―――はじめぇ!!」


間の悪いことに芽亜が駆け寄ったのと同時に、試合開始の号令が館内に響き渡る。


「ゆくぞ小僧!!獅子堂流武闘術!」

「!」

「真空正拳突き!」


図体の割にとても綺麗な動作で百園は正拳突きの構えに入る。ゆったりとした動作から繰り出される音速の正拳突きは、岩をも破壊する獅子堂流武闘術の基本の型の一つ。常人であれば一撃でも受ければ即KOだが、相手の耐久力が弱ければ大怪我にも繋がりかねない。


「っつ!」


相手の青年は気圧されるどころか一歩も動かない。何をされるのかわかっていないのだろう。やはり素人だ。このままでは大事故が起きてしまうと、咄嗟に飛び出した芽亜は百園の気迫に物怖じすることなく二人の間に割って入り―――


パァンッ!!


「「!!」」


百園の拳が青年の元に到達する寸でのところで、芽亜が伸ばした右手で彼の拳を受け止める。


「(止めた?―――片手で?)」


眼前で起こった事実に驚く秋斗。突然目の前に現れた少女が、自分へと迫るゴツゴツとした岩のような百園の拳をいとも容易く受け止めて見せたではないか。この道場に通う門下生からすればそれは至極当たり前のことではあるが、何の事情も知らない秋斗にとっては驚愕するには十分だった。


「喧嘩はご法度だっていっつも言ってるでしょ!?」

「お嬢さん!止めんでくれい!こいつぁ道場破りじゃ!!」

「ど、道場破りぃ!?うそっ!?いまどきあるのっ!?」


目の前の少女が百園を叱りつける。「お嬢さん」ということは、ここの娘なのだろうか。いや、そんなことよりもいい加減この誤解は解かねば。


「いや違う。断じて違う。誤解だもろもろ。俺は―――」


秋斗が言葉を続けようとした瞬間。それまで反対方向を向いていた少女がこちらを視界に入れる。年の頃は十代後半、制服からして地元の高校に通う女子高生だろう。左右で色が違う大きな瞳が特徴的で活発そうな印象を受ける。中々どうして整った顔立ちをしている少女だった。それに胸もでかい。と、目の前の少女を無意識に査定してしまった秋斗だったが、当の本人はこちらを見つめたまま固まって動かない。―――なんだ?じっとこちらを見つめて。動きを封じる魔術は今は発動していないが・・・。怪訝そうな表情を覗かせる秋斗だったが、本人は至って健全。特に身体的な異常はなにもなく、むしろ病気という病気にかかってこなかったのが自慢の一つ。お家柄によりこれまで心身ともに鍛え上げてきた肉体はちょっとやそっとでは壊れない。ただ一点、過失があるとすればそれは―――


「(何このイケメン、超かっこいい、めっちゃタイプ・・・)」


獅子堂芽亜という少女はとても面食いでチョロかった。


「(うそ、アイドル?ジャ●ーズ?かっこよすぎない?あたしのドンピシャなんだけど!え、だれ?誰なのこのイケメンは!やば!ら、LINE、LINE交換しないと・・・!で、でもちょっとまって!待って落ち着くのよ芽亜!武術家たるものいつでも冷静さを欠いちゃいけないわ!こんないきなり、いきなりこんな厚かましいこと!初対面の相手に何てこと考えてんのよあたしは!そんなビッチ臭いことあたしはしない!まずは挨拶して会話してそれからそれから・・・)」


ぐるぐると目まぐるしく頭を回転させながらも、瞳の奥にハートマークが浮かび上がりそうなほど芽亜は秋斗に一目惚れしてしまう。傍から見れば確かに秋斗は整った顔立ちをしており、女性からの評判もいい。だが当の本人は「自分がブサイクだとは思わんが、鼻にかけるほどイケメンでもない」程度にしか思っておらず、ここまで芽亜がホの字なのは単に彼女の趣味が九十九折坂秋斗という男性の顔立ちにカッチリ当てはまってしまっただけだろう。


「おい、君。大丈夫か?」


道場なんて営んでいる家に住んでいる以上、男性に対しての免疫はあるものの、周囲にいるのはみな一同にガッチリとした硬派な男ばかり。とはいえ同級生の男子たちは逆に子供っぽすぎるというか、軟弱のようでどこか頼りなく見えてしまい恋愛対象外。そんなこんなで17歳にもなってできた試しがない。ところが目の前の男性はどうだろう、見た目の清潔感、大人びた所作に清廉な顔立ち。ツヤのある真紅の髪と切れ長で鋭い瞳は知的な印象を与え、自分よりも少し年上なくらいだろうに、人生経験の豊富ささえ伺える。


「しゅき・・・」

「は?」


顔を赤らめさせながらついつい口走ってしまう芽亜。


「え!?いや、ちがっ、にゃ、にゃんでみょ!こほっごほっ!」

「お、お嬢さん?どげんした?」

「どげんもしてないから!てかお嬢さんって言わない!あたしは―――ああもう、そんなことよりみんな解散解散!道場破りとかほんと喧嘩とかありえないから!ほら!みんな町内10周ね!」


とんでもないを無意識に口走ってしまったと慌てふためき訂正しようとする芽亜は、思い切り咳き込みながらごまかすように一度その場に集まった門下生を解散させる。館内に悲鳴が響き渡った後、門下生達はそそくさと道場を後にして行く。


