母性に目覚めたギャル。

目を覚ますと、午前十時。ナチュラルに遅刻してしまった。


「おい桜……。酷い顔してるな」

「はい、ちょっと……。おはようございます」


リビングに向かうと、美々子さんが心配してくれた。


昨日は結局、どう頑張っても眠れなかったのだ。まりあさんにガッチリと抱きしめられ、身動きも取れず、胸元には寝息がかかり……。


多分、気絶するような感じで、明け方ようやく眠れたんだと思う。


「ほら、味噌汁飲めよ。昨日の残りだ」

「ありがとうございます……」


フラフラとした足取りで、椅子に座り、美々子さんから味噌汁を受け取る。


うん。美味しい……。昔よく、親父が二日酔いで帰ってきた翌日に、シジミ汁を飲んでいたけど、それと同じ感じかもしれないなぁ。


「まっ。あたしが作ったわけじゃないけどな~。桜の彼女さん、が作った、美味しい味噌汁だ」


からかうようにして、彼女さん。を強調して言う美々子さん。


……その彼女さんの仕業で、こうなっているわけですけども。


「昨日は徳重ちゃんと寝たんだよな。その様子から察するに、全然眠れなかったんだろ?」

「正解です」

「あれで結構エグイところあるからなぁ。あの人は」

「……あの、美々子さん。一つ訊いてもいいですか?」

「ん?おうよ。なんでも聞いてくれ~」

「美々子さんとまりあさんって、何かしら会ったことがあるんですか?」

「まぁ、そんな感じだな」

「なるほど……」

「……おう」


美々子さんが、珍しく困ったような顔をしている。やっぱりこの二人には、何かしらわけがありそうだ。あまり深く訊かれたくなさそうだし、もうやめておこう。


「しっかし。桜もウブだよなぁ。確かに徳重ちゃんは可愛いけどさ。それで一睡もできないなんて」

「俺じゃなくてもあんなの耐えられませんって……。むしろ、多少耐性があったから、ちょっとだけ眠れたと思っているくらいです」


もし、普通に学校へ通っている男子高校生が同じ状況になったら、多分眠れないどころか、途中でイケない行動をしてしまうんかないかなと思う。自分の理性の強さにだけは、誇りを持ちたい。


「これを飲んだら、もう一度寝ようかなって思ってます」

「そうだな。うん。……いや待てよ?」

「どうしました?」

「あたし、今日休みなんだよ。夜にちょっと弾く用事があるくらいでさ」

「そうなんですか」

「だから、一緒に寝よう」

「……どうしてそうなるんですか」


美々子さんが、ニコニコしながら、俺の方に近寄ってくる。まりあさんにしても、美々子さんにしても、何かを話す時、とにかく密着しようとしてくるのは、本当に心臓に悪いから、できれば控えてほしいけど……。それを無下にできるほど、俺は強い男じゃなかった。こういうところは受け入れないと。全部我慢していたら、理性がすぐに爆発してしまう。


「だってさぁ。結局こないだ、一緒に寝れてないだろ?桜はあたしに一つ貸しがあるんだよ」

「貸しって……」

「そうだろ?まさか、無料であたしの演奏を聴いたつもりになってないだろうな……。結構するんだぜ?コンサートって」

「いきなり汚い話しないでくださいよ」

「汚くなんかない。体で払えって言ってるだけだ」

「もろに汚い話じゃないですか!」

「いいじゃんか別に~。ほら。こうやって頭撫でてあげるぞ?」


美々子さんの手が、頭に伸びてきた。性格とは違って、綺麗な指をしていて、髪が指を抜けていく感覚が、とてもシャープに伝わってくる。


「子守歌も歌ってやるぞ?」

「それは勘弁してください」

「遠慮するなって。な?」

「でも、今寝たら、また夜眠れなくなって……。負の連鎖じゃないですか?」

「それは確かにそうだよな……」


美々子さんが、少し何かを考え始めた。


「そうだ。ソファーで寝たらどうだ?仮眠っぽいだろ?」

「それは確かに……」

「じゃあ、早速ソファーに移動!」

「え、ちょっと!」


美々子さんに腕を引っ張られ、強引にソファーへと連れ込まれてしまった……。


……いや、そこまで強引でもなかったかもしれない。寝不足で、力が出ないんだ。さすがにもう、あぁだこうだ言ってられない。少しでも睡眠をとらなければ、倒れてしまうかもしれなくて。


まるで体を預けるようにして、ソファーへ横になる。相変わらず美々子さんは、俺の頭を撫でていた。


「ほら……。楽器を扱うあたしだから、手の扱いには慣れてるつもりだ。気持ちいいだろ?眠れそうだろ?」


確かに、美々子さんの手さばきはとても心地が良い。


まりあさんの、包み込むようだけど、まるで捕食するかのような、大人のお姉さんの強い魅力とは、また違った良さがあって……。これならば、すぐに眠ってしまいそうだ。


「……美々子さん。ありがとうございます」

「うん……。これ、いいな。母性が目覚めそうだ」

「母性ですか?」

「気を抜くと、急に胸を出して、桜に授乳しちゃうかもしれない」

「えっ」


俺は思わず飛び起きてしまった。


「じょ、冗談だよ。そんなビビんな」

「そうですよね……」


疲れているせいか、いつもなら流すはずの冗談に、過剰に反応してしまった。


「でも、いつかあたしも母親になるんだろうな……」

「なんですか急に……」

「いいや?別に?」

「……」


その後は、特に美々子さんも仕掛けてこず。


心地よさの中で、俺は眠りについた。


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