お姉ちゃん、エ○漫画書いてるから。

「……」


そういえば、初めて三人が家に来たときも、同じシチュエーションだったな……。


こうやって、湯船に一人で浸かって。


……美少女が、扉一枚挟んだ向こう側で、着替えてるっていう。


俺はきっと、幸せものなんだろう。でも……。心臓に悪いんだよな。こういう展開は、一か月に一回くらいでいいと思うんだ。


「野並。入るよ」

「は、はい!」


声が上ずってしまった。


まず最初に……。碧先輩が現れた。


もちろん、水着を着用しているが、前回一緒に入った時よりも、どこか露出面積が多いような……。


どうしても、視線が胸にいってしまう。碧先輩は、校内でも話題になるくらいのナイスバディなのだ。


「どこ見てるの?」

「……え?」

「何その、とぼけた顔」

「……すいません」

「別にいいけど。ほらお姉ちゃん。早く入って来てよ」

「で、でもやっぱり」

「何今更恥ずかしがってるの。ほら」

「きゃっ!」


碧先輩に引っ張られる形で、神沢さんが、入って来たけれど……。


二つの大きな物体が、ブルンブルンと揺れる音が聞こえたような気がした。


俺の視線に気が付いた神沢さんが、頬を赤くして、胸を隠す。


「……恥ずかしいから、あんまり見ないでほしいな」


そうはいっても、これはすごい。


碧先輩でもとんでもないのに、神沢さんは……、さらに一回り大きい気がする。


遺伝子とはいえ、恐ろしい……。


「野並の変態」


碧先輩が、ジト目を向けてきた。


「あのですね……。これはさすがにちょっと、マズいと思うんです」

「なにが?」


今まで、まりあさん、美々子さん。そして、ここにいる碧先輩と、一緒に風呂に入ってきたけど。


……神沢さんは、ヤバイ。強すぎる。


風呂なのでメガネを外しているせいもあってか、その綺麗な瞳が、これまた魅力的だった。


「何を言ってるか、わからないけど、とりあえず入るから」


碧先輩が、隣に入って来た。


そして、ナチュラルに身を寄せてくる。


「あ、碧先輩……。近いですって」

「野並はいつも同じ反応でつまらない」

「だって、それ以外に言うことないじゃないですか」

「もっと、肌が柔らかくて素敵だね。とか、気の利いた言葉を使って。小説を書いているくせに、反応のパターンが少ないのは死活問題」

「こんなところで説教しないでくださいよ……」


まさか、水着姿の美少女に、風呂で怒られるとは思ってもみなかった。


「お姉ちゃん。そこでモジモジしてなくていいから、早く入って」

「え?わ、私はほら。体洗ったら、先に出るから」

「家出る前に、お風呂入って来たでしょ。そのまま入ればいい」

「碧……。野並くんが、困ってるでしょ?」

「困ってない。野並は変態だから。女の子に挟まれて、良い味出すの」

「人を出汁みたいに言わないでくださいよ……」

「こないだは、美々子さんの前だったから、あんまり弄れなかったけど……。今日は、覚悟してね」


そう言って、不敵な笑みを浮かべた碧先輩は――。


俺に、抱き着いてきた。


お互い水着を着ているとはいえ、ほとんどの場所が、直接触れ合う形になってしまう。風呂の熱と、碧先輩の体温で、体が溶けてしまうんじゃないかと思った。


「な、あ、あの」

「ダメだよ、逃げないで。野並は、とにかく異性周りの描写ができてない。あんな美少女に囲まれてるから、どうしてもキャラクターのポテンシャルに頼りすぎて、描写が雑になる。こうやって、シチュエーションを実際に体験することで、もっと妄想を膨らませるの。ネタにするの。わかる?」

「それどころじゃないですよ!」


碧先輩の柔らかいところが、全部密着してる。そして、顔は目の前だ。少し荒くなった息がかかる。まともなシチュエーションとは思えない。こんなシーンは……書かないだろ!


