兄として、人として。
料理を食べ終わり、椿はデザートを食べている。大きいパフェだ。デザートは別腹。なんて言葉は、椿のためにあるのかもしれない。
「小説、まだ書いてる?」
「うん。書いてるよ」
「……ふぅん」
椿は不満げな様子だった。
「お前と違って、結果は出てないけどな」
「よく続けられるよね。何の成果も出てないのに」
「……」
「あっ。うん。今のはわざとキツイ言い方した」
「なんでそんなことするんだ」
「だって……。にぃにぃの困ってる顔見てると、パフェが美味しくなるから」
「なんだそれ……」
性格の悪さも、ここまで極まると、最早才能だなと思う。
……これでも、母さんの浮気が発覚するまでは、仲の良い兄妹だったのに。もうその時の面影すらないけど。
「どうして今更になって、帰って来たんだ?」
「やっとその質問したね。まさか、それを差し置いて、兄さんとはなんだ!って言われるなんて思ってなかったから、びっくりしちゃったよ」
「悪かったな。こっちも昨日聞かされたばかりで、色々困惑してるんだよ」
「パフェ、食べる?」
「食べない」
「遠慮しないでいいって。ほらほら。あ~んして?」
「どういうつもりだ」
「兄が大好きな妹の演出。これやっとかないと、動画で話す時、嘘っぽくなっちゃうんだよね」
椿から差し出されたパフェを、仕方なく食べた。
「飼育員の気分だよ」
「最低の表現だな」
「でもやっぱり、生にぃにぃは違うなぁ。家ではにぃにぃの写真に話しかけながら、なんとか兄大好き妹成分を補充してたから」
「なにしてんだよ……」
「にぃにぃだって、小説のネタにするために、女の子とのシチュエーションを練習してみることあるでしょ?あれだけ魅力的な女の子がいるんだもん」
……あるな。
けど、それを話すとまたイジられそうだ。
「話を戻そう。どうして帰省を?出て行ってから、今日まで一回も連絡をしてこなかったくせに」
「それは違うでしょ。パパから生存報告だけはしてもらってたはず」
「連絡とは言わないだろ……。近況報告とか、そういう話をだな」
「……にぃにぃだって、同じじゃん」
「……」
「都合悪くなると、すぐ黙る。変わらないね。にぃにぃ」
「お前も、話しに集中すると、手元が疎かになるのは。変わらないな」
「えっ……。うわっ!」
椿の服に、パフェが零れてしまっていた。口元に運んだはずのそれが、手前で落ちてしまったことに気が付かないあたり……。こいつらしいなと思う。
「拭いてやるから。ほら、こっち来いよ」
「なにそれ……。子供扱いしないで」
「去年までは、むしろお前の方から言ってきてただろ……」
断ったら、やたら不機嫌になるから、つい自分から言い出す癖がついてしまっていた。久しぶりの再開でも、反射的に言葉が出てしまうくらいには。
「うぅ……。取れないんだけど」
「紙で拭くからだろ?もっと濡れたもので……」
「ば、ばか!胸元だよ?そんなので拭いたら透けるじゃん!」
濡れたおしぼりで拭こうとした俺の手を、必死で払い退けた椿。その控えめな胸で、そこまで怒らなくても……。
「今にぃにぃ、すごく失礼なことを考えなかった?」
「いや?」
「はい嘘。だから顔に出るんだってば」
「じゃあはっきり言わせてもらう。お前の胸元が濡れていたところで、誰も気にしないと思うぞ」
「なっ……!にぃにぃのバカ!」
手に持っていた紙を、俺に向かって投げてきた。しかし、空中に放たれた紙は、そのまま俺と椿の中間あたりで失速し、落下する。
「……去年よりは、大きくなったもん」
「はいはい。まぁ見た感じ、シミが残るパターンでもなさそうだから、お前が嫌がるなら、そのままでもいいよ」
「嫌がってない。にぃにぃが子供扱いするから、イライラしただけ」
「悪かったよ。もう高校一年生だもんな。俺も過保護はやめることにする」
「……そうしてください」
不機嫌そうに、オレンジジュースを飲み干した椿は、ドリンクバーへと向かった。
☆ ☆ ☆
レストランを後にして、徒歩で帰宅する俺たち。
「帰省した理由だけど」
「あぁ」
「いっぱいあるよ。でも、教えられる部分だけ教えてあげる」
いっぱいあるのか……。まぁ、そうでもなきゃ、あれだけの喧嘩をしたのに、ひょこひょこ戻ってくるわけにもいかないよな。
「まず一つ。実家に帰ってるっていうキャラをアピールしたかった」
「いきなり邪だな……」
「二つ目。パパからあの三人の話を聞いて、会ってみたいと思った」
「なるほどな」
「三つ目。動画のパターンがちょっとテンプレ化してたから、違うものをたくさん撮りたかった」
「うんうん」
「四つ目」
「まぁその辺にしておこう」
教えられない理由の方が気になったが……。訊き出すのは無理だろうな。
「にぃにぃは、夏休みに予定とかあるの?」
「無いけど、小説をたくさん書くつもりだ」
「……どこにも行かず?」
「おい。そんな憐れむような視線を向けるなよ」
「にぃにぃがどうしても遊んでほしいって言うなら、遊んであげてもいいけど」
「それは無いから安心してくれ」
「なにそれ。つまんないの」
「……あと、前みたいに、椿が動画を投稿することに対して、文句言うこともないから」
「……えっ」
椿が驚いた様子で、俺を見上げた。
「なんで?にぃにぃ、あんなに嫌がってたのに」
「あの三人の反応を見たら……。そうも言ってられないだろ。ほとんど芸能人みたいな感じらしいし」
「……にぃにぃ」
「だから、お互い頑張ろうな。良い夏休みにしよう」
……こんな綺麗ごとを言ってはいるが、全てに納得したわけじゃなかった。
容姿で金を稼ぐことは……。やっぱり受け入れられない。
それでも、身近にあれだけファンがいるところを見たら、兄として、応援することくらいは、してあげないとダメだろう。そう理性が判断したというだけの話だ。
「……あの」
「ん?」
「手、繋いでもいい?」
「どうぞ?」
椿が手を握ってきた。あの三人とは違って、繋いでいても緊張しない。妹だから当たり前なんだけど……。
「よしっ。今日の動画のネタ、これにしよっと」
「……おい」
文句を言うことは無いと宣言してしまったが、どうにも腑に落ちないなと思ってしまった。
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