演技が急成長したアイドルにタジタジのギャルたち。
「じゃあ、これからスタジオに着くまでの間、あたしのこと呼び捨てで呼んで、敬語も無くしてくれよ」
「……えぇ」
これまた、難しい要求が来てしまったなぁ。
でも、抱き着けとか、そういう肉体的な話ではないわけだし、むしろ優しいかも?
「そんで、逆にメイには、敬語を使う……。これでどうだ?」
「え。なんでメイまで入ってるんですか」
「だって、拗ねるだろメイ。せっかく隣にいるんだしさ。仲間に入れてやらないと」
「相生にしては良い考え。褒めてあげる」
「にへへ……。ありがとな」
どっちも想像ができない。メイに敬語を使うのも、美々子さんにタメ口を使うのも……。
いやでも、よく考えたら、メイに敬語を使っていた時期は、少しだけあったな。ほんの数時間の出来事ではあったが。
って、あれ。
「メイが十八歳で、美々子さんが十九歳……。でも、美々子さんは大学一年生で、メイは高校生ではないから……。ひょっとすると、二人って、同学年ってことに?」
「おいおい今更かよ桜……」
「気が付くのが遅すぎ」
……マジか。
この幼い見た目のメイと、大人びた容姿の美々子さんが、同い年。
「……桜、今何を考えてる?」
「え、あぁいや」
俺の視線の意味に気が付いてしまったメイが、頬を膨らませた。
「さて、と。じゃあ、あたしが手を叩いたら、関係性をチェンジするぞ?いいか?」
「はい……」
「いつでも」
美々子さんが、力強く手を叩いた。その音で、助手席にいた碧先輩が、ピクリと反応した。本当に寝てたんだな……。
「えっと……。桜くん。あたし、桜くんのこと、マジで好きなんです……」
「いきなりすぎま……。すぎないか?」
結局関係性が逆になっただけで、発言の内容に変化はない。
「桜。ジュース買ってきて」
「早速パシリですか……」
……こっちも、そんなに変わってないな。
「なんか違うなぁ……」
美々子さんも同じことを思っているらしく、う~んと頭を抱えて、考え始めてしまった。
「ちょっと待ってくださいね……。あたし、後輩女子の萌えポイントで、ネット検索するんで……」
似合わない敬語を使いながら、美々子さんがスマホを弄り始めた。
「メイも、調べてみる……」
準備不足ということもあってか、両脇の二人がスマホを弄り始めるという、変な展開になっていた。いや、俺としては、何も起こらずそのまま目的地に着いてくれるほうが、ありがたいんだけどさ。
しかし、美々子さんが、何やら良い案を思いついたらしく、ウキウキした様子で、俺に視線を送ってきた。
「先輩先輩。頭撫でてください!」
「あ、頭ですか」
「ですか?」
「あ、あぁいや」
「先輩に、頭を撫でてほしいです!」
「わかった……よ」
ぎこちないタメ口はさておき。俺は美々子さんの頭の上に、手を置いた。
「そこから、ポンポンって、優しく撫でてほしいです……」
美々子さんの目が、どんどん半開きになっていく。気持ちまで後輩にならなくていいのに……。こっちまで、変な気分になってしまうじゃないか。
とりあえず、言われた通り、頭を数回、ポンポンしてみると、美々子さんが、ぬふふ……。と、声を漏らした。
「せんぱぁい……。これやばいですぅ。まるで先輩のモノになっちゃったみたいっていうか……」
「や、やめてくだ……。やめよう。そういうのは」
俺の腕に絡まる美々子さんの熱が、徐々に高まっているように感じた。
「よし、これでいく」
そんな時、今度は逆側のメイが、攻撃のパターンを思いついたらしい。
「コ、コウハイクン……」
言ったことの無いであろうセリフ。そして、相変わらずの棒読み。
右隣の美々子さんが、俺に頭を押し付け、笑いを誤魔化した。ちらっと運転手さんに目を向けると、口元を抑えている。
「コウハイクン。オネエサンニ、ナンデモキイテネ」
「め、メイさん。その、わざわざ演技をしなくても、自然な感じで言えばいいんじゃないですかね……」
「ダッテ、コノホウガレンシュウニナルカラ……」
「そうですか……」
「コウハイクン、モシカシテテレテルノ?」
「ぷふっ」
前の席から、いきなり笑い声が聞こえた。
運転手さんのものではない、もちろん……。
「……ちょっと性悪女。何がおかしいの」
「えぇ?何の話ですか~先輩」
おどけたように、碧先輩が答えた。メイがそんな先輩を睨みつける。
「先輩、相変わらず酷い演技してますね。全然成長してない」
「そんなことないから。ね?桜」
「はい……」
「野並。はっきり言わないとダメ」
「いや、でも、成長はしてると思うんですよ。前は――」
「前は?」
前はもっと酷かった。思わずそう言いそうになったが、寸前のところでやめた。
「野並も言ってたのに。無理に演技しようとせずに、自然に話せばいいって」
「素人は黙ってて」
「ふぅ~ん。素人ねぇ」
碧先輩が小説家であることは、俺しか知らない。だから、メイが怒る気持ちもわかるけど……。
「やぁ~怖い怖い。桜先輩。美々子こういう空気やだなぁ~。だからなでなでして?」
……こっちはこっちで壊れてるし。撫でますけども。
「自然って。でも、それこそメイは、普通にしてたら、不愛想だし」
「クールな先輩。みたいな感じだったらいいんじゃないですか?」
「じゃあ、やってみる……」
メイが、気合を入れ直すように、自分の頬をぺちぺちと叩いた。
「……後輩くん。何かしてほしいことがあったら、いつでも言うんだよ?」
……あっ。
これ、いいかもしれない。
「……何か言ってよ」
「あ、う、えっと……」
「ちょっと先輩?手が止まってるんですけど~」
美々子さんが、俺の腕を叩いた。
「じゃあ、メイが撫でてあげる」
「え、え?」
メイが手を伸ばして、美々子さんの頭に触れた。
「ちょ、メイ……」
「今は私がお姉さん。メイさんでしょ?」
「メイさん……」
……ハマってる。
メイの普段の不愛想な感じが、クールだけど優しい上司みたいな役に、ドはまりしてるぞ!
「メイ、この役でオーディション受けて、今日みたいにできれば、多分一発で受かると思うぞ」
「メイ?メイさんでしょ?」
すっかりなりきってるな……。褒められたのが嬉しいんだろう。
「あ~あ。余計なアドバイスした。ふて寝しよ」
碧先輩が、再び目を閉じて、椅子にもたれかかった。
「……参考になった」
メイのお礼は、きっと聞こえていたと思う。
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