「あ、あああ碧!?なにしてるの!?」


顔を真っ赤にして、手で目を覆い隠す神沢さん。


「お姉ちゃん。絵の参考にしないと。目を逸らさないで」

「む、無理。こんなの、刺激が……」

「そんなんじゃ、今度の同人誌即売会、間に合わないよ?」

「……同人誌即売会?」

「何で言うの!!!!」


自分で大きな声を出してから、神沢さんは、はっとしたように、俺の顔を見た。


「ち、違うの野並くん。これにはわけが」

「野並。お姉ちゃんは……。漫画家なの」

「……漫画家?」

「そう。それも、十八歳以上の人しか読めない漫画」

「やめてえええ!!!」


か、神沢さんが、エ○漫画の作家?


全く想像できない……。こんなに清楚で、引っ込み事案な人が?


「先輩、それって何かの間違いじゃ」

「間違いじゃない。そんでもって、お姉ちゃんは締め切りが近いのに、いいアイデアが浮かばなくて、困ってる。そのせいで、血迷って、彼氏まで作って……。危ないところだった。もう少しで、酷い目に遭わされるところだったんだから」


碧先輩が、少しだけ、心配するような表情になった。


「だから、野並。お姉ちゃんの勉強のためにも、一肌脱いで」

「もう、物理的に脱いでるんですが……」

「お姉ちゃん。バレちゃったんだし、もういいでしょ?入ってきて、男の子の体を観察しなよ」


バレちゃったというより、勝手にバラしたっていうべきだと思うけどなぁ。


それでも、神沢さんは、どこか吹っ切れたようで。


顔を赤くしながら、少し震えながらではあったけど、狭い浴槽の中に入ってきた。


「ご、ごめんね?野並くん。私、太ってるから……」

「いやいや太ってなんかないですって」


むしろ、男性視点からすれば、ベスト体系で……。


なんて思っていたら、碧先輩に、頭を叩かれた。


「どこ見てんの。スケベ」

「見てません!」

「見なよ」

「どっちなんですか……」

「お姉ちゃん、いつも妄想で、頑張って漫画書いてるんだけど、もったいないと思う。実物を見れば、才能が一気に開花して、もっといい漫画家になれるのに」

「碧……。気を使ってくれるのは嬉しいけど……。お、男の子の裸なんて、恥ずかしくて、見れないから」

「……私だって、恥ずかしいのは変わらないよ」

「え?」

「でも、それが普通になるから」

「……そうなの?」


神沢さんが、ゆっくりとこちらに目を向けた。


しかし、すぐに逸らしてしまう。


「む、無理だよ」

「まず、触ってみることから始めないと。同じ人間なんだよ?」

「ど、どうしてそんな風に抱き着きながら、普通に会話できるの……」


……俺も同じことが訊きたい。


まりあさんや美々子さんのように、俺に対して、好意があるわけでもなく。


はたまた、メイのように、根っからの甘えん坊というわけでもない。


仲が良いとはいえ、先輩後輩なわけで。


どうしてこんなにも、躊躇いなく密着できるのだろう。


「お姉ちゃん、本当にエッチな漫画書いてるの?」

「え?」

「野並も、なんでポカンとしてるの」

「……えっと?」

「はぁ……」


大きなため息をつかれてしまった。


「もういい。ほら、次はお姉ちゃんの番だよ」

「わ、私?何が?」

「野並を貸してあげる。抱き着いてみれば」

「だ、だだだだ!無理無理無理!」

「何のためにこのシチュエーションを用意したと思ってるの。いいから抱き着いて」

「碧先輩。無理強いはよくないんじゃ……」

「お姉ちゃんのためを思って言ってるの。私が野並に抱き着くのは、単にからかってるだけだけど、お姉ちゃんは違うから」


やっぱり、単にからかってるだけなんですね……。良いんですけども。


「それか、野並の方から、お姉ちゃんに抱き着かせようか」

「何言ってるんですか……」

「そうだよ碧。そんなの、野並くんが嫌がるに決まってる」

「え?」

「え?」


何やら、神沢さんと俺との間に、認識の違いがあるみたいだ。


「いや、神沢さんが、抱き着かれるのが嫌かなって、思ってるんですけど」

「そんな。私は、こんなデブな女に、抱き着くなんて嫌だろうなって……」

「……わかったでしょ?野並」

「……」

「お姉ちゃん、チョロいから」


……彼氏の件も、そうだけど。


碧先輩の言う通り、確かに神沢さんは、ちょっと危なっかしいかもしれない。


【続く】

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