新たな入浴スタイル。

椿の部屋のドアに、撮影中!の看板が掛けられた。


「あれが掛かってる時は、あんまり大きい声とか、出さないようにしてあげてください」

「そうだな。でも……。突然他の部屋から声が聞こえてくるっていうのも、面白いんじゃないか?」

「多分怒られますよ……」


あれで、プライドを持ってやっているらしいので、少しでもアドバイスをすると不機嫌になるのだ。


「熱心ね……。帰省した初日に、早速お仕事をしてるわけだから」


まりあさんが感心したように呟いた。


確かに、そうやって言うと、だいぶ聞こえがいいな……。


「あれ、そういえば、メイは?」

「事務所に行ったよ。ダンスの練習動画を撮影して、椿ちゃんにアドバイスをしてもらいたいらしい」

「そっちも熱心だな……」

「これでメイがもっと有名になって、一緒にテレビとか出るようになったらさ……。すごいよな!」


テレビ……。


自分の妹が、そんな風になるなんて、想像がつかないけどな。


「さて、と。ここで桜くんに、ちょっと話しておいた方がいいかなっていう案件があるの」

「なんですか?」

「そう大した話じゃないんだけどね?……桜くんが、これから誰と一緒にお風呂に入るのかっていう」

「……はい?」


どうしていきなりそんな話になるのだろう。


「だって桜。よく考えてみろよ。椿ちゃんがしばらく帰省するっていうことは、この家に住んでるメンバーは全部で五人……。一人一時間だとしても、五人だと五時間だぜ?」

「いや、俺はもうちょっと早く済ませますけど……」

「細かいことはいいんだよ!」


一蹴されてしまった。


「あの、まぁ前までだったら、仕方ないかなぁって思うところもありましたけど……。さすがに妹がいるのに、他の女性と風呂に入るのは、あんまり考えられないかなぁって」

「でも、椿ちゃん動画で言ってたよ?兄さんと一緒にお風呂に入りたいって」


あいつ……。思ってもないことを。仲が良かった時ですら、一回も一緒に入ったことなんてないのに。


「それは動画用のコメントですよ。あと、俺は別に、一日中家にいるんですから、みんなより早めに入るようにします。それでいいでしょう?」

「つまんない奴だなぁ。黙ってれば、毎日女の子と一緒に風呂に入れるのに。男子の夢じゃないのか?」

「……そうですけど、限度があります」

「桜くんがそこまで嫌がるのなら、この案は無しにするわ。……ああいう話もあったしね」


ああいう話。


おそらく、俺が恋愛にトラウマを抱えているという話のことだろう。


「じゃあわかったよ。今ここで入浴しよう」

「え?」

「そうだね。相生さんは右で」

「了解」

「二人とも?えっ?」


美々子さんが右隣りに、まりあさんが左隣りに座った。距離感がかなり近い。そして、二人の足が、俺の足に乗っかる形になっている。


「実はね?相生さんと一緒に、どこまでだったら恋愛的な表現にならないのかなぁって、色々考えてたの」

「それが、これですか?」

「そうだ。名付けて……。美少女風呂!」

「美少女風呂……?」

「私たち二人が、桜くんの全身をこうやって包んで……。癒してあげるっていうことが目的なの。だから、そこに恋愛感情は無いからね?ただのヒーリング行為」


かなり強引な説明だけど、二人の匂い、体温、柔らかさが、悪魔的すぎて、すぐに身を委ねてしまう。


美々子さんは肩から頭にかけて、包みこむようにもたれてきている。まりあさんは、俺の胸元に手を置き、足は下腹部付近……。


確かに、これで全身が、二人に触れているということになる。


「……桜くん、顔が赤いね?」

「そりゃそうですよ……」

「いいんだぞ?寝ちゃっても。リラックス効果を売りにしてるんだから」

「人間って、異性に触れているだけで、かなり癒されるみたいなの。なんだか私も……。眠りそう」

「まりあさん?目を閉じないでください」

「少しくらい……ね?」


まりあさんの体から、力が抜けた。


「あたしも寝ようかなぁ……。ちょっと最近、仕事が溜まってて、疲れてるんだよ」

「いや、俺、部屋に戻って小説を」

「ちょっとだよ。三十分くらいだ。な?」


美々子さんも目を閉じた。すぐに寝息が聞こえる。相変わらず、のび太くんみたいだ。


二人は眠れるかもしれないが、俺は眠れるわけがない。


ただ、身動きが取れなくなってしまったので、二人が起きるのを待つしかないわけだが……。


無常にも、そんな時に限って、椿の部屋のドアが開いた。


「……仲良しさんだね~」


口調こそ明るかったが、目が全く笑っていなかった。


「兄さん、毎日こんなことしてるの?」

「してるわけないだろ」

「いいよ~別に。同棲してるんだから、距離感が縮まるのは当然だし!これも動画のネタにしちゃおうかな~。久々に帰省したら、兄さんがハーレム状態になってました!みたいな」

「やめてくれよ」

「冗談で~す!飲み物取りに来ただけだから。あと三十分くらい撮影させてね!」

「おう……」


……やっぱり、違和感がすごい。


レストランで、自分の服にパフェを零していた妹とは思えないほど、キャラクターが変わってしまっている。


疲れないのだろうか。あんな風に振る舞って。


「椿ちゃん、もっと嫉妬とかするかなぁって思ったけど、案外あっさりしてたね」


目を閉じたまま、まりあさんが呟いた。


「気にしてないんじゃないですか。その辺は」

「でも、逆だったらどう思う?椿ちゃんが、男の子二人に囲まれて、ソファーに座っていたら」

「……嫌ですね」

「そういうことでしょ?」


そういうことなのかもしれない。

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