カロリー高めの愛を求める徳重まりあ

「午後六時から、二時間だけ、パーティに参加しませんか。メンバーは、俺、美々子さん、メイ、それから……。こないだ家に泊まりに来た碧先輩と、碧先輩のお姉さんです。場所は我が家のリビングで……と」


電話に出ないまりあさんに、もう一度メールを送っておいたけど……。どうなるかな。


結局、人数が多くなってしまったので、我が家で集まることになったが、元はこの練習室からそのままどこか外食に行く予定だったので、だいぶ当初の目的とはズレてしまっている。


「徳重ちゃん、出ないんだって?」

「はい……」

「弱ったなぁ。神沢ちゃんに合わせる顔がないよ」

「多分、今日は休みって言ってたので、家にいるはずなんですけどね……」

「そうだよなぁ。あの人友達とかいなさそうだし」

「随分辛辣ですね……」

「そりゃあ、恋のライバルだからな」

「恋のライバル?」


メイが、美々子さんの言葉に反応した。


「……相生、どういう意味?」

「ん?そのまんまの意味だよ。あたしは桜が好きで、徳重ちゃんも好きなんだ」

「……」

「いや、俺を睨まないでくれよ」

「二股とは、いい度胸」

「だから、俺から仕掛けたわけじゃないんだって」

「でも、まんざらでもない顔してる」

「それは……。まぁ」


こんな美少女二人に好意を寄せられて、何も思わない方が不自然だと思うけどな。


「それに、あの女と、その姉が来るって?」

「あ、あぁ」


……そう言えば、メイがこんなに演技を頑張るようになったのは、碧先輩がきっかけだったな。


ちなみに神沢さんは、家に戻って準備をしてから来るらしい。碧先輩にもきちんと連絡しておいた。「そっちが学校に来ないなら、こっちから言ってやる」なんて、小言を言われてしまったけど。


「さっきの上達した演技を見せつけて、ビビらせてやる」


メイが口角を上げ、不気味な笑みを浮かべた。その後ろで、美々子さんは笑いをこらえている。


「メ、メイ。それなら、オーディションに受かってからの方がいいんじゃないか?その方が碧先輩もびっくりすると思うし」

「なるほど」


どうやら納得してくれたらしい。危なかったな……。


「ところで美々子さん。家でパーティをやるにしても、食事とかはどうするんですか?」

「もう注文しておいたよ。寿司にピザにチキンに……」

「なんか、特別な日でも無いのに、そんな豪華な食事をするのって、気が引けちゃいますね」

「じゃあ、特別な日にするか?」

「え?」

「桜はあたしのマネージャーなんだから、今日の夜のレコーディングに、一緒に参加すればいいじゃん」

「……それはちょっと」


さすがに、俺みたいな素人が急に現れたら、現場の人も困惑するだろう。


「それ、メイも参加したい」

「え」


いきなり手を挙げたメイに、美々子さんが驚く。


「だって、演技の参考になると思うから」


多分、俺と美々子さんは、同じことを考えてる。


……それ以前の問題だろ。と。


けど、目をキラキラ輝かせ、真剣な空気を醸しだすメイに対して、とてもじゃないがそんなことを言える空気ではなかった。


「……そ、そうだな。じゃあ、桜とメイは、パーティが終わった後、レコーディング見学に参加ってことで」

「うん」

「はい……」


決まってしまったな。


……メイはまだしも、俺は本当になんでもない素人だから、すごく肩身が狭い。


「あ」

「どうした?」

「まりあさんから電話が来ました。ちょっと出てきますね」

「おう」

「相生。その間に、メイの演技をもっかい見てほしい」

「え」

「ダメ?」

「だ、だめじゃないぞ。うん。当たり前だ」


ちょっと困ったような顔のメイに頼まれると、断れないんだよなぁ。


俺は練習室を出て、電話に出た。


「もしもし?よかった。メール、見てくれました?」

「……」

「まりあさん?」

「女の子が増えてるよ」

「え?」

「女の子が、増えてます」

「……なんか、怒ってますか?」

「怒ってます」


怒ってるらしい。


察するに、碧先輩のお姉さんが増えていることが、引っかかったらしい。


「桜くんって、モテるんだね」

「いや、これはですね、たまたま……」


俺はまりあさんに、今日あったことをちゃんと話した。


そして、神沢さんが、まりあさんのことが好きだという話も。


「う~ん……。私のファンなんだ。じゃあ無下にはできないね」

「そうです。だから、まりあさんが参加してくれないと、ちょっと……」

「参加しないなんて言ってないよ。大人数でご飯食べるの、嫌いじゃないし。それに、ご馳走が食べられるなら。なおさわ断る理由なんてないと思う」

「そう言ってくれるとありがたいです」

「でも……。ね?私を含めて、五人の女の子が、一人の男の子を取り合うわけだから」

「取り合うって……」


あと、神沢さんはその中に入らないだろうとも思う。


「私、目の前で桜くんが、他の子とイチャイチャするのを見て、ちゃんと笑顔でいられる自信、ないよ?」

「……でも、つい最近までは、普通に美々子さんやメイが、そういうことをしても、何も言わなかったじゃないですか」

「それ、本気で言ってる?」

「……」


本気では言ってなかった。


自分の考えを整理したくて。反応が知りたくて。あえてちょっと、核心に迫るような質問をしたのだ。


……やっぱりこの人、俺に対して、結構本気なんだな。


自惚れるわけじゃないけど、この好意に対しては、やっぱり真剣に向き合う必要があると思う。


「まぁ、その、それも演技の練習だと思って、頑張ってくださいよ」

「……そうやって言われちゃうと、困っちゃうなぁ」

「月9女優、徳重まりあの、腕の見せ所じゃないですか」

「じゃあ、頑張ったら、ご褒美くれる?」

「過激なモノ以外なら」

「今、選択肢が八割もカットされたんだけど」

「言っておいてよかったです」


思春期男子としては、一応その消えた選択肢たちも気になるところではあるが……。


「別に、何か高いものを要求しようとかは思ってないから、安心して?」

「はい……」

「また今度、考えておくから。楽しみだね」


ふふふ。と、まりあさんが意味深な笑い方をした。


「えっと、じゃあこの辺で。神沢さんたちと駅で合流してからなんで、だいたい一時間後くらいになると思います」

「わかったよ」

「それでは」

「あ、待って」

「はい?」

「……電話を切る前に、好きだよって言ってほしい」

「……なんでですか」

「嫌なの?」

「嫌ではないですけど……」

「じゃあ、いいでしょ?」

「でも、人前ですから」

「足音一つ聞こえないよ」


バレてる……。


ここ、練習室の廊下には、特に人がいる気配がなかった。いることにはいるけど、みんな中に入っているから、廊下の音は聞こえていないはず。


「わかりました……。じゃあ、言いますよ」

「うん」

「……好きだよ」

「私も。世界一好き。ばいばい」


そう言って、電話が切れた。


……ちょっと、重たいかもなぁ。

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