ドキドキタクシー。首筋を噛まれる桜。
右隣に美々子さん。左隣にメイ。
まさに両手に華とはこのことだろう。華どころか、ダイヤモンドくらいの輝きを放っている二人だけど。
美々子さんは俺の腕に完全に抱き着いており、頭までこちらの肩に乗せている。
一方メイは、控えめに服の袖を掴むくらいだった。
……ちなみに碧先輩は、ふてくされて眠っている。多分、目を閉じているだけで、眠ったフリをしているだけなんだろうけど。
「桜。あたし、良い匂いするだろ?」
「そうですね……」
「ちゃんと嗅いでるのか?ほらほら」
「あ、ちょっと……」
美々子さんが、頭をグリグリと俺に押し付けてきた。そのせいで、俺の体が逆側に傾き、メイが不快そうな表情をしている。
「こっち寄らないで。狭いんだから」
「美々子さんに言ってくれよ」
「メイ。悔しかったら、逆側から桜を押し返せばいいんだよ」
「メイ、大人だから、そういうことしないもん」
……大人の語尾に、「もん」はありえないと思うぞ。可愛いけど。
そんな風にして頬を膨らませるメイには、やはり碧先輩への警戒心を感じられる。
多分、先輩の前で、あんまり普段のように甘えたくないんじゃないかな。
「おぉ?どうしたんだよメイ。じゃあ、桜はあたしが一人占め~」
美々子さんが、逆側の肩にまで手を回してきた。そして足を俺の太ももの上に乗せてくる。艶めかしい脚が、俺の視界をジャックした。どうしようもないくらいの美しい肌色が、脳みそに深刻なダメージを与える。
「美々子さん……。こんなところで」
二人はまだしも、タクシーの運転手さんもいる。こちらには一切顔を向けないが、迷惑極まりない客だと思われてそうだ。
「いいのか?メイ。あたしが桜を奪っちゃうぞ?」
「良くない」
「だったらほら。あたしから取り返さないとな?」
「……」
メイが、無言で俺の左腕に抱き着いてきた。
……いや、何この状況。
「そうこなくっちゃな……。じゃあ、あたしと対決しようぜ」
「対決?」
隙あらば対決だなこの人は……。体が闘争を求めすぎだと思う。
「ルールは簡単だ。どっちがより、桜の顔を赤くできるか。りんごほっぺゲーム!」
安直なネーミングに、思わず笑いそうになるが、笑っている場合ではない。俺はまさに、その攻撃を受ける張本人なのだから。
「先攻は譲ってやるよ」
メイが無言で、俺を見つめてくる。きっと、どんな攻撃をしようか考えてるんだろうけど、綺麗な瞳、純粋な瞳に見つめられると、なんだか緊張してくる。
しばらく、そんな状態が続いた。
「……桜」
「ん?」
「メイのこと……。好き?」
俺の顔が、一瞬で赤くなった。
メイがガッツポーズをする。
「桜チョロすぎ」
「本当だぜ桜……。童貞丸出しだぞ。好きかどうか訊かれたくらいで……」
「だって……。あんな風に見つめられながら訊かれたら、ドキッとするじゃないですか。なぁメイ。美々子さんにも同じ攻撃、やってみてくれよ」
「わかった」
「え?あ、いや、あたしは」
「いいから」
逃げようとする美々子さんを捕まえた。
「あっ……」
急に手を握られた美々子さんが、少し恥ずかしそうな顔をしていたが、今は気にしないことにする。たまには反撃しておかないとな。
「ほらメイ。美々子さんを見つめてくれ」
メイの綺麗な瞳が……。美々子さんを捉えている。
……わずか五秒で、美々子さんが撃沈した。
「言わんこっちゃない……」
「ち、ちげぇって。いきなり桜に手を握られたから、最初から顔が赤かっただけで」
「じゃあ、今日二人きりで試してあげる」
「勘弁してくれよ!」
真っ赤になった美々子さんと、それをみて小悪魔のような笑みを浮かべるメイ。
二対一。チームプレイで、俺たちは美々子さんに勝利した。
「くそぅ……。桜、覚悟しておけよ?」
だが、そのせいですっかり忘れていた。
まだ、美々子さんのターンが、残っていたことに。
今度は美々子さんが、いたずらっぽく笑ってみせている。
「あたしはそうだな……。よし」
何かを思いついた様子の美々子さんが、早速距離を詰めてきた。
てっきりまた俺の肩に頭を乗せるのかと思ったら、その首がそのままこちらに向かってきて……。俺の首筋で止まった。
「美々子さん?一体――」
そう尋ねようとした瞬間。
――美々子さんに、首筋を噛まれた。
「えぇ!?」
「はむっ……」
いきなりの行動に、俺の心拍数は上がってしまう。
そんな俺の胸元に、美々子さんがあらかじめ予測していたかのように、右手を添えていた。
「あっ、桜……。ドキッとしたな?」
「……そりゃあ、しますよ。吸血鬼ですか?」
「歯は立ててないだろ?ちょっと吸い付いただけだ」
確かに、痛みは感じない。でもそれ以上に、これはちょっと刺激が強すぎやしないか?
