現代最強の陰陽師は、異世界で自由に生きたい ~【勇者召喚】で呼ばれるが、その中で唯一の魔力なし【無能】であったため城を追いだされたので、気ままに旅をしようと思います。~

みなかな

第1話 

 江戸時代に突如として空が引き裂かれ、のちに『百鬼夜行ひゃっきやこう』と呼ばれる、妖怪の世界「異界いかい」と人々の世界がつながる史上最悪の事態が起こった。

 人々は、空から出続ける化け物に怯え、成すすべもなく蹂躙された。

絶望が人々を覆い隠そうとした時、その闇に一筋の光を照らす男が現れた。


 その男こそ、全陰陽師の祖である「安倍晴明あべのせいめい」であり、史上最強の陰陽師である。

 安倍晴明は十二体の式神を連れ妖怪を祓い続けた。

 そしてついに妖怪たちを追い返し、世界との間に結界引くことによって、封じることに成功する。

 その後、安倍晴明は後世に力を託すために人々に妖怪と対抗できる力を与えた。

死ぬ間際、安倍晴明は教え子たちに一つの願いを託した。


「どうか哀れで悲しい者たちをこの世から祓ってくれ。 」


 その使命を果たすために、教え子たちは結界をすり抜け出てくる妖怪たちを払い続けた。

 そして陰陽師と妖怪の戦いは今現在も続いている。



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「東京渋谷D地区にて、B級妖怪が出現。付近にいる陰陽師は至急出陣せよ。」


 陰陽連おんみょうれんからの出動命令が、家にある連絡符れんらくふを通して鳴り響く。

 その直後、居間に十数人の男女が集まった。

 そして一人の大柄でワイルドな見た目の男は、目の前にいるオレンジ色のショートヘアの少女に話しかける


凛音りおん! 今日からお前も俺たちと加わって任務を遂行する。準備は出来ているか。」

「はい、お父さんいつでも行けます。」

「よし。みないくぞ! 」

「「はい! 」」


 陰陽師の任務は、その家の家主が許可したその日から加わることができる。

 そして今日、お父さんから許可が出た。

 今回、私が戦力になるのかはわからない。

 けど少しでも皆の役に立って見せる。

 妖怪の出現場所は家から近く、向かっている道中も見知った道ばかりだった。

 そのはずが、今は初めて見た道のように思えてしまう。

 道を走っているだけなのに心臓が今までにないぐらい鼓動する。

 今は、みんなの背中を追いかけることしか頭が回らなかった。


「いたぞ! 」


 最前線にいるお父さんが今までに聞いたこともない大きさの声で発した。

 その声で皆の顔がさらに引き締まる。

 私たちの前には手が6本あり肌がたれ、色が変異した妖怪がいた。

 妖怪と対峙する訓練は学校で幾度となくやってきて悪くない成績を収めてきた。

 けど、いざ目の前にしてみると訓練がお遊びでしかなかったと思う。

 だって、こんなにも恐怖を覚えたことはなかったから。


「総員、戦闘配置! 」


 皆が、自分の配置へとついた後、各々呪符を使い、術を発動させる。

 今回私は、後衛でのサポートを命じられていた。

 だからこの時、後ろへ即座に行かなくてはならなかった。

 しかし、足がすくんで立てなかった。

 そんな私を標的に捕らえたのか、妖怪がこっちへ3本の手を伸ばしてきた。

 よけなきゃいけないのに、ダメだ、足が動かない。



「俺の娘には触れさせねえよ! 」


 自分の体よりも大きいハンマーを振り下ろし、迫ってきた手を下にたたきつける。


「父さんがいる限り、お前には一切触れさせない。だから大丈夫だ、怯えなくていい。」

「お父さん…… 」


 その言葉が私の恐怖心をかき消してくれた。

 そうだ私には、お父さんやみんながいる。

 その事実が何よりも安心した。

 私は走って、自分の配置についた。

 その後何もハプニングはなかった。


「大地から給え、地響きのごとき力を我に与えん【一振破塵いっしんはじん】! 」


 お父さんの大地を割ってしまいそうな一振りは、妖怪の頭蓋骨を粉々にした。


「妖怪は祓われた。任務成功だ。」


 皆の顔から安堵という感情が現れ始めた。

 私、初めて任務を成功させたんだ。

 

