第13話 自分を語るのに嫌いなものを挙げる妹

 時間にすれば、一時間もなかっただろう。そのわずかな時間に、梢がまず気付いたことは、意外なほどの部屋の狭さ。左手側に定道、百恵。右手側に太一、優芽という座り順で、自分の席はいわゆる“お誕生日席”なのだが、軽く椅子をひくと、椅子の後ろの足が部屋の外に出てしまいそうになる。


 そんな狭い空間に、色とりどりの箸が乱舞する様を梢は半ば呆然と眺めていた。太一の想像通りの健啖振りを。なぜか葱や春菊ばかりを選んでゆく定道。そして、優芽の淀みなく的確な具材補給の腕に、舌を巻いた。


 そんな中で百恵は、次から次へと梢の器の中に肉を放り込んでくる。自分はいいのかと思ってみてみると、百恵の器には肉がこんもりと盛られていた。


「母さん! 同じ事を何度も言わせないで!」

「あ、あのね、これは定道さんの分なの」


「子供みたいな言い訳はよして。父さんなんかそれを見越して、野菜しか食べてないわよ」

「いや、豆腐に白滝もいただいているよ」


「かわいそうな、定道さん。はい、あ~ん」

「私達ほど、肉眼でこの暑苦しい光景を見ている人はいないわよ。ね、太一君」


 優芽の視線に会わせるように、梢も太一へ目を向けると、周囲の騒動には構わずに、ひたすらに箸を進める姿があった。

 太一は視線に気付くとまず優芽に目を向け、


「おまえも、気を遣ってばっかりじゃなくて、どんどん食え。すき焼きの時の作法らしいぞ――それと、先輩」

「な、なに?」

「俺はああいうことは、付き合ってからお願いするぐらいの分別は持ち合わせていますよ。安心して……」


 ガンッ!!


 突然に太一の座る椅子の脚が蹴飛ばされる。


「てめぇ、優芽! 何しやがる!」


 なるほど、これが家族の団欒というものか、と梢は心の中でうなずいた。自分には縁の無かったモノ。記憶を呼び起こしても祖母の笑顔があるだけで、これほどやかましくはなかった。


 ……やかましさが団欒の第一定義というわけでもあるまいが。


 器の中に盛られた具材を、一つずつ食べてゆき、それと同時に一つずつ頭の中を整理してゆく。


 そして、片付けられた頭の中で目の前の団欒を再構築。

 心を慰める人の声、暖かな空気。何もかもが心地よい。


 だから――


 ――だから、太一には無理だ。これほどの心地よさを知る者が自分達の場所に立っていられるわけがない。


                *


 馬鹿な話で、ずっと持っていると思っていた携帯電話は家に忘れてきていたらしい。予定から大幅に遅れて、家に連絡を入れると、まず双華の怒鳴り声が聞こえてきた。


 次いで、自分がどこにいるのかを告げると、昂ぶっていた声が怨嗟の低音に変化する。


 すぐに車を回すから、絶対にそこを動くな、と言われた。太一の家の住所を尋ねることはしてこないから、すでにマークしていたのだろう。


「梢さん、少しいいかな。二階の私の部屋」


 電話を終えたのを見計らってのことか、優芽が声を掛けてきた。一瞬、どうしたものかと迷ったが、太一と時間を潰すよりは双華の健康のためにもいいだろう。


 太一は、と見るとキッチンの奥で洗い物をしていた。作業分担で結構なことだ。梢は優芽の後ろについて二階に上がる。


 通された優芽の部屋は、さっきまでの食堂と同じぐらいの広さだろう。調度品はベッドと小学生から使っているだろう、勉強机。そして本棚。何気なく並べられた本を見てみると、前に太一と話した少女漫画。趣味は似ているらしい。あと、法律関係の本が目につく。

 将来はそういう方向に進みたいのだろうか?


「あ、ごめんなさい。そこにクッションあるから、とりあえず、そこに座って」


 声を掛けられて、下に目を遣れば空色のクッションが一組。一つを手にとって、部屋の中央あたりに置くとその上に腰を下ろす。


「あの、もうすぐに迎えの車が来ると思うから時間はあまり……」

「大丈夫。私の用はそんなに長くないから――梢さん。私は世の中に嫌いなモノがいっぱいあるのね」


 何だか十分に長くなりそうな前振りに、梢は曖昧な表情のままうなずいた。


「まずは今のラップとか言う、適当な言葉を並べ立ててるだけの連中が嫌い。時々、前向きなことを言ってる連中はもう最悪。そういう連中を世の中に出してるレコード会社なんか全部潰れればいいのに」


 えらいところを責めだしたな、と梢は他人事のように思う。梢自身は祖母の影響で昭和の歌謡曲を聞き馴染んでいるので、その辺りの連中が消えてもきっと気付かないだろう。


「それの影響かもしれないけど、曲が終わってからぐだぐだと語りを入れる曲があるでしょ。あれも最悪。言いたいことあるなら歌うのがあいつ等の筋じゃないの? 最後に自分のバンド名と曲紹介する連中は、もっと最悪」


 最近のミュージックシーンにはかなりの恨み辛みがあるらしい。梢はうなずくことも出来ずに、呆然と優芽の言葉を聞いていた。


「……もしかして、梢さんこういう曲聞いたこと無いの?」

「無いわね。音楽自体にあまり興味がない、のかもしれないわ」

「それは幸せな事ね。私も特に興味はないんだけど、街にはそういう馬鹿音楽が溢れていてホント、辟易するわ」


 この毒吐き大会はいったい何なのだろう。そう思いながら、さらに聞いていくと、原作と主人公の性格が全然違ってるアニメ化は誰に文句を言えばいいのかわからない、とか、笑い顔が張り付いている雑誌モデルを礼賛する連中の目玉は腐っているのか、とか、並べてみると中学生レベルの文句の数々に、梢は相づちも打てなかった。


 そんな梢が不意に言葉を止め、梢を睨みつける。


「――でも、もっと嫌いなモノがあるの。お兄ちゃんに近づく女よ!」

「……お兄ちゃん?」


 聞き慣れない単語に首をかしげる梢。そして、今までその単語が聞かれなかったことに、不思議さを感じた。

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