「まったく仕方ないんだから・・・ごめんなさい、みんな勝手に盛り上がっちゃって。[[rb:あたしの許可なく > ・・・・・・・・]]他所との試合は禁止っていつも言ってるのに」

「いや、構わない。正直助かった。ありがとう」

「はうんっ・・・ちゃんとお礼も言える人なんだ・・・」

「あ?」


勝手にときめく芽亜の反応に首を傾げる秋斗。自分のチョロさを自制しながら芽亜は気を取り直して咳払いをする。


「こ、こほん!それで、と、えと、うちになにか御用?ですか?」


ようやく話し合いの場に持ち込めそうだと、秋斗はほっと肩を撫で下ろすと捨て置いたジャケットを羽織り直し芽亜に向き直る。


「ああ。君はここの娘さんで間違いないか」

「は、はい。そうです」

「名前は?」

「獅子堂・・・獅子堂芽亜ししどうめあです」

「ふむ。芽亜さんか。俺は九十九折坂秋斗つづらおりざかあきとという者だ」

「つづらおりざか?―――ん?」


その名前に芽亜は聞き覚えがあった。いや、馴染みがあると言ったほうが正しいだろう。九十九折坂と言えば世界有数の大財閥だ。珍しい苗字だからすぐにわかる。だが、馴染みがあるというのは何も聞き馴染みがあるというだけではない。もっとこう、身近に感じるという意味で彼の一族と芽亜は親交があったのだ。


「九十九折坂って、え、あの。お、お父さんがよくお世話になってる?」

「ああ、まぁ。お世話をしているかは微妙なところだが、多少の親睦はあると思う」

「たまに聞いてる!集会でよくお酒の飲み比べしてるって!」


それについては秋斗もよく知っている。芽亜とはこの場で会うのが初めてだが、彼女の父親とは十三家の集会で定期的に顔を合わせていた。獅子堂流武闘術の師範代を務める彼女の父親はまさに歴戦の豪傑といった男性だが、まさかその娘がこんな華奢な――――華奢?


「きょ、今日はうちの道場にどういうご用?」

「ああ、そうだ。来てくれて良かった。ちょうどご親族の方とお会いしたいと思っていたんだ」

「え、あ、あたし?」

「ああ。あるいは永い付き合いになるかもしれん。宜しく頼む」

「こ、こちらこそ!是非!」


コクコクと秋斗の返答に強く頷く芽亜。どこか熱っぽい瞳を向けてくるのは気のせいだろうか、とまさか出会ったばかりの処女が自分に一目惚れしてしまったことなど露とも知らない秋斗はそのまま彼女に対して二本指を突き立てて見せた。


「早速で悪いが二つ頼みたいことがある」

「頼みたいこと?」

「ああ。まず一つ、ここの師範代の元まで案内してくれないか。ご在宅だと伺ってきたのだが」


何もわざわざ道場破りしにこの場所までやってきたわけじゃあない。父親の無茶な頼みとはいえ、自分の・・引いては相手の将来に大きく影響する大事な話をしに来たのだ。目の前にいる少女が家の者であるならば尚更、彼女の父親には話しておく必要がある。


「え?・・・あ!ああ!はい!遅れてごめんなさい!・・・じゃあ、えっと、なんでしょーか」

「ん?」

「え?」


互いにきょとんとした間抜けな空気が流れる。いや、なんだ。何かおかしいことを言ったか俺は。師範代という言葉に妙な反応を示す芽亜に怪訝そうに眉をひそめる秋斗。


「いや、だから師範代を呼んでほしいんだ。この道場の」

「あ、えっと、だから、はい」

「いや、はい、ではなく」

「や、だから。あたしがそれなんですけど」

「・・・それとは?」


なんだ、わけがわからん。師範代というのはこの道場のことだ。それは伝えた。ここは獅子堂流武闘術の道場だ。それも間違いない。師範代というのはこの娘の父親でそれも間違い―――はず、だ。


「だから!師範代!あたしがそれ!」

「・・・は?」


何を言い出すんだこの女は。獅子堂流武闘術の師範代?この女が?いやいや、なんの冗談だ。獅子堂流武闘術と言えば古来より何百年も続く最強の武闘術と謳われる武術だぞ。それがこんな小娘に―――


『喧嘩はご法度だっていっつも言ってるでしょ!?』


こんな小娘に―――


『みんな解散解散!道場破りとかほんと喧嘩とかありえないから!ほら!みんな町内10周ね!」』


こんな―――


『あたしの許可なく他所との試合は禁止っていつも言ってるのに』


まだ出会って数分だが、それでも彼女の言葉を裏付けるに足る証拠はあった。いや、だがしかし、にわかには信じられない。まさか本当に彼女が―――。そんな秋斗の疑念を払うかのように、目の前の少女は胸を張って平然と言ってのけた。




「あたしが獅子堂流武闘術の師範代だって言ってんの!」




獅子堂流武闘術総本山“師範代”ししどうりゅうぶとうじゅつそうほんざんしはんだい獅子堂 芽亜ししどうめあ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Nine's§Servant~最強?最弱?現代の補助系魔術師だが親戚の不仲を解消するために魔術とは一切関係なく一族の女たちを嫁メイドにしてやる~ 4℃ @yondo_444

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