第34話 胸に秘めた想い

 雪壁の外に出ると肌で感じられるほど瘴気が濃くなった。

 吹き寄せる風雪をそよ風に感じてしまえる程危険な気配がする。


「危ないところだったな。

 割と近くまで奴が迫っている」


 ヨシュアも気を引き締めたらしい。

 ピリピリとした緊張感が伝わってくる。


「索敵する手間と無駄な犠牲が省けた。

 一気に片付けよう」

「ああ」


 ヨシュアは息を大きく吸い込んで、


「シュゲル! 外側の采配は貴殿に任せる!

 俺たちが戻って来なければ撤退しろ!」


 と指示を出した。


「杜撰な命令だな。

 俺たちが倒れノウスが壁を超えればどの道ベヘリットは陥落する」

「それはどうかな?

 英雄というのは予想もしないところから現れるものだぜ。

 例えばお前の寝所とかからな」


 酷い冗談だがこれもヨシュアの集中力を高める行為と思えば付き合ってやるか。


「コウとは何もしていない」

「しろよ! バカタレ!

 お前らが懇ろにならんと俺があの女傑に手を出せないんだよ!」

「女傑……ああ、コウの同棲相手か。

 以外だな。てっきりいつものようにお手付きになっていると思っていたよ」

「そのつもりだったんだが気が変わった。

 アレは一夜の遊びにするには勿体なさそうだからな。

 ちゃんと生還して勝利の美酒と共に召し上がらせてもらう。

 俺、好きなものは最後に食べる派なんだ」


 珍しく殊勝な心がけをしているヨシュア。


「似合わないことをするなよ。

 死神に目をつけられるぞ」

「お前こそ自分の命をいつまでもあるものだと思わない方がいいぜ。

 子を遺すことも皇族の役目だ」


 皇族……自分が皇帝の血を引いていると知った時の感想は「そう」と驚きも感動もなかった。

 それよりもその血によってもたらされる運命が私とコウとを引き離すことを知った時の方が衝撃が強かった。

 私のこの眼はいろいろと不便過ぎる。

 見たくないものが見え、見たいものが見れない。

 この呪われた眼こそがもっとも自分を皇族だと自覚させてくれる。


「ユキ?」


 思考が別のところに向かっていたのをヨシュアに引き止められた。


「あ……ああ、すまない」

「なんだよ。コウちゃんとの初夜を想像してムラムラしてたのか?」

「バカを言うな」


 ケケケ、と笑った後、ヨシュアは口をつぐんだ。

 集中完了――――と言ったところか。

 私も自分の周囲の空間に複数の魔法陣を展開させる。


 近づいてきている。

 とてつもなくデカく危険な獣が。


「行くぜ!」


 ヨシュアが雪の大地にクレーターを作って飛び上がる。

 そのまま見えない壇上に乗ったかのように空中を駆け出す。

 運足術の極致の一つ【疾空】。

 彼にとっては地面が雪だろうと溶岩だろうと関係ない。

 地に足のつかない唯一無二の戦闘スタイルはナイツオブクラウンの中でも異彩を放っている。

 そして――――


 《火を燃やせ。薪を焚べよ。其は煉獄の窯より引き揚げる業火の一棍》――――【血海燃やす煌剣ダインスレイブ】。


 空間から燃え滾る炎の剣を取り出し構えるヨシュア。

 彼は本気で戦う時、剣や槍を必要としない。

 自らの魔力を実体化させた様々な武器を使う。

 剣、槍、弓はもちろん、棍、鞭、斧、果ては針までも使いこなす異常なまでの器用さを誇る彼が戦況に応じて武器を持ち替えていく様は舞踏のように華麗で捉えどころがない。


「先ずはご挨拶だっ!!」


 吠えるヨシュアの眼前に突如巨大な影があらわれたかと思うと彼の身体を飲み込んで余りある巨大な狼の頭が現れた。


『WOOOOOOOOOOO!!』


 巨大な狼のこの世のものとは思えぬ咆哮は音の領域を超えて衝撃波としてヨシュアに襲いかかった。

 が、そのくらいで止まるヨシュアではない。

 問答無用で衝撃波を押し除けて狼の額に剣を叩きつけた。


 流星が落ちたかのような極大の衝撃。


 山のように大きな狼の身体はゴムのように跳ね雪崩のように雪原を転がったがすぐに体勢を立て直しこちらを睨みつけてきた。


「なるほど……賢狼ノウスってのは名ばかりじゃねえな。

 俺の攻撃を受ける瞬間、衝撃と同じ方向に避けて攻撃をいなしやがった」

「なら、これはどうだ?

【百天式目――一斉掃射】!!」


 私の周囲にある魔法陣を起動させそこから何十もの光線を放つ。

 ノウスは避けようと駆け出すが、逃がさない。

 光線の射線を操作して四方から取り囲むようにしてノウスを撃った。


『GWAAAAAA!!』


 ダメージは通っているのだろうが身体の動きを止められるほどじゃない。

 たしかに頑丈だ。屋敷一つ更地に帰ることができる一撃を痛みだけで凌ぎ切った。


「なっ。頑丈だろう?」

「ああ。シュゲル殿はこれを倒し切る算段があったと言っていたが」

「どうせまた見積もりを甘くしてたんだろ。

 こんなの俺ですら一人じゃ手に余る」

「だったら協力するか」

「異議なし!」


 ヨシュアは私の前に立ち魔術で作った剣を二本、両手に掴み上げた。

 私は彼の後ろで魔法陣をさらに作成していく。


 この怪物に壁を越えさせない。

 あの壁の向こうにいるコウに剣を取らせるわけにはいかないから。

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