2-8 夢見降魔のおきみやげ

「ということで三厨さんには降魔のお使いとして、速水さんに会って欲しいんです……って聞いてますか?」


「え、うん……聞いてるけどさあ……」

「なに落ち込んでるんですか?」


「だってさあ? 私は夢見くんのアシスタントだったんだよ? あんだけのペースと質を保って連載してたDSの他に、片手間でゲームシナリオも書いてたって……なんか思い知らされたって言うか」


 通話口で三厨さんが何度も溜息を吐いている。

 なんでも降魔の未発表作品については知らなかったようで、大変ショックを受けておいでだった。



 俺はサクラから聞いた情報を元に、実家にある降魔のパソコンから未発表作品の断片を見つけた。


 タイトルは『夕暮れ、彼らは』


 いわゆる異世界転生モノだ。

 主人公の少女、透香とうかが異世界に飛ばされる活躍劇。


 元々の起こりは降魔とオンラインゲームの友人である『速水』と呼ばれるゲーム会社の社長と決めた企画らしい。ゲームの概要は降魔のシナリオを売りにしたノベルゲームだ。


 だが出資と販売元になる白鳥出版に何度も横槍を入れられた。

 やれスマホアプリにするだとか、RPGにしろ、戦闘要素を追加しろ、ノベルゲームでは売れない、などなど。


 その間に入っていたのが小清水。

 当時はゲーム関連の仕事に携わっていたらしい。


 何度も話し合いが行われた後、売り上げが見込めないとの事で白鳥は出資の打ち切りを決定。制作はそのまま凍結、未発表となってしまった。



「降魔のパソコンに作品の文章データはありました。でも実際にゲーム開発がどの程度進んでいたのかはわかりません。だから三厨さんには降魔のお使いと称して確認してきて欲しいんです」


「ちょ、ちょっと待ってよ。それって……さーちゃんを助けることと関係あるの?」

 三厨さんは懐疑的に言う。


「個人的に夢見くんの未発表作品は気になるよ、プロデューサーが絡んでたなら尚更ね。でも正直、さーちゃんの立場を守る手段になるとは思えない」


 その通りだ。

 この情報が直接、今回の問題に関われることはない。


 当時の小清水の対応に問題を見つけて、揚げ足を取ることはできるかもしれない。


 でもいまの小清水には関係のないこと。

 当時の問題を掘り起こしても、ブイチューバー運営をしている現在の小清水が罰せられたり、役職を外されたりすることはない。


 だが俺が注目したのは、小清水が関わっていたことじゃない。

 もっと別の側面から攻めていくことだ。


「三厨さん、これはあくまで全部うまくいった場合の話ですが……」


 俺が考えた計画は、絵に描いた餅のような話。

 けれどその方法に大きな問題がないのであれば、ブルームを救う――だけでなく、それ以上のことを起こせるかもしれない。


 だからエンタメ企業に属し、大人である三厨さんの意見が欲しかった。

 ――そして話を全て聞いた三厨さんは、こう言った。


「……よくそんなこと思いつくね」

「いけそうですか?」


「面白いとは思う。でも作品内容と凍結時の制作状況がわからないと判断できない」

「判断しに行きましょう、降魔の名前ですぐに速水さんとはアポが取れます」


「……そだね、少なくとも一番現実的だ。それに早く夢見くんの作品が読みたいっ!」


 そうして俺と三厨さんは、密かにとあるプロジェクトを進めることになった。


---


 そして週末。


 無事に速水さんとアポイントを取れた俺たち#ブルームを救い隊は、速水さんのいる会社の前に立っていた。


 一階にコンビニ、三階に学習塾の入った幅広の建物。

 その上下に挟まれた『VirtualCreate』を掲げる小さな会社、ここが俺たちの目的地だ。


「ここに夢見先生の未発表作品が……楽しみで吐いてしまいそうです」

「もっと健康的に喜べないのか」


 隣にいる紗々はこの話を聞いた時から情緒不安定になった。

 突然、狂ったように笑いだし、かと思えばぶつぶつと喋って泣き出したりと気味が悪い。


「……ねえ、それより本当に大丈夫なんだよね?」

 三厨さんが耳打ちしてくる。


「夢見くん――じゃなくて次元くんは作品を提供した原作者でしょ? それなのに直接顔合わせなんてしちゃって大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ、速水さんは降魔と顔を合わせてません」