「凛音、ケガはないか。」

「うん、大丈夫だよお父さん。ごめんなさい、私最初、足を引っ張ってしまって…… 」

「最初の任務なんだから仕方がないだろう。それに立ち直った後の援護は、最初にしては上出来だったぞ。藤四郎とうじろうの初任務の時は、妖怪を見た瞬間お漏らしを…… 」

「ちょっとやめてくださいよ克樹かつき様! 5年前の話でしょ! 」


 周りから笑い声が聞こえてきた。

 ちなみに、藤四郎さんのこのお話は、お父さんのお気に入りの話で私は何回か聞いている。話すたびに藤四郎さんの顔が赤くなるのがみんな面白がっていた。


「じゃあ、今日は凛音の初任務祝いで、みんなですき焼きだ! ほら凛音いくぞ。」

「うん、お父さん! 」


 私はこの家の人たちが大好きだ。

 ずっとこんな笑っていられる日常が続けばいいのに。


 そう思っているとお父さんが私に手を伸した。

 この年齢で手をつなぐのはちょっぴり恥ずかしいけど、私はその手がすごく暖かく見えて無性に握りたくなった。


 お父さんの手をつかもうとした瞬間、その手が目の前から消えた。


「ぐっ…… 」

「いっ…… いやあああああ! お父さんの手がああ!」

「こんなところに、俺様のエサが転がっているじゃねえか。今日はごちそうだな。」

お父さんの後ろに突如現れた牛の顔をした妖怪は、よだれを垂らしていた。


鬼没きぼつ』という現象がある。

 通常、妖怪がこちらに来る場合『境界門きょうかいもん』と呼ばれる門を出す。

 そしてその境界から出る呪力を計測し、階級を導き出し任務を発令し、陰陽師が出動する。


 しかし稀に、『境界』を出すことがなく、突如出てくる現象がある。それが『鬼没』である。

 そしてこの現象の最も恐ろしい理由が、出てくる妖怪が必ずAランク以上だということ。しかしA級であれば私の家では何の問題もない。


 私の家「宇治院うじいん家」は、数ある陰陽師の家系の中でも上位の戦力を持つ。

 その戦力はAランクの妖怪を数体同時に祓うことができる。

 しかし今回出てきた妖怪はA級ではない。

 なぜなら言葉を話せる妖怪はS級以上だからだ。


 A級とS級では強さは天と地の差がある。

 その違いは知性があるかどうかであり、この妖怪は危険妖怪「牛鬼(うしおに)」であった。

 その事実を知っている私たちはこの瞬間、死を覚悟した。


「総員、凛音を、命を懸けて守れ! 」

「「了解! 」」

「だめお父さん、みんな戦ったら死んじゃう! 逃げて! 」

「凛音、お前は宇治院家の血を受け継がせることができる唯一の存在だ。ここで途絶えさせるわけには行かない。」

「でもお父さん…… 」

「凛音! 娘を、命を懸けて守るのが父親だ。必ず生きて帰る。いけ! 」


 私は、涙をこらえながら走った。なんでこんなことになったか。


「おいおい、この俺様がお前たちを生きて返すと思うのか? 後で逃げた娘も含めて全員俺様が食べてやるからな。」

「はっ、妖怪ごときが娘を持つ父親に勝てると思うな! 」


 後ろからお父さんたちの声が聞こえる。

 どうか安倍晴明様、私たちを助けてください。お願い…… お願いします。

 

 走っていると段々と声が聞こえなくなり、やがて静寂となった。

 お父さんたちが倒したんだ! これでまた私の日常が返ってくる、そう思い後ろを振り返ると……



 目の前に牛鬼がいた。


「なんで…… 」

「なんでかって、がはははは! あんな奴らが束になったところで俺様に勝てるわけないだろう。」

「みんな死んだの……? 」

「しらねえよ。お前がこれ以上逃げると面倒だから、追いかけてきただけだ。なに安心しろ。お前を食べた後は、あいつらも同じところへ送ってやるよ。まあ俺様の胃の中だけどな。がははははは! 」


