第9話 凱旋と逃走

 冒険者ギルドの職員に依頼完了の報告をすると、一枚の紙が渡された。

『昇格申請書』と書かれたその書類が意味することは、


「おめでとう。コウ。

 これで貴方もCクラス冒険者の仲間入りよ」


 親しみやすさと端正さが同居する稀有な顔立ちと太陽のように場を照らす快活さを併せ持つギルド職員エルミラは屈託のない笑顔を投げかけてくる。

 これでコロリといってしまう冒険者も少なくないらしいが、俺にはどうも居心地が悪い。


「それにしても凄い速さの昇格ね。たった三ヶ月で無印Fクラスから三本線Cクラスって。

 とても一年以上ドブ掃除してた子とは思えない」


 手放しの称賛を素直に受けられないところが俺のダメなところ。

 分かってはいるが、つい口をついて出てしまう。


「もっと凄いのがいただろう」


 エルミラは一瞬、あっ、と失言に気づいたような顔をして、


「ユキ様は特別過ぎて数に入れないようにしてたから……

 あの方はもう冒険者じゃないし。

 そもそも、あなたは身体の面で不利というか」


 と言い訳をくり出し続ける。

 あまりやり過ぎると彼女のファンに目をつけられるだろうので、口を閉じて申請書にサインする。


「ハイ。受理いたしました。

 どうです? 早速Cクラス以上が受託できる依頼をご覧になりますか?」

「いいや。今日は家に帰って寝る」


 そう言って踵を返す。


「あ、待ってください。まだご相談したいことが」

「明日聞くよ。返り血の匂い漂わせてのんびりおしゃべりしたくはない」


 品の良い香水の匂いを漂わすエルミラへの妬み混じりの皮肉をぶつけてギルドを後にした。



 往来にはいつも以上に人が溢れかえっていた。

 さすがに二年近くこの町で過ごしてきたおかげで人の数や顔ぶれだけで何が起こっているのかは予測がつくようになった。

 そして、げんなりとした。

 おそらくこれからここに訪れるのは――――


「騎士団様のお帰りだ!!」


 帝国騎士団の凱旋。

 皇帝の勅令を受けた国家事業としての討伐任務を成し得た彼らに対する祝福のセレモニーだ。

 Bクラス冒険者と同等以上の力を持つ帝国騎士。

 彼らは貴族待遇と権限を与えられているが、傲慢で放蕩なイメージとは無縁だ。

 厳しい戒律に縛られ、起きている時間の殆どを訓練と任務に捧げている。

 民を身を挺して守る献身と死をも恐れぬ勇敢さを兼ね揃えており、民衆からは崇拝にも似た支持を得ている。

 冒険者はたとえAクラスまで上り詰めても無頼漢扱いされるのとは対照的だ。


 餌を投げ込まれた水の中の魚のように民は大路に詰め寄せる。

 俺は群衆を避けるように高層の建築の階段に逃れた。

 鉄でできた螺旋状の階段は壁がなく剥き出しの作りになっている。

 ので、意図せず高いところから凱旋パレードとそれ集る喧騒を視界に収めることができた。


 群衆の海をかき割るように悠然と進む騎士団。

 彼らは皆、背の高い馬に乗って、舞台役者のように高いところから群衆を見下ろしている。

 パレードの人数と掲げられている旗を見ると、俺の頭の中にある情報に該当するものがあった。


「あれは…………ナイツオブクラウン!?」


 思わず声を漏らしてしまう。

 ナイツオブクラウン。

 皇族の血を引く者のみで編成されており、一騎当千の強者や絶世の美男美女の血を何世代もかけて交わらせてきた彼らは例外無く強く美しい。

 それはまるで御伽話の英雄が現世に召喚されてきたかのように。

 一〇人に満たない少数精鋭の騎士団であるが、紛うことなき帝国最大の戦力。

 人々の憧れであり、救世の英雄…………


「くだらねえ……」


 騎士団の列の一番後ろにいる見慣れた顔を見て舌打ちする。

 純白のローブに身を包んだ美貌の魔賢者はうっすら微笑んで周囲の声援に応えている。


 先ほどエルミラの言った通りだ。

 アイツは、ユキは本当に規格外だった。

 俺が死ぬ思いで基礎訓練を終えた後、最底辺から中級の冒険者に這い上がった。

 同じ時間をかけていたアイツはこの国における最高の誉れ高きナイツオブクラウンの第九席に腰を下ろしている。

 アイツの情報はサンドラがちょくちょく仕入れてくれていた。

 未だにサンドラが何者なのかは分からないけど、それは大した問題じゃない。


 俺といるときに既に才能の片鱗が現れていたと聞くが、俺を捨てた途端ここまで急速に強くなられるなんて気分のいいものじゃない。

 だって俺がどれだけ足を引っ張っていたんだって話になるから。

 俺は羨望と怒りの混じった目でアイツを睨む。

 アイツは自分の眼下にいる有象無象の民衆しか見ていない。

 腹が立つなぁ……俺を見ろよ……


