契約を結んだ二人。水着美女の再来と、ガムテープ。
「あれ……」
リビングに戻ると、三人の姿が見えなかった。
どうせ、何か企んでいるんだろうけど……。
時計を確認すると、パーティが始まってから、だいたい一時間半くらいが経過していた。美々子さんのレコーディングの時間も気になるところ。
そんな風に思っていると――。なにやらガサガサと、物音がした。
「だ、誰かいるんですか」
返事はない。
今の音は……。テーブルの下から?
俺は、恐る恐る、テーブルの下を覗き込んだ。すると……。
……毛布に包まった、誰かがいた。
「……美々子さんですね?」
「な、なんでわかったんだよ」
ガバっと、降参するように、美々子さんが飛び出してきた。
「なんでって言われると、困るんですけどね……」
一番そういうことをしそうなのは、美々子さんだなぁと思ったのだ。
誤魔化すのが下手だったせいで、何かを疑うような視線を向けてくる美々子さん。
「いや、そんなことはどうでもよくてですね。なんで美々子さん、毛布なんて被って、テーブルの下に?」
「ビビらせようと思ったんだよ。ドーンってな。毛布に一緒に閉じ込めて……あはぁ~んなことをしてやるつもりだった」
あはぁ~んて。昭和かよ。
「すいませんね。気が付いてしまって」
「本当だよ。つまんねぇ奴だなぁ」
「あはは……。で、メイとまりあさんは?」
「メイは、二人を足止めしてるよ」
「足止め?」
「そうだ。邪魔されないようにな」
二人というのは、神沢姉妹のことだろう。
「あぁ安心しろ。ちゃんと水分は持たせたからな。コンプライアンスもばっちりだ」
「そうですか……」
「徳重ちゃんは、部屋で待ってるよ」
「待ってる?俺を?」
「当たり前だろ」
「美々子さん。レコーディングの時間は……」
「タクシー予約してるし。大丈夫だろ。桜は細かいこと考えなくていいんだ。ほら、行くぞ」
美々子さんに手を引っ張られ、俺はまりあさんの部屋へ。
「ようこそ」
まりあさんが、怪しげな笑みを浮かべながら、出迎えてくれた。
そんな俺の背後で……。鍵を閉める音がする。
「え、美々子さん?」
「桜。悪いな」
……なに、この展開。
今気が付いたけど、部屋の照明も、なんか薄暗くしてあって……。
「メイちゃんにも、悪いことしちゃったね」
「そうだな」
「メイ?」
「うん。二人を足止めして、桜くんを部屋に閉じ込めたら、合図するから、私の部屋に入ってきてね。そう言ったけど……。私は連絡しないし、鍵も開けない」
「な、何が始まるって言うんですか」
「私たちね?契約を結ぶことにしたの。桜くんのことが……。好きな女同士で」
契約……。
とてつもなく、物々しいワードが出てきたぞ。
「桜」
「うわっ!びっくりした……」
いつのまにか、すぐ後ろまで来ていた美々子さんに声をかけられて、情けない反応をしてしまった。
「その一。桜と一線は超えない」
「その二。桜くんが嫌って言うことはやめる」
「その三。桜に課金しない」
「その四。桜くんの夢を応援する」
「その」
「ま、待ってください。何ですか急に」
「契約内容だよ。これを破ったら、桜とは一週間接触禁止だ。その九十九まであるんだぜ」
「聞いてられませんよ……」
「桜くん」
まりあさんが、真剣な表情で、俺を見つめている。
「なんですか?」
「桜くんにも、改めて約束してほしい」
「……何をですか」
「絶対に、どちらかを受け入れると決めた時は、もう片方に連絡をしてからにするって」
美々子さんも、うんうんと頷いている。
「どうなろうと、それは桜の選択だ。あたしたちだって、子供じゃないからさ……」
「あのそれと、俺の夢を応援するっていうのは……」
「私や相生さんは、桜くんの時間をかなり奪ってるから……。それで小説家になれなかった時、桜くんだけじゃなくて、私たちも後悔することになる。だって、自分の旦那さんの夢を潰したことになるから」
「そんな……。考えすぎですよ」
と、言いつつ。
指摘通り、俺の小説に費やす時間は、少し減っている。
それでも、碧先輩曰く、描写がリアルになった分、多少は面白くなってきてはいるらしいけども……。求められるレベルには、全然足りていない。
「だからね?時間制にすることにしたの。私と相生さん、一日を四つに分けて、そのうちの一つずつをもらう。あとはただの同居人として、桜くんには干渉しない。ちゃんと小説と向き合う時間を作る」
つまり、昼からデートに連れていかれ、最終的にネットカフェで二時間密着し続ける……。みたいなことは、なくなるってことか。
「あたしも、大学でのことはちゃっちゃと終わらせてさ……。家で桜とイチャつく時間を作るようにするから」
美々子さんの彼氏に関する噂は、まだ解決していない。けれど、マネージャーとして働く姿を見せる時間も、最小限に抑えられるということだろうか。
「そういうわけだから。小説、頑張れよ」
「はい……」
……なんか、急に応援されると、照れちゃうな。
二人の期待に答えるためにも、より一層頑張らなければ。
「さて、真面目な話はここまでだ」
パンっと、美々子さんが手を叩いた。
「この時間制は、今日から始まるんだよ。つまり、夜はあたしと桜の時間になるって決まってる。ということは……。わかるよな?」
そう言い残して、美々子さんが出て行った。
ご丁寧に、鍵まで閉めて。
「やっと二人きりになれたね?」
まりあさんが、口角を上げた。
まるで、獲物を捕食する前の、肉食動物のように。
「三十分だよね。うん。それだけあれば十分……」
「まりあさん。目が怖いですって」
「目?ちゃんと桜くんだけを見てるけど」
「それが怖いんですよ」
首を動かしても、視線だけはずっとこっちに向いている。まるでロボットみたいだ。わざとやってるのかな……。
「いつまでも床に座らせておくのは失礼だから……。ベッドに座ってもらおうかな。ほらほらおいで?」
「いえいえ。俺は床が大好きなので」
「じゃあ、私がそっちに行っちゃうよ?」
まりあさんが、まるで当たり前かのように、俺に密着してきた。
肌と肌が触れ合っている……。俺の体には、まださっきの熱が残っているのだ。ちょっとしたことで、汗をかいてしまう。これをちょっとしたことって言えるかどうかは別として……。
「桜くん、暑い?」
「そうですね。風呂上りなので……」
「だったら、脱げばいいのに」
「何を言ってるんですか本当に」
「私は……。脱ぐよ?」
「はい?」
そう言って、普通に服を脱ごうとしたまりあさんを、俺は慌てて止めた。
「どうしたの?自分で脱がしたい?」
「一旦冷静になりましょう。服を脱ごうとしてるんですか?」
「うん」
「思春期男子の前で?」
「訂正。大好きな、思春期男子の前で」
「……」
「安心して?また水着を着てるから」
「そういう問題じゃ」
「いいから」
まりあさんに手を払いのけられ……。素早い動作で、水着姿になられてしまった。
ネットカフェの時とは違う、これまたおしゃれな水着。
「じゃあ、始めようか」
何をですか。
そう尋ねる前に、俺の口が、何かによって塞がれた。
これは……、ガムテープ?
【続く】
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