嫉妬する二人ーー。同じ匂いにされてしまった。

「美味しい……」

「そう?良かった」


今日の晩御飯は、コロッケだった。まりあさんの作る料理はどれも美味しい。碧先輩も、かなり喜んでいるみたいだ。


「さすが徳重まりあ。由利というキャラに矛盾が無い」

「実はね?オーディションの時に、料理のテストもあったの」

「へぇ~。大変なんだなぁ女優さんって。ヴァイオリンのテストで料理させられたら、溜まったもんじゃないよ」

「それはちょっと話が違うのでは……」


あっという間に四人とも食べ終わった。まりあさんと一緒に、皿を洗う。


「なんだか、賑やかで楽しいね?」

「……普段から十分賑やかだと思いますけどね」

「うん。でも……。なんだか、妹ができたみたいで」

「なるほど」


まりあさんからすれば、先輩も妹になるのか……。


俺から見ると、完全にお姉さんであり、師匠なんだけど。


