亡霊妃は主の為に進軍するが、主はそれを望まない

〝 冥界に十三王あり

其々に冥界を支配し、冥王を頂点とする。


幽世黄泉路王

冥府閻魔王

冥府魔導王

冥鎖獄門王

蠅蛆悪食王

冥山仙王

百手百子王

冥律破戒王

冥海怨竜王

冥石宝女王

千剣戦王

阿鼻冥門王

冥王


十三王其々に役割を担い、権限は下にいく程に強くなり、その中でも冥界の最下層に当たる、無間地獄に座す冥王の権限は冥界そのものである〟




〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃




 冷たい声だった。有りとあらゆる温度、熱を許さぬ絶対零度、そんな声がマルコの胸元から聞こえた。


『先程から黙って聞いておれば、主様に対する侮蔑の数々、万死に値する……!』


 気付けば、明るかった教室からは光が失せ、高度な魔法式で制御されている筈の空調は狂い、その機能を停止していた。

 その原因は何か。視線を巡らせれば、痩躯の少年の側に一つの人魂が浮かび上がり、その数を増やしていく。

 次々と、際限無く増えていく人魂に慌て始め、騒ぎがどんどんと広がっていく。


「な、なんだよ、これ!」

「落ち着け! 最弱の幽霊ゴーストが、幾ら出ても何も出来やしない!」


 誰かが言った。確かに、幽霊ゴーストは最弱の存在だ。死者の思念という不確かなものが、空間中の魔力で姿形を得ただけ。

 人間や魔族の様な確かな肉体も、天使や神族の様な強固な器も無い。ただ剥き出しの弱々しい魂の破片が、魔力で繋ぎ止められているだけの、吹けば消える様な存在でしかない。

 そして、人魂はその最たるものだ。弱々しく、紙切れを何とか燃やすのが関の山。その事を思い出したのだろう。次々と立ち直っていく。


「ポートランド! 貴方……!」

「いや、ちょっと待って……!」


レイナが魔力を全身にみなぎらせ、エリックも同様に、練り上げた魔力と敵意をマルコに向けている。


「ポートランド、今ならただの悪戯で済む。やめ……」

『誰に対する物言いじゃ?』


魔力を魔法へ、エリックが警告の手をマルコに向けた時、その動きが急に止まった。

今だ事態に追い付けていないマルコは、自分の胸元から白く透けた手が伸びているのを見た。テレスティアだ。


『木っ端ごときが、妾の主様に対する狼藉。最早、勘弁ならぬ』


マルコの胸元の水晶から、テレスティアが全身を現す。その姿はマルコの知るテレスティアだったが、よく見れば違う。

霞の様に揺らめいていた髪先やドレスの裾は、燃え上がる様に蠢き、その手には見た事の無い杖が握られていた。


「これ、は……!?」

『〝冥府審問官の咎縛り鎖〟、罪ある者には重かろう?』


エリックの全身に、奇怪な紋様が刻まれた鎖が幾重にも巻き付いていた。否、エリックだけではない。レイナや周囲の生徒にも当然の如く巻き付き、その動きを縫い止めていた。


「冥府って、まさか冥界の……」

『ほう? 勘のよい小娘じゃの。冥界にある冥府、そこに住まう閻魔王の部下の鎖じゃ。主様を侮辱した罪、妾が代わりに裁いてくれよう』


身動きの取れない人々に向けて、テレスティアがその杖を掲げる。すると、鎖がその動きに合わせて鳴動し、更に拘束を強めていく。


「くっ……!」

『さあ、裁きの時じゃ』

「ヒメ、ダメだ……!」


テレスティアが号令として、杖を振り下ろそうとしたその時、漸く事態に追い付いたマルコがその手を止めた。


『何故じゃ? 主様』

「何故も何も無いよ! 何やってるのさ!?」

『何とは、見ての通りじゃ。主様に無礼を働いた者共に罰を与えるところじゃ』

「いやいやいや! そんな事頼んでないから!」


マルコが叫ぶ様に言う。事実、今の状況はマズイ。ここは嘗ての勇者の様な、強者の育成を目的とした学院。そして、その創設者にして現在の学長は、勇者と共に魔王を討ち倒したメンバーの一人なのだ。

いくらテレスティアが強力な幽霊ゴーストでも幽霊は幽霊、かの賢者に勝てるとは思えない。

出会ってほぼ一日、しかしマルコはこれ程に慕ってくれるテレスティアが消されるのを見たくない。


『むぅ……、主様がそう言うなら止めとするかの』


蠢いていたドレスや髪は治まり、杖は何処かへ消えた。マルコの知るテレスティアの姿に戻り、人々を縛る鎖も消えていた。安堵の息と声が響く中、マルコは考える。

事態は好転していない。賽の目の出目は最悪で、これからマルコがどうしようとも、最悪の結果は避けられないだろう。


「……ポートランド、君は……!」

「待って、本当に待って。僕もヒメのこれは予想外で……」


マルコの言葉に聞く耳持たず、エリックは再び魔力を全身に巡らせる。だが、レイナは違う。彼女はただ、マルコと側に浮かぶテレスティアを静かに見詰めている。


「今すぐその幽霊を大人しくさせろ!」

『木っ端が主様に指図するでない!』


周囲からも似た様な声が挙がり、マルコ達を取り囲む様に人が増え、中には実技教員も居る。いよいよ、退路が無くなり始めていた。


「ヒメ、ダメだって!」


実技教員の中には、幽霊ゴースト悪魔デーモンに特攻効果を持つ神官や僧侶も居る。


「大人しくしてよ、ね!」


まだ正式に契約を結んだ訳ではない。テレスティアを止めるのに命令は出来ない。だから、頼むしか無い。


『主様がそう言うなら、妾は大人しくするぞ』

「ああ、うん。なら、お願いね」

『了解じゃ!』


テレスティアは上機嫌に、マルコの〝お願い〟を了承する。


「ポートランド、貴方、彼女を何処で見付けたの」

「え、あ、町外れの屋敷で……」


ついうっかりと、マルコは答えてしまった。レイナ以外には、エリックと他数人にしか聞こえていなかった様だが、その数人の内に含まれる教員の反応がおかしかった。


「町外れの屋敷? まさか貴方、あの廃屋敷に行ったの?」

「え、うん……」


レイナの剣幕に押されて、マルコは嘗ての口調で返事をした。エリックもレイナの剣幕に押されて、何も言えなくなっている。


「あの屋敷には、かなり強力な魔物が巣くってるって話だったけど、そういう事?」

「どういう事、かな?」

「魔物と契約するには、それ相応の対価が必要になる。召喚師の基本よ。……マルコ、貴方は何を対価に契約したの?」


マルコは言い淀む。ここでテレスティアとは契約を結んでいないと言えば、また騒ぎになるだろう。

マルコとしては、これ以上の騒ぎは求めていない。

さて、どう答えよう。マルコが思案していると、テレスティアが顔を上げた。


『なんじゃ、懐かしい気配がする訳じゃな』


テレスティアの視線の先、そこを見る。そして誰もが固まった。


「……何故、貴様がここに居る。〝亡霊妃〟」

『そんなの妾の勝手じゃ。〝耳長賢者〟』


嘗て、魔王を討ち果たした一人、伝説の賢者がそこに居た。

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