 牛鬼が私を強靭な腕でつかみ口の前へと、私を運んだ。

 牛の息が全身に吹きかけられる。

 まるで上質な肉を目の前にして我慢しているかのように、その息が次第に荒くなり、私をつかむ握力が強くなる。


「いたい、やめて…… 」

「いいなその顔、俺様すきなんだよな。人間の絶望した顔を見るのがな。」

「やめ……… ろ 」

「ああ? お前はいまどうでもいいんだよ。興がそがれるからあっち行ってろ。」

「お父さん! 」


 お父さんが目の前で虫のように蹴られた。お父さんの全身から血が出ている。もうやめて。


「さあて、じゃあそろそろ食べるとするか。若い女を食べるのは10年ぶりぐらいか。味わってたべないとな。」


 口が開かれる。その口は人のものとは大きく違う造形で、歯が喉まで広がっており一口で自分の体が粉々になることは目に見えていた。

 いやだ、死にたくない。なんでこんなことになったの。

私はみんなと笑って過ごせるだけでよかったのに。いやだいやだ……


 誰か助けて……




「そいつから手を放せ。【光剣一閃こうけんのいっせん】」


 いつの間にか、空の上に黒髪の瞳が紫に光る少年が立っていた。その少年が放った一筋の光は牛の妖怪の腕を切り裂いた。

 そしてその手から解放され落下する私をその人は受け止めてくれた。


「いてえええええええええ! 俺様の右腕がああああ 」

「そんなにわめくなよ妖怪。耳が痛くなるだろう。」

「てめえ…… 絶対に許さねええええ! 」


 牛鬼の呪力が増大する。

 しかし周りの者たちに絶望の顔色はない。

 むしろ救われたという安堵の顔だ。


「壮馬様だ…… 壮馬様が来てくれたぞ! 」


土御門壮馬つちみかどそうま

 陰陽師の家系で唯一、安倍晴明様の血を引く陰陽連御三家おんみょうれんごさん土御門つちみかど家の次期当主じきとうしゅである。

 その家の者は類稀たぐいまれな才能と計り知れない呪力じゅりょくを持っているのだが、壮馬はその者たちとも一線を引く逸脱した強さを持っていた。

 そんな彼を皆はこう呼ぶ。



現代最強の陰陽師と。



「凛音、大丈夫か? 」

「壮馬君…… お父さんたちが…… 」


 私たちはお父さんが倒れた方に目を向ける。

 みんな生きているのかわからない状態で倒れていた。


「大丈夫だ、俺に任せろ。【治癒陣ちゆのじん】 」


 お父さんたちの周りに光の陣が現れ、淡い緑の光がみんなを包んだ。

 するとみんなの血が消えていき欠陥していた部分が元に戻った。


「これでひとまず大丈夫なはずだ。凛音はこのまま寝ていてくれ。」

「だめ、一人であいつと戦うのは危ないよ! 」

「心配してくれるのか…… 」

「当たり前だよ! 私たち、と…… 友達でしょ! 」

「あはは。心配ありがとう凛音。でも大丈夫、これが俺の使命だから。」


 壮馬君はなぜか悲しい顔をして言い、私をそっと地面に寝かせて妖怪の方へと歩いて行った。


「俺様を無視するとはいい度胸してんなてめえ! よほど地獄を味わいたいようだな。」

「それがお前の最後の言葉か。威勢だけはいい妖怪として報告しといてやるよ。」

「殺す! 」


 牛鬼は、巨大な斧に紫色の炎をまとわせ振り回し、牛鬼の周りに炎の渦を作り出した。

 そのまま壮馬へと向かった。

 しかし壮馬はよけようともせずじっと立ったままであった。


「この技【カエングルマ】を受けて生き残ったやつはいねえ。この俺様の勝ちだ! 」

「そんな馬鹿の一つ覚えのような技がか? 勝てるわけねえだろ【一振破塵いっしんはじん】」


 壮馬は呪符をハンマーの姿に変え、牛の持っている斧に向かって振り下ろした。そしてそのまま斧を破壊し、炎の渦が消えた。その事実が受け入れられない妖怪に初めて焦りが出てきた。


「俺様の斧があああああ! てめえ何をした! 」

「なにって、【一振破塵】だよ。克樹さんも使ってただろう。」

「そんなわけねえだろ! あいつにこんな威力の技はなかった。それに呪文はどうした、陰陽師は呪文を唱えなきゃ、術を使えないんじゃなかったんかよ! 」

「そのぐらいの知識は持っているのか。いいだろう冥土の土産にお前の犯した過ちを3つ教えてやる。1つ目、技の威力は持ち主の呪力に依存する。2つ目、陰陽師は呪符の力を呪文によって引き出すことができるのは正しい。が、ただ一人例外がいる。そして最後3つ目、俺がその例外であり、お前を祓う者だ。」

「ただ一人の例外だと…… あっ…… お、お前、お前が! 数ある上位の妖怪たちを幾度もなく祓った…… 『安倍晴明の生まれ変わり』土御門壮馬か!! 」

「今気づいても遅えよ。それにその言われ方嫌いなんだ【光空滅却(こうくうめっきゃく)】 」


 牛鬼の足元から光の柱が込みあがった。その光は牛鬼の断末魔と一緒に天へと向かっていき、消えるころにはその場所には何もなかった。



「壮馬君、牛鬼を祓ったの……? 」

「ああ、祓ったよ。 」

「これで任務成功…… いつものような日常に戻れるんだよね?」

「見たところ死亡者はいないみたいだから戻れると思うよ。」

「よかった…… ほんとによかった…… うわああああ」



 私は、緊張が解けたのか、その場で号泣してしまった。そんな私を見て最初は戸惑っていた壮馬君だったけど、気遣ってくれたのか頭をなでてくれた。それがすごくうれしかった。

 そんな時間が過ぎて行って、私の涙が止まりつつあった。


「じゃあ凛音、俺は今から陰陽連おんみょうれんに報告を…… 」


そういいながら、ふと少し険しい顔で、壮馬君は私の頭の上を見上げた。


「壮馬君、どうしたの? 」

「いやっ、なんでもない。俺は報告に行くから気をつけて帰れよ。じゃまた明日。」

「うん!  助けてくれてありがとう。また明日、学校で! 」


 壮馬君は手を振りながら陰陽連の方へと消えていった。そんな彼を見送ったあとお父さんが私の方へかけよってきて抱きしめられた。その温かさに私はまた泣いてしまった。


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「危なかったのじゃ…… まさか10キロ離れたわしに気づくなんて、どちらか化け物かわからんな。」


 月夜に照らされた金髪の少女は、遠く空を見ながらつぶやく。


「しかし、あの者面白そうな『運命』をたどりそうじゃのう…… よし! わしもあの『運命』に乗っかることにしよう! 」



 そう言って少女はその準備をするために夜の闇へと消えた。

 いつ以来かわからない楽しみという気持ちに心を躍らせながら。



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