 あいにぃからも聞いているが、降魔は多くの人に会うことを好まなかったらしい。


 DSの執筆時にもアシスタントや編集以外とは会っていない。何度か賞も取っているが授賞式には参加せず、公の場で一枚の顔写真を撮らせたこともない。


 だからこそ謎の天才高校生マンガ家、夢見降魔の名が通っているのだ。


「三厨さんと俺は夢見降魔のお使い、紗々はブルームの演者と説明しました」

「そこは正直なんだ?」

「そのほうが後々の説明が早いです」


 俺は事前に降魔の名前で速水さんに連絡を取っていた。

 制作中止となった『夕暮れ、彼らは』を、夢見降魔の出資で再び制作して欲しいという依頼だ。


 言ってしまえば規模の大きい自費出版のようなものだ。

 白鳥出版ほどの資金は出ないが、降魔には莫大な貯蓄がある。


 とはいえ、相手も大人だ。

 さすがに個人、しかも未成年からの投資によろこんで! とは答えづらい。


 まずは細かい話をしたいという話に移り、信頼できるアシスタントの二人を手配する。という筋書きになっている。



「でも、びっくりですね! まさか夢見先生に意識が戻っていて、いまもみくりんを頼りにしてくれているなんて!」

「あ、うん。私も鼻が高いなあ……なんて」


 紗々が向ける尊敬のまなざしに、三厨さんは気まずそうな表情をしている。


「DSの更新再開も近いのでしょうか。みくりんはなにか聞いてませんか!?」

「夢見くんはまだ万全の状態じゃないし、しばらくは書けないと思う……かな?」


「でも意識が戻ったということは再開は近いんですね! ……あっ、大変なことに気付きました! みくりんがアシスタントに戻ったら、ホライゾンはどうなってしまうんでしょう!?」


「大丈夫だから! さすがにいまの仕事を投げ出したりしないからっ!」


「ええっ! でもみくりんのアシストなしで夢見先生はクオリティを維持できるんでしょうかっ! 心配です、やっぱり吐いてしまいそうですっ!」


 紗々のテンションが壊れ続けている。

 まとわりつかれている三厨さんも疲れた顔だ。……なんか申し訳ない。


「ほら紗々、入り口で騒いでても仕方ない。はやく中に入ろうぜ?」

「待ってください、まだ心の用意が……」

「そんなのは歩きながらすればいいんだよ」


 もたつく紗々の背中を押し、俺たちはVirtualCreateのビルに入っていった。


---


「ようこそいらっしゃい、待っていたよ」

「はい、今日はお世話になります」


 三厨さんを先頭に、俺たちは頭を下げる。

 人のよさそうな垂れ目の男性、この人が速水社長だ。


「すみません、わざわざ休日に会社を開けてもらって」

 三厨さんが余所行きの笑顔でお礼を言う。


「気にしないで、最近は休みでも来ることが多いからね」

「そんなにお仕事、大変なんですか?」


「ああ、違うよ。僕は仕事が趣味みたいな人間だからね、ここにいるのが一番楽しいし、落ち着くのさ」


 そう言って速水さんは穏やかに笑い、紗々のほうに視線を移す。


「キミがにこたまブルームの声優さんかい?」

「はいっ、一ノ瀬と言います! 今日はお世話になりますっ!」


「本当にキレイな声だ。それでいてあんな攻めた演技をするなんてすごいなぁ」

「な、なんの動画を見たんですか……?」


「ビルから飛び降りたらブラジルに着いたやつかな、あれはすごい面白かったよ。……くくっ」


 速水さんの思い出し笑いに、紗々は顔を赤くして照れている。


 あれも意味不明で面白かったな。

 確か正式なタイトル名は「人生に悲観してビルから飛び降りたら地球を突き抜けてブラジルに着いたのでリオのカーニバルでサタデーナイトフィーバーからのコーヒー農場で一儲けした件www」だったかな。


