メイの地獄の演技タイム。
「ダメだったな……」
「そうですね」
コーヒーを飲んだ後、ふぅ、と息を吐いた美々子さん。その隣で、俺もため息をついてしまった。
バスケサークルの人たちに訊いて回ったが、どうやら高岡は、自分の素性を隠して活動していたらしい。そして、バスケというよりも、女の子目当てだったんだとか……。
評判の悪さは、やはり噂になっていて、俺を彼氏と誤解している件を話したら、噂を取り消すために、正しい情報を流すと言ってくれた。ありがたい。
とはいえ、やっぱり根本であるところの高岡を捕まえないことには、いたちごっこになる可能性もあるわけで……。
「大学つってもなぁ。いくつあるかわかんねぇし」
「あの感じだと、女性問題を抱えて逃げることも多そうですから……。結構遠くの人かもしれませんね」
「困ったなぁ。ネットとかに書かれなきゃいいけど」
「幸い、そういう情報は今のところ無いですね。ただ、非公開のアカウントで、噂をバラまいてる可能性はありますけど」
「なんかさぁ。彼氏云々に関しては、今に始まった話じゃないんだよな」
「そうなんですか?」
「こないだなんて、教授と話してただけで、デキてるだのなんだの言われたからな」
うんざりしたように言う美々子さん。よくわからないことを言ってくる人がいるもんだな……。
「……もうさ、良いかなって思ってんだよ」
「え?」
「彼氏とか、いても」
「……ん?」
話の流れが、よくわからなかった。
「どういうことですか?」
「だって、あたしってさ、ヴァイオリニストなわけだろ?アイドルでもなんもでもない。それなのに……。あんな清楚に振る舞ってさ。彼氏も作りませんって、変だと思わないか?」
「確かにそうですね」
ヴァイオリニストに彼氏がいてはいけない理由なんて無い。
「演奏だって、結構高いんだ。ただあたしのキャラとか、ビジュアルとかに惹かれて、ちょっと見てみようかなぁなんて人は、少ないと思うんだよ」
「……こういう話は、事務所の人とした方がいいんじゃ?」
「だって、桜はあたしのマネージャーだろ?」
「仮のキャラクターですから……」
「だははっ。そうだったそうだった」
美々子さんが、俺の頭をポンポンと叩いてきた。
そして、急にしんみりした表情になる。
「どうしました?」
「神沢ちゃんもさ、言ってただろ?素のあたしの方が好きだって」
「言ってましたね」
「桜は、どうなんだよ」
「どうって……」
「清楚なあたし、結構見ただろ?」
「そういう意味では、違和感はありましたね。普段は、今の美々子さんと接しているわけですから」
「じゃあ、こっちの私の方が、好きか?」
「……はい」
「だよな~」
安心したように、美々子さんが胸を撫で下ろした。
「あっ。メイから連絡だ。もう着いたってさ。戻ろうか」
「そうですね」
俺たちは、さっき借りた練習室に戻ることにした。
☆ ☆ ☆
「メイに会えなくて、寂しかったって言って」
練習室に着いて、開口一番。メイが言った。
「なんだよそれ……」
「言えないの?」
メイが頬を膨らませている。なんだか、いつもより距離が近いような……。
「……メイに会えなくて、寂しかった」
「桜、甘えん坊なんだね」
「おい……」
「お二人さん。お仲がよろしゅうございますねぇ」
美々子さんが、からかうようにニヤニヤしている。
「相生。メイがいない間、桜に変なことしてない?」
「あたしはしてないよ。でも……」
そう言いつつ、美々子さんが……。
例の写真を、メイに見せた。
すぐに、メイの顔が真っ赤になる。
「な、ななな!なにしてるの!バカ!変態!けだもの!近寄らないで!」
近寄ってきたのはそっちなんだけどな……。
「いや、これはだな……」
まりあさんの演技の件を、きちんと説明させてもらった。
納得はしていないが、理解はしてくれた様子。
「美々子さん……。何であんなもの見せるんですか」
「だって、あたしたちは同棲してるんだから、隠し事は無しだろ?」
「これは隠し事ってよりも、ただの爆弾な気がしますが……」
「やっぱり監視が必要。桜は今日からメイと寝るべき」
「それはズルいぞ。桜はあたしと寝るんだから」
「ん~……」
メイが、唇を尖らせて、美々子さんを睨みつけている。
「おいおい良いのか?ヴァイオリン、教えてほしいんだろ?」
「……卑怯」
「卑怯って言うなよ。交換条件だ」
「わかった」
渋々、メイが首を縦に振った。
「さて、と。教えるとは言ってもな……。あたし、人にヴァイオリンなんて、教えたことがないんだよ」
「基礎だけで良い。本番は、実際に弾くわけじゃなくて、演技力のテストだから」
「なるほどな」
……それ、受かるのか?
演技の練習をした方がいいんじゃないかと、俺は思ってしまう。言わないけど。
「じゃあ、早速持ってみるか。ほれ」
「意外と重い……」
「そうだろ。そしたら、ここをこうして」
美々子さんの指示で、メイがヴァイオリンを構えた。
やはり、様になっている。美少女×ヴァイオリンの威力は、古くから言い伝えられてきた、お決まりの組み合わせだ。
「せっかくだから、ちょっとだけ弾いてみるか。これをこうしてみてくれ」
「うん」
弓を動かすと、綺麗な音が鳴った。
「おお。筋がいいぞメイ」
「本当?」
「うん。ちゃんと練習すれば、結構弾けるようになるかもな」
「ありがとう」
素直に喜んでいるメイは、やっぱり可愛い。いつもこうだといいのになぁ。
「じゃあ、ついでに、シチュエーションの練習もさせて」
「シチュエーション?」
あ、これはいけません。
俺はメイの演技を見ているから、耐えられる可能性があるけど、美々子さんは……。多分、笑う。大声で笑う。初見であの演技を笑わずに見られる人は、存在しないと思うんだ。
「私はヴァイオリン教室に通う女の子。公園で一人で弾いていたところで、とある男の子に声をかけられる。その子が実は、昔あることが原因で、ピアノを辞めてしまったっていう過去があって……。みたいな」
「おお。面白そうじゃん。ちょっと桜、やってみてくれよ」
「……マジですか?」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど……」
やるしかない、か……。
メイが、ヴァイオリンを構えた。
「あの、セリフは?」
「アドリブで良い」
「無茶言うなよ」
「まだ、男の子役のセリフはもらってないから。先入観無く練習したいの」
「……そうか」
俺だって別に、演技が上手いわけじゃないんだけどな……。美々子さんが、ニヤニヤしながら見てるのも気になるし。
「桜の好きなタイミングで始めて」
「わかった」
俺は、ちょっと咳払いしてから、メイに向かって歩く。
「こんにちは」
「アァコンニチワァ」
「……っ。ヴァイオリン、お上手なんですね」
「ソウナンデスヨサイキンレンシュウタクサンガンバッテルノデ」
「……はい」
「……」
「……」
「桜、アドリブ向いてない」
「……そうかもな」
色んな意味で、対応力が無いなぁとは思ったよ。
美々子さんはどうしているだろうかと、後ろを振り向くと。
もうそこにはいなかった。
少しして、何事も無かったかのように、帰ってきた。
「あ、悪い悪い。ちょっと事務所から連絡が来てさ」
「そう?じゃあ、もっかいやろう」
「え?いやいいよいいよ」
「なんで?遠慮しなくていいのに」
「な~ほら。桜。パーティの件、話してないだろ?」
「パーティ?」
「パーティになったんですか……」
でも、良い話題の逃がし方だ。ありがとう美々子さん。
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