第36話 魔神復活

 賢狼ノウスは予想以上に手強い敵だった。

 私もヨシュアもナイツオブクラウンの中では攻撃力が低い部類だが、それでも二時間以上攻勢に立ち続けて敵を仕留めきれなかった記憶はない。

 だが、脅威なのは頑丈さだけ。

 奴の攻撃は当たらないし、目に見えて動きも鈍ってきている。

 ヨシュアが巨大な光の三叉槍を取り出し投擲した。

 脳天に突き刺さり、ノウスは悲鳴を上げてのたうちまわる。


「今だ! ユキ!

 一気に決めろ!!」


 ヨシュアの合図をきっかけにノウスの足元に設置した魔法陣を起動させる。


「《さんざめくめくりくるくるくると狂うほどに。

 渦巻く混沌、這い寄る暴虐、昂れよ悪食の禍。

 引き摺り込め死霊飲み込む黒い沼へ――――》」


 禍々しい詠唱から紡がれるは禁断の闇魔術。

 巻き添えの出ないこの状況だからこそ遠慮なく使える。


「【大喰らいグラトニーの棲む沼地・スワンプ】」


 漆黒の渦と化した魔法陣から無数の手が伸びてノウスの身体を押さえつけ肉をちぎっていく。


『GWAAAAAAA!!!』


 雪崩を起こしそうなほど凄まじい悲鳴。

 それがこの戦いの終幕を予感させる。


「良いぞ良いぞ!

 ぶっ殺しちまえ!!」


 ヨシュアが発破をかけてくるが言われるまでもない。

 このまま本来の力を取り戻させる前に殺し――――


『GYYY……ミゴトナリ…………ヒトノコヨ』


 喋った!? 狼が人語を!?


『サレド キサマラニ コノチハワタサヌ。

 ワタシノコガ カナラズ キサマラヲ……』


 遺言のように不気味な言葉を呟いたその直後、ノウスの体から紫色の竜巻のような魔力の奔流が噴き出した。

 地面の魔法陣が破壊され私の魔術が停止する。


「ヨシュア!」

「分かってる! 何をやらかすつもりかは知らんがこのまま!」


 ヨシュアが作り出した稲妻を放つ弓で魔力の竜巻越しにノウスに狙いを定める。


「くたばれええええええっ!!」


 放たれた稲妻は竜巻の防壁を突き破り弱り切ったノウスを焼き尽くす。


 勝利を確信した、その瞬間――――身の毛のよだつような悪寒に襲われた。

 たとえるなら自分が今まで巨大なサメの口の中にいることを気付かないまま踊らされて、今頭上にある牙に気づいたような……


「上だっ!!」


 ヨシュアが何かに気づいていち早く弓を向ける、が愕然とした表情を浮かべ、手を止めた。

 私も追いかけるようにヨシュアの視線の先を見る。


「嘘……だろ?」


 上空に浮かんでいる人影は……アッシュ!?

 だが陸上を走ろうが空を飛ぼうが戦闘中に研ぎ澄まされた私とヨシュアの感覚に引っかからないわけがない。


 だとすれば魔術による強制転移……総督府から無理やり連れてきたのか?


「まだ魔神になりきっちゃいない!」


 ヨシュアがアッシュに向けて攻撃を再開する。

 たしかにアッシュの体にはノウスが放った紫色の竜巻が注がれるように流れ込んでいるがそれはまだ魔神化していない証拠。

 このまま、人の心を持ったまま、


「死なせてやる!」


 両腕に魔力を集中し、無詠唱で即座に光線を放つ。

 威力は落ちるが即効性を重視した攻撃魔術。

 とはいえ獣人の子供が耐えられる破壊力じゃない。

 ヨシュアの稲妻と私の光線がアッシュに直撃した……かに見えたがそうじゃない!?


