2-2 一ノ瀬紗々の希少性

 紗々の家で晩飯を平らげた後、三厨さんからテレビ通話がかかってきた。


 タブレットの向こう側ではヘアバンドでオールバックにした三厨さんが、コンビニ弁当をもしゃもしゃと咀嚼している。


「こんばんは、みくりん。……まだお仕事中でしたか?」

「いまは晩ご飯休憩中だよ。ちょっと新しい企画が入っててね、今日も残業~」


 デスクの横にはエナドリとコーヒーの空き缶が山積みにされている。


「あ、でも安心して。声優交代の件はわざとメールの返信遅らせたり、日時間違えたりしてギリギリまで引き延ばしてるから」


「さすがみくりん、有能です」

「まっかせなさい!」


「……でも無理しないでくださいね。また入院なんてしたら悲しいです」

「大丈夫、大丈夫~ホントにヤバい時はまた親戚を○して休むから。そういえば前入院してから生理も来てないな? あはは妊娠したかもっ!」


 全然大丈夫じゃねえ。

 あと女性のそういう話は混ざりにくくなるからやめて……


「で、ブルームの件だけど。ごめん、そっちはあまり進展ないわ」

「そうですか……」


 小清水に俺たちの声は届かない。

 まあ、先日の話からして感情論で訴えてどうにかなるとは思わない。


 これは余談だが、小清水をプロデューサーという立場から引きずりおろせないかって話をしたこともある。だが彼が明日からホライゾンのトップでなくなったとしても、演者の変更はなくならないらしい。


 組織であることは考えれば、当然かもしれない。

 大きい組織はなにを決めるにも会議を重ねたり、稟議と呼ばれる物を介したりするらしいし。


「こっちが取れる方法は変わらない、上層部にさーちゃんしか出来ない希少性を認めさせることだよ」

「希少性、ですか?」


「うん、他の演者じゃ絶対できない、……たとえば芸みたいなもの。そういうのがあれば説得する材料にはなるかもしれない」

「芸ですか」

 紗々は難しい顔をする。


 芸といえばなんだろうか。

 楽器演奏、コント、腹話術、落語、ゲームのスーパープレイ……いろいろ頭を巡らせた結果、紗々は申し訳なさそうに言う。


「すみません、わたしは歌くらいにしか自信はありません」

「本当はそれで希少性足り得るんだけどねえ」


 声以外にできるアピールポイント。

 まあその外見が唯一無二のアピールポイントだが、こいつは陰キャだしちゃらちゃらアレルギーがあるから無理だ。


 真の希少性というならブルームの魂を宿せること、だが他の人にそれを証明できない。ブルームの実在を理解できるのは俺だけなんだから。


 それにもし仮に芸を持っていたとしても……


「三厨さん。そもそもなんですけど、ブイチューバーが声以外でアピールできる芸ってあるんですか?」

「……お気づきになりましたか?」

 三厨さんはため息交じりに頷く。


「もし紗々ちゃんに手に職があったとしても――顔出ししない以上は本人がやってる証明はできないんだよねぇ……」


 ブイチューバーのメリットであり、デメリットだ。


 仮に紗々が水泳の金メダリストだと名乗っても、実写で泳いでいる映像を見せなければ証明ができない。


 格闘ゲームのプロだと言い張っても、実際のプレイは別の人がやっているかもしれない。


 イラストを描いた、実は作曲も出来ます、とはいっても本当に自分で書いたとは限らない。


 ブイチューバーの演者に声とトーク以外のオリジナリティは演出できない。

 実在の姿をボカしている以上、手に職がある証明なんて絶対できないのだ。


「ちなみに紗々ちゃんの前世って、歌い手だっけ?」

「はい、高校生の時に『しろなめ』って名前で歌ってみた動画を上げてました」


 前世……いわゆるデビュー前の活動名だ。


「ていうか、しろなめってまんまだな」

「当たり前です。三つ子のたましい百まで、ですよ」


 生き方に根ざしすぎだ。

 どんだけ白なめくじ自称することに命かけてんだ。


「あー思い出した。確かに事務所立ち上げ前は、スタッフ総出で動画サイト漁りまくってたからなあ……」


 すると紗々の場合はライバー事務所から声がかかったのだろう。


 事務所がダイヤの原石探しをすることは多い。

 個人活動時から人気があれば、デビューした後もある程度の評判が期待できる。

 事務所としてはオーディションを開催しなくてもいいというメリットもあるし。


「ホントだ、白すらって検索するとたくさん出てくる」

「ち、ちょっと、恥ずかしいのであまり見ないでください」

 スマホに伸ばされた手をひょいと避け、他の記事にも目を通す。


 ――大ブレイク! にこたまブルームの前世とは!?

 ――本当に本人? テンションが違いすぎるため別人の可能性も!?


 と、真偽不明のゴシップ記事がたくさん出てくる。


 とはいえデビュー前の活動と今は関係ない、

 ファンの間でも前世の話題はご法度とされている。


「じゃあもし希少性を際立たせるとしたら……歌唱力を伸ばすことくらいか?」

「実力としては充分、既に大手レコード会社からいくつもラブコールが届いてるし」


「……ますます紗々を差し替える理由がないじゃないですか」

「そうなんだけどねえ」


 三厨さんはそう言って苦笑している。


「ていうかレコード会社は演者が差し替えになったとしても、楽曲提供したいと思うものなんですか?」


「むしろあちらさんとしては辞めてもらった方が嬉しいんだよ。だってフリーになったら本人を歌手としてデビューさせればいいんだから」

「あ、そうか」


 歌唱力が高く、見てくれも良いとなれば一線級で戦える。

 いずれはエムステ、紅白出場! ――だが、当の本人は。


「ちゃらちゃらしたことは絶対やりません」

 相変わらずの妖怪白なめくじだった。


「とりあえず妙案が思いついたら教えて。なんとかクソデューサーをブッ飛ばす方法考えてみるから」

「はい、わかりました。お時間ありがとうございます」

 紗々は丁寧に挨拶をし、通話を打ち切った。


 状況はどん詰まりだ。

 打開策は立てられてないし、三厨さんが業務を遅らせ場を持たせているだけ。


「ボクはどうなってもカズたちを恨まないからねっ」

 通話の終了を見計らって、ブルームの声が響く。


「そんなこと言わないでください」

「ボクはこうしてママに会えただけでも幸せなんだから。それにママだって本当は普通の声優だってやってみたいんでしょ?」


「わたしはブルームと一緒に活動出来れば充分です」

「そうだね。でも約束して欲しいんだ、ボクがいなくなってもママは声の仕事をやめないって」


 紗々はその問いに答えず、黙ってブルームの頭に指を這わせていた。

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