「俺を見ろよっ!!」


 怒鳴るが群衆の歓声に飲み込まれその声はユキには届かない。

 代わりに――


『汚い目を向けるな、駄犬』


「……い!? ぐぅっ!!?」


 突如、頭の中に声が響き、後頭部が焼かれるような痛みが走った。

 思わずその場に膝をつく。

 ガァン、と鉄板でできた階段の踏板が大きな音を鳴らす。


「な、なんだ今の?」


 自分の身に起こった突然の異常に困惑してしまう。

 当てのないその問いに答える人はいない、はずだったが、


「ヴィヴィアンのお気に入りに浅ましい目を向けるからそうなるのよ」


 と、俺を嘲笑う奴がいた。

 声は俺の頭上、螺旋階段の一つ上の階あたりから聞こえている。


「今のは、お前が?」

「違うわよ、鈍いわねえ。

 、って言ったでしょ。

 ヴィヴィアン・アリエス・ヘレムガルドと言ったほうがわかる?

 それとも栄光あるナイツオブクラウンの筆頭騎士様がいい?」


 声の主はカツンカツンと硬そうなヒールで階段を叩きながら降りてくる。

 声音から若い女だとは予想していたが、その姿を目の当たりにした時、思わず口を開けてしまった。

 夜空のように漆黒の髪と星空を映し出したようなキラキラした瞳。

 夜の国の妖精、なんて表現が適切だろうか。

 それくらいに幻想的な美貌の少女だった。

 そして、身につけているのは集合住宅の住民には有り得ないほど高級な仕立てのショートワンピース。


「皇族を呼び捨てにするなんて不敬じゃないか?」

「あら。貴方こそ不敬だからヴィヴィアンの魔眼をくらったんじゃないの?」

「魔眼だと?」


 少女はフフンと誇らしそうに鼻を鳴らし俺に語りかける。


「聞いたことなあい?

 見るだけで魔術と同じような現象を起こせる特殊な瞳のこと。

 ヴィヴィアンの魔眼は『迅雷』の魔眼。

 見た相手の体に稲妻を流すことができるの。

 ずる過ぎる位強力な能力スキルよねえ」

「なんでお前がそんなことを知っている。

 騎士の、いや冒険者だって自分の手の内をそう簡単に明かすものじゃない」


 まして、こんなトリッキーで使い勝手の良過ぎる術だ。

 初見では破りようのない必殺技のカラクリを本人が吹聴しているということもないだろう。


「え? マジ!?

 私ヤバイことしちゃった?

 うそ? 国家機密漏洩罪とかで投獄されちゃう?」

「罪状は知らんが、あの筆頭騎士様はお許しにならないんじゃないか。

 チラッと部下に唾吐きかけるつもりで見ただけで脳みそ焼きにくるんだぜ」

「うああああああああ!!

 またやっちゃったアアアアアアッ!!

 敵が増えたアアアアアアッ!!」


 頭を抱えて絶叫する少女。

 凱旋パレードに集まった群衆のおかげでその叫び声は目立たないが、なんだろう……妖精と思いきやスゴいおバカ――――人間臭い感じが。

 あ、立ち上がった。


「よし……やっぱり逃げよう!

 逃げてしまえば何人に迷惑かけようが知ったことかっ!」

「おい。あんまり目の前でベラベラ物騒なことをもらさないでくれるか?」

「ハッ!? 今の聞いてた!?」


 素なのか芝居なのか、どっちにしても関わり合うと良くない気がする。

 俺は彼女に背を向けて立ち去ろうと――――


「キャアアアアアッ!!」


 叫び声を上げて突然、彼女は俺に抱きついてきた。

 バランスを崩した俺はたたらを踏んでなんとか堪える。


「お前っ!? 何を――」


 俺は声をかけて振りほどこうと思ったが、彼女はギュッとしがみつくように俺の服を握っていた。


「見つけたぞ! 手こずらせやがって……」


 建物の麓に目をやる。

 見るからに豪傑といった風貌のフルプレートアーマーを身につけた騎士が鬼のような形相でこちらを睨んでいる。


「さあ! 追いかけっこは終わりだっ!

 降りてこい!!」


 男の怒号に少女は泣き叫ぶように応える。


「嫌よっ!! 私には好きな人がいるのにどうしてアンタみたいなケダモノに孕まされなきゃいけないのっ!!」

「はらまっ!!」


 思わず声が出た。

 何を日中の往来で口走ってんだこの女。


「好きな男がいるとか関係あるかっ!

 もうお前の親とは話ついてんだよ!

 グダグダ言わず帰ってこい!!

 自分の立場を教えてやる!!」


 うーん……この女はどうかと思うけど、この男もロクなもんじゃないな。

 見たところ冒険者か、叩き上げの騎士。

 粗野な言動、女を所有物のように扱う思想。

 大方、借金の肩代わりか何かをして無理やりこの女を嫁にしたというところか。

 褒賞が多い騎士や冒険者の中には下級貴族よりも蓄財しているものもいると聞くし。


「嫌だああああああっ!!

