愚痴を聞いた後、抱き枕にされました。

ベッドに移動した俺たちは、すぐに添い寝状態へと移行した。このスムーズすぎる流れから察するに、まりあさんは多分、ある程度プランが決まっているっぽくて……。


「今度ね?添い寝のシーンがあるの。こないだはリビングで、みんなと一緒だったから、あんまり意識できなくて……。今日はもっと、恋人と添い寝するってどういう感じなんだろうとか、どんな風にしたらより魅力的になれるのかなぁとか、色々試させてね?」

「はい……」


覚悟を決めよう。そして、何があっても一線は超えないように、自分の心の中に潜んでいる野生児へ、決して暴れるなと命令した。


と、思っていたのに。


まりあさんが、いきなり手を握ってきた。


「あ、あの……」

「どうしたの?」

「いきなり握られると、びっくりするんですけど」

「えぇ今さら?」

「だって、こんなに距離が近くて……」


まりあさんの匂いとか、息遣いとか、全部伝わってくる。ただでさえドキドキするシチュエーションなのに、予告も無く手を握られたせいで、心臓の鼓動が飛び跳ねそうになった。


「じゃあ、逆に言えば……。やるよ。って言ってからなら、何をしてもいい?」

「そういうわけでは……。あの、月9なわけですし、あんまりいかがわしい感じのヤツはやめた方がいいんじゃないかなぁって」

「それはわかってるよ?でも、桜くん可愛いから、ちょっと意地悪したくなっちゃうっていうか……。空君の康太もね?普段は大人しいんだけど、きちんと男っぽいところもあるような男の子で……。なんだか、桜くんみたいかも」

「そんな……。恐れ多いですよ」

「一つ、教えてほしいんだけど」

「はい?」


まりあさんは、少しだけ視線を落とした後、もう一度真っすぐに俺を見つめ直してきた。


「……桜くんは、これだけ私に色々されて、反撃してやりたいとか思わない?」

「……いや、特には。別に、嫌なことをされるわけじゃないですし」

「ん~。それだとちょっとダメなんだよね」

「え?」

「空君の康太くんは、私の演じる由利ちゃんにリードされる形で、どんどん男らしくなっていくでしょ?できれば桜くんも、そういう感じになってほしいというか……」

「それはつまり?」

「……たまには、桜くんの方から、私を弄ってほしい」


少しだけ照れながら放たれたそのセリフは、艶めかしさというか、大人の女性のいやらしさというか……。とにかく、さっき必死で閉じ込めた俺の野生の心を、呼び起こしてしまいそうなほど魅力的だった。


……一旦、目を閉じて、小さく深呼吸をする。


よし、なんとか堪えたぞ。


「えぇっ!?」


と、思ったのに、目を開けた瞬間、まりあさんの顔が、すぐ目の前まで迫っていた。


いや、迫っていたなんてもんじゃない。鼻同士が触れて、ぶつかって……。


それでも、まりあさんは離れることなく。


「……なんだ。キスしてほしいのかと思っちゃった」


なんて、大人すぎるセリフを言うのだった。


「まりあさん……。さすがにそれは」

「ふふ。でも、恋人って、そういうことじゃない?」

「そうかもしれませんけど。やっぱりキスはちょっと、一線超えちゃっているというか……。まりあさんのファンの方もいると思うんです。空君を楽しみにしている人たちにも、申し訳ないかなぁって」

「私は、思わないなぁ」

「……まりあさん?」


ちょっとうんざりした様子のまりあさん。手に力がこもっている。


「彼氏がいるとか、いないとか。それで応援するしないを決められるのって、とってもしんどいことなの。だって、そうでなくても、今、顔すら知らないファンの誰かと交際する可能性は、限りなく低いわけだし。何かその人の人生に影響が出るわけでもない。だったらあなたの好きな私の恋を、全力で応援してくれてもいいんじゃないかって……。傲慢かな?」


いきなり難しい話になってしまった


添い寝、手を繋いでいる、顔同士がかなり接近している。こんな緊張するシチュエーションで、それでもこれだけ理性的なことを述べられるまりあさんは、やっぱり大人だなと思った。


「俺はまだ高校生だし、誰かを好きになったこともないから、わからないですけど……。確かに、本当にその人のことが好きならば、その人が幸せになることを一番に願う気はしますね」

「そうなの!だから、色々言ってくる人たちは、きっと私じゃなくて、ただ画面の中の自分の欲望を満たす何かを好きなだけで……。っあ、ごめん。違うの。私、性格悪いよね?ごめんね……」

「いいですよ気にしなくて。あれだけ忙しく働いていたら、愚痴くらい言わないと疲れちゃいますよ」

「……彼氏さんに、弱いところ見せちゃったなぁ」


小さく笑うまりあさんの息が、そのまま俺の顔にかかる。そんな些細なことでも、俺はドキドキしてしまうから、この距離はさすがにマズくて……。


「あの、一旦離れませんか?」

「どうして?」

「さすがに、近すぎるんじゃないかなぁって」

「……うん」

「え、ちょ、まりあさん?」


俺の発言を無視して、まりあさんはむしろ、どんどん距離を詰めてくる。一旦離した手を、俺の背中側に回した。そして、足を絡めるように……。まるで、抱き枕でも抱いているかのような体制へと変わる。


当然、密着すべきでない部分は全て密着してしまうし、逃げ場もなくなった。


「彼氏とか、そういうの、今だけはどうでもいいや」

「……えっと?」

「桜くんがかっこいい。だから、このまま寝かせて?」


まりあさんが、俺の胸に顔を埋めた。


そして、ほんの数分ほどで寝息が……。きっと、色々ストレスが溜まっていて、疲れたのだろう。


俺も寝ようと思ったが、結局その晩は、緊張して、ほとんど眠ることができなかった。

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