 なぜか性的満足を意図したコンテンツとして一度MyTubeに削除されている。

 いま上がっているのは再編集版だ。



「それで、今日はユーグレラの件だったね?」

「……ユーグレラ?」


「ああ、ごめんね。夢見くんと『夕暮れ、彼らは』のことをそう呼んでいたからさ」

 なるほど、ていのいい略称ということか。ラノベみたいだな。


「夢見くんからは制作状況を知りたい、ということだったけど……まあ、実際に触ってみるといい」


「体験版みたいなものがあるんですか?」

「まあ、そうだね」


 速水さんは部屋の隅にあるパソコンを起動し、社内ネットワークを通じて圧縮データをコピー。中身を解凍してアイコンをクリックすると、ロゴが表示されてBGMと共に一枚の画像が映し出された。


 燃えるような夕暮れをバックに、二人の男女が木陰に腰掛け、陰鬱な表情を浮かべている。


 実行ファイル名は――夕暮れ、彼らは20170731。約三年前の日付だ。


「どうぞ、心行くまで楽しんで行ってくれ」

「……これ、すごいですね。製品版と言われても疑いませんよ」


「まあ実際のところ、半分くらいは完成してるしね。テキストファイルはすべて当て込んでるから、最後までプレイできるよ」

「「「えっ!?」」」


 俺たちは同時に驚きの声をあげる。


「それなのに打ち切りになったんですか!?」

 三厨さんが必死の形相で、速水さんに詰め寄る。


「そう、だね……テキストはあるけど、映像やBGMは途中でなくなっちゃうから……」


「でもでも! もしゲームに出来なくても文章だけを抜き出して、小説として発行する方法だって!」


「い、一応、僕らはゲーム会社だし。いつかリリースさせたいと思ってて……」

「でも夢見くんの作品ですよ? 本にすればいくらでもカネになります! その資金を得てからゲームを作るって手もあったんじゃないですかっ!?」


「あああ、ごめんなさいぃぃ!!!」

「ちょっと三厨さん!? 速水さんが困ってますから!」


「え…………あっ、すいませんっ!」

 平常心を取り戻した三厨さんは額を擦り付けて土下座をし、速水さんも苦笑しながら許してくれた。


「夢見くんも熱心なお弟子さんを持てて幸せだねえ」

「いえ、もう勝手なことばっかり言ってホント申し訳ありませんっ!」


「ははは、気にしないでよ。それより三人とも気をつけてね?」

 ふと、速水さんの口にした言葉が気になった。


「あの、気を付けてってどういう意味ですか?」

 俺の質問に速水さんが得意げに答える。


「とりあえず始めてみればわかるよ。今日から会社も三連休だ、心行くまでやっていきなさい」


 そう言って速水さんは、自分のデスクに戻っていった。


「……どういう、意味でしょうか?」

 紗々が目を丸くして首を傾げる。


「わからん。とりあえずプレイしてみようぜ」

「はいっ!」


 紗々が正面の椅子に座り、マウスを握って『はじめから』のボタンを押す。

 俺と三厨さんは近くから椅子を運び、紗々の近くに腰掛ける。


 ……みんなでノベルゲームをするなんて初めてだな。

 紗々はモニターに前のめりになり、三厨さんも隣で目を輝かせている。

 まるでなかよし姉妹だ。


 俺もどこか心が浮ついていた。


 もちろん降魔の未発表作品が楽しみ、ということもあるが……

 どちらかというと、このふたりと一緒にひとつのことをするのが楽しみだった。


 まるで学生同士の友達が、映画を一緒に見に行くような、そんな一幕に心を躍らされていた。


 だがそんな穏やかな気持ちでいられたのはほんの一瞬だった。

 俺たちはみるみる物語に熱中し、一言も交わさず降魔の世界に没頭し――


 十時間が経過した。

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