 ノウスから流れ込む魔術が防壁となって私たちの攻撃を押しとどめている。

 ヨシュアは流石に判断が早く稲妻の弓矢から岩でできた大剣に持ち替え、飛翔する。

 接近戦で確実に仕留めるつもりだ。


「くたばれええええええっ!!」


 身体をコマのように回転させアッシュに岩の塊のような大剣をぶつけようとした、が――――

「なにぃっ!?」


 ヨシュアの渾身の一撃が子供の細腕に受け止められた。

 それが意味することは残酷な事実。

 アッシュの身体にノウスの力が宿ったということだ。


『グアアアアアアッ!!』


 咆哮と共に衝撃波がアッシュだったものから放たれた。

 ヨシュアは吹き飛ばされ氷の大地に叩きつけられる。

 即座に身体を起こし私の元に退がったヨシュアだが頭から派手に血を流している。


「大丈夫か?」


 治癒魔術でヨシュアを治療する。

 苦々しそうな声でヨシュアが呟く。


「産声だけで殺されちゃ笑い話にもならねえ。

 それにまだ完全に復活というわけじゃねえ。

 ガキの気配が残っている気がする。

 気配だけ……だけどな」


 再びアッシュだったものを見る。

 先ほどの咆哮で上半身に纏っていた衣服は破れ落ち肉体が露わになっている。

 細く未成熟な身体には禍々しい紋様が浮かび上がっており、その紋様は顔の左半分も覆っていた。


 アッシュ……いや、魔神ノウス。


 北の大地に人間が暮らすことを許さなかった災厄の獣。

 それと私たちは対峙している。


 ドクン……


 あ?


 ドクン……ドクン……


 頭から血が目に流れ込んでくるような感覚。

 ああ、これはいつものアレだ。


「お、素晴らしいタイミングで発動したじゃないか。

 この戦いの先にある未来とやらを指し示してくれ」


 何が素晴らしいタイミングなものか。

 不随意の上、当てにならず何の足しにもならない。

 そのくせ嫌なものばかり見える最悪の魔眼。


【未来予知】とは名ばかり。


 その効果は見た対象が死ぬ瞬間を映し出す。

 占いや予測ではない。

 演劇が台本に沿って展開されるように確実にそれは実現する。

 今までもその死の瞬間に何度も立ち会ってきた。

 まだ見ていないものもいずれ見ることになるだろうという確信がある。

 それを言葉にするならば未来の私が目撃する死の瞬間を先取りしているような感覚。

 人とは違う世界を生きているようにすら思えてくる。


 この眼のことを知っている者は「世界の運命をも司る至高の魔眼」と褒め称える。

 だが私にとっては呪い以外の何者でもない。

 これされなければ私とコウの運命が分かたれることはなかったのだから。


 金色の光を堪えた眼は映す。

 宙に浮く災厄の獣の辿る末路を…………





 …………は?




「おい! ユキ! どうした!?」


 ヨシュアが私の肩を揺さぶる。

 既に魔眼は閉じ、正しい現在の世界が映っている。

 だけど……私に見えたのは……


「うそ……だ……」

「ユキ?」


 ありえない。あんなもの見えてはいけない。


「嘘だ嘘だ嘘だ!! 

 あってはならない!

 そこにいちゃダメだ!

 ダメだダメだダメだ!!

 やめてくれええええええ!!」

「ああっ! もう!!

 落ち着けバカやろうっ!!」


 ゴツン、とヨシュアの拳が頬を直撃し目の前がチカチカした。


「ロクでもないものが見えたようだな。

 だが、あのバケモノは死ぬんだな。

 お前より先に」


 冷静を取り戻した私は、ただ首を縦に振る。

 未来眼は私が目撃する未来しか映さない。

 それはつまり私が死んだ後に死ぬ者は映らないということだ。


「なるほど。あとはいつ死ぬかだよな。

 この場で死ぬのか、それとも帝国を滅ぼしきったあと老衰で死ぬのか。

 ああ、答える必要はねえぜ。

 俺は運命なんか信じちゃいねえからな」


 ヨシュアはそう嘯いてありったけの武器を周囲の空間に展開する。

 出し惜しみなしの本気で挑むようだ。


「支配しろ。テメエの能力も感情も。

 あと信じているなら運命ってやつも。

 俺たちはそれを求められている」


 猛々しく勇壮。

 私が憧れる男は強大すぎる敵に恐れることなく立ち向かう。

 私も…………そうありたい!


 大きく深呼吸して魔法陣を描くための魔術を発動させる準備に入る。


「ヨシュア。アレを放つ。

 それまで食い止めてくれ」

「アレ……マジか。大盤振る舞いだな。

 寿命が縮むレベルの禁忌なんだろう」

「構うか。運命を捻じ曲げられるならこの命をくれてやっても惜しくはない」

「お前がそういうってことは……ロクでもない未来が見えたんだろうな。

 まあいい。チャレンジしようか。

 もう少しマシな未来に行けるようにな!」


 ヨシュアが武器を手に取る。

 ノウスは地面に降りてきていた。


「行くぜえええええええ!!」


 ヨシュアが氷の地面を蹴り、無防備なノウスに襲いかかる。

 先ほどまでの巨大な賢狼ノウスとの戦いが児戯に見えるほどに凄まじく烈しい戦闘が幕を開ける。

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