 助けれええええ!!」

 

 よその家のことに口を出すのは気がひけるが、この女が嫌がっているのも確かだ。

 仕方ない。面倒だが見過ごして寝覚めが悪いよりはマシだ。

 俺は意を決して叫ぶ。


「オッサン! 悪いが、この子は渡さねえよ!」

「ああ!? すっこんでろクソガキ!」

「すっこんでるのはテメエの方だよ。

 トロルみたいなザマしてコイツと釣り合い取れる訳ねえだろ」


 釣り合い……あーあ、嫌なこと思い出すフレーズ使っちまった。

 と、一人気落ちする俺のことなどいざ知らず、隣の女は、


「そうよ! そうよ!

 私にはこのゴンザレスがいるの!

 私はこのゴンザレスを愛しているの!」


 誰だよ、ゴンザレスって……こいつ、好きな人がいるってのも口から出まかせか?


「貴様アアアアアアッ!!

 俺様をコケにしやがって!!

 テメエの立場を身体に叩き込んでやるっ!!

 ゴンザレス、貴様も覚悟しろっ!!」


 男は拳を打ち合わせて威嚇してきた。


「お願い! ゴンザレス!

 私をどこまでも連れ去って!」


 腕に縋り付く女を拾い上げるように抱き抱え、叫ぶ。


「お前ら、本当に――――《死ねっ!!》」


 下半身の筋力を強化、足元の階段をひしゃげさせて高く飛び上がる。

 隣の建物の屋上に飛び移った俺は振り返り、男の様子を窺うと、


「やるなっ! ゴンザレスとやら!

 だがその程度で俺様の女を奪えると思うなよ!」


 ドンっ、とクレーターができるほど地面を蹴り付けて男は飛び上がった。


「チッ! やっぱ出来る奴!」


 明らかに闘気による身体強化を使いこなしている。

 かなり甘く見積もっても俺より一枚上手だろう。

 しかもコッチはやたら騒がしいお荷物まで抱えている。


「キャアアアアアッ!

 ゴンザレス、貴方って意外とパワフルね!」

「テキトーな名前つけやがって!

 カスリもしてねえよ!」


 建物の屋上からまた別の建物の屋上へ。

 蜘蛛が跳ね回るようにして逃げ回るが長くは保たない。

 もうすぐ追いつかれる。


「だったらイチかバチかっ!!」


 踵を返して男に向かって走り出す。


「え!? ちょっと、ゴンザレス!?

 私抱えてること忘れてない!?」

「逃げるのもそろそろ飽きたか!

 いいだろう! かかってきな、ゴンザレスとやら!」


 腰を落とし拳を構える男。

 その間合いに入る目前で俺はしゃがみ込む。


「だからゴンザレスじゃねえって言ってるだろおおおおお!!」


 運足術――――【飜々】。

 脚の筋肉の収縮を跳躍運動に最適化させ、一気に跳ね上がる。


「ンギィぃーっ!!」


 二人分の体重はかかっているが、それでも大跳躍の初速と重圧は女には厳しいものだろう。

 男の頭上を飛び越え、そのまま足場のない宙に飛び出す。

 直下にはパレード中のナイツオブクラウンの一団。

 周囲の群衆も突如現れたお姫様抱っこをした飛行物体に驚きの声を上げる。

 チラッと下を見ると――――刹那の間だったがユキと目が合った。


 あれから一年。

 俺たちは言葉一つ交わしていないどころか顔を見ることすらなかった。

 住む世界が違った、というのもあるが俺の意地が許さなかったんだ。

 今度会う時にはユキに見下されたくない。

 その一心だったのだが、


「見下ろすのは俺の方だったぜ!! ざまあみろ!!」


 ヤケクソで叫んでみたがユキに届いたか確認している術も暇もない。

 往来を飛び越え、向かいの建物の屋上になんとか着地した。

 だが、ギリギリの距離だったため着陸は完璧には行かず女を抱えたまま尻もちをついた。


「いってええ…………」

「大丈夫!? ゴンザレス!?

 ああっ! でも、アイツが追ってくる!

 早く立ち上がって!」

「それはもう大丈夫」


 俺は確信を持って背後を振り返る。

 男は大きく腕を振りかぶったまま飛んできた。

 その表情は肩透かしをくらった怒りで溢れていた。

 大跳躍の勢いそのまま殴りつけたいのだろう。

 しかし、


「グアアアアアアッ!!!」


 男の身体は空中で海老反りになり、そのまま落ちていった。

 俺はほくそ笑んだ。


「ナイツオブクラウン様が、ふたりも続けて頭上を飛び超えるのを許すわけないだろ」


 地に落ちた男はナイツオブクラウンの一人に首根っこを掴まれている。

 どんな目に遭わされるかは知らんが、少しだけ同情しておこう。

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