1-4 そして始まる自己紹介
と、いうことで今更ながら自己紹介を始める。
「俺は次元和平。すぐそこの神保町近くに住んでる」
形式がてら、ぺこりと頭を下げる。
「はい、自己紹介ありがとうございま~す。ちなみに今日はどちらに乗ってここまで来たんですか~?」
なぜかブルームがそんな合の手を入れる。
「自転車だよ、お前だって荷台に乗っただろうが」
「このクソバカ野郎が!!」
なぜかブルームがキレる。
「いまのはな、チャリで来た! って言わなきゃダメなとこだろ? ホンット、キミそういうとこあるよね~?」
なんだ、こいつ。
お前が俺のなにを知ってるって言うんだ。
ブルームチャンネルの動画すべてに低評価ボタン押してやろうか。
「じゃ次はママ!」
言われた少女は崩していた足を畳み、正座になる。
自然と身長差で上目遣いを向けられる、なにやら気恥ずかしい。
「……いちのせ」
鈴の鳴るような、小さな声。
「一ノ瀬アレクサンドラって言います。学校とかだと下の名前を
「一ノ瀬、紗々か」
「はい」
「……」
沈黙。
「おい、カズ。そこはいい名前だね、とかなんとかあるだろ~?」
「あ、ああ。そうだな」
言われて気付くが、もう遅い。
なんとなくその場しのぎで質問を重ねる。
「紗々は今年でいくつになるんだ?」
「十九歳です」
「そんなバカな」
言われて紗々はぷくっと頬を膨らませる。
「ウソじゃありません。そんなこというツギモトさんは、おいくつなんですか?」
「……俺も、今年で十九だよ」
すると紗々は少し勝ち誇ったような顔をする。
「今年で、ってことはまだ十八歳なんですね」
「そうだけど、それがなんだよ」
「いえ、別に」
別に、なんて言う割にはどこか誇らしげだ。
まったく起伏のない胸を逸らし、わたしのほうが年上とでも言いたげだ。
「わたしのこと、年下だと思ってたんですよね」
「だって紗々、小さいし」
「小さいとか言わないでください、これからです」
本当だろうか、十九歳にもなれば成長期は過ぎ去っているはずだが。
「っていうか、いきなり呼び捨て……」
「なんだ、聞こえねーよ?」
「ひっ!」
紗々が首を縮こめて、肩を震わせる。
「カズ、大声出すな。ママがびっくりするだろ」
「あ、その、悪い……」
クソ、やりづらいな。
あいにぃと同じようにしゃべってたらマズイってことか、気をつけないと。
って思ったけど……気にする必要、あるか?
「なあ、ブルーム」
「なに~?」
「いや、もう用は済んだから帰ろうと思ってさ」
そう言うとブルームはうっ、と表情を引きつらせた。
よくよく考えれば、別に自己紹介すらも必要ない。
水道は止めた、不審者でないことも証明した。ついでにブルームの魂まで証明した。だったら俺の役目は終わったはずだ。
時刻はもう午前四時、ブルームに呼ばれなければとっくに寝ている時間だ。
それは紗々とて同じだろう。
当の紗々も「くあっ」と口を大きく開けてあくびをした。あくび助かる。
「い、いや~、でも運命的だよね~! こうして出会った二人が同い年なんてさ、記念にマリカーでもして行かない?」
「マリカー関係ないし、てかなんの記念だよ?」
「そ、そっか~あは、あははは」
ブルームはぎこちない笑みを浮かべ、なぜか明後日の方を向いて笑っている。
「ダメ?」
「いや、ていうか時間も遅いし。紗々も迷惑だろ、なあ?」
「……ぅうん? すいません。聞いてませんでした」
頭をぐらつかせ、舟を漕ぎ始めていた紗々が応える。
いやめっちゃ眠そうじゃん、無理だろ。
「帰る」
俺はそう言って立ち上がる。
「行かないでよ、カズ~!」
「なんでだよ、もう俺が残ってる理由ないだろ」
「せめてママと友達になってよ!」
「それは第三者がお願いすることじゃない」
「そうかもしれないけどさ~~!」
玄関を背にし、ブルームが立ちはだかる。
よくわからない。なんでこいつはこうもしつこく食い下がるんだ?
もちろん、紗々みたいな可愛い女の子と仲良くしたいって気持ちはある。
でもこんな時間に押しかけて、連絡先とか聞いて、友達になろうってのはなにか違う気がする。
そもそも俺は人と距離の詰め方を知らない。
この世に生を受けてまだ二年、まともに話をしたと言えるのはあいにぃくらいだ。
人付き合いの経験すらロクにない俺が、こんな硝子細工みたいな子と仲良くできるとは思えない。……なれたら、嬉しいけど。
そんな後ろ髪引かれる思いを拭えず、俺はちらりと紗々の方を振り向く。
すると銀髪の少女は床に突っ伏して寝息を立てていた。
「……こんなところで寝ると、風邪引くぞ」
俺は一つ溜息をつき、崩れ落ちた紗々の肩を揺する。
だが目を覚まさない、まるで気絶するように眠っている。
「ブルーム、寝室ってどっちだ?」
「こっちだよ! 良かったらママと一緒に寝ていく!?」
「んなことするか」
もう一度、肩を揺すったが起きる様子はない。
仕方なく俺は紗々の体を抱きかかえる。
軽い。食事をしているのかも怪しいくらいに。
胸元にまで抱えると銀色の髪がナイアガラのように垂れていく。
足で寝室のドアを開け、ベッドにその体を横たえる。
体に毛布を掛け、髪が散らないように纏めていると、ふっと鼻腔を掠める香り。
……少し、ニオうな?
「おやすみ、風呂くらい入れよ」
聞こえていないことを承知で言い、寝室の扉を閉める。
廊下ではブルームが名残惜しそうな瞳で、俺を見上げている。
「そんな目をしたってダメだからな」
「頼むよ、ボクだってママになにかひとつくらい残したいんだ」
「紗々とはパートナーだろ、これからも話しかけてやればいい」
「違うんだよ。このままだとボクとママは一緒にいられないから」
「……どういうことだ?」
そう問い返したのと同時、ポケットのスマホが振動する。
一通のメッセージ。
めずらしい。俺の連絡先を知っている人はほとんどいないのに。
そして俺はそのメッセージを読み……ひときわ大きなため息をついた。
――紗々ちゃんがブルームをクビにされないよう、手伝ってね☆
――これは最重要任務だよ☆
宛先は、四次元存在。
……なるほど、そうなるのか。
「ブルーム」
スマホをポケットに仕舞い、俯いたままのブルームに声をかける。
「さっきの話、詳しく教えてくれ」
俺はそう言って玄関に向かう。
帰るためじゃない。
開きっぱなしだったカギを、閉めるためだ。
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