メイの視線が、俺の首筋に集中している。
「……エッチ」
「い、いや。俺は被害者だぞ」
「嫌なら断ればいい。桜は抵抗しない」
「……」
ごもっともだった。
こんな美少女に首元を吸われて、嫌な気分になる男子がいたら、ぜひ連れてきて欲しい。
「吸い付いた瞬間、桜が真っ赤になったから、あたしの勝ちだな?」
ゆっくりと俺の首筋から離れた美々子さんは、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「これはズルいですよ……。ドキドキしない方がおかしいです」
「いいか桜。勝負は勝てばいいんだ。――あたしは絶対、負けるつもりはない」
きっと、まりあさんのことを言っているんだろう。
俺に好意を寄せてくれている二人の対決。
そして、俺はそのどちらかを、残酷にも選ばなければいけないわけで。
「それ、メイもやっていい?」
「え?」
いきなり質問され、俺はどれのことを言っているのかわからかった。
首を傾げてみせると、メイがその首を指差した。
「今度、吸血鬼のオーディションがあるから」
……またオーディションか。
って、え。まさか。
「メイそれは……。俺の首に、噛みつきたいと?」
恥ずかしそうに、メイが首を縦に振った。
「ダメ?」
「ダメってことはないけど……」
「じゃあ」
メイが、俺の体によじ登るようにして、首元まで近づいてきた。
「ちっこい吸血鬼だな……」
「うるさい」
「うわっ!怖いぞ~!ふふっ」
美々子さんが、メイをからかっている。でも、確かに、こんな小さい吸血鬼、見たことないな……。
「よそ見しないで」
メイが無理やり、俺の顔を掴んだ。
「……噛むから」
……わざわざ申告してから、吸血をする吸血鬼も珍しいと思うが。
メイが……、ゆっくりと、俺の首に噛みついた。
美々子さんと違い、少しだけ歯を立てている。きっと、演技のことがあるからだろう。
メイの小さな手が、俺の鎖骨あたりに添えられている。なぜか小刻みに動くその刺激が、妙にこしょばかった。
「……なんだよ桜。あたしの時より、顔が赤いじゃんか」
ふてくされたように、美々子さんが呟く。
「いや、歯が当たってるとやっぱり……。別の緊張感というか」
「冷静に分析しないで」
メイが顔を赤くしながら、俺に抗議した。
「でもまぁ、勝ったのはあたしだからな……。うん」
「別に。こんな勝負、勝っても負けてもどっちでもいい」
吐き捨てるように言ったメイ。いや結構ノリノリで参加してたよ君。
「じゃあ、勝ったあたしに、ご褒美の時間だな」
「え?そんなこと言って」
「言ってない。今決めた」
「めちゃくちゃですね……」
「何が良いかな……」
美々子さんが、何やら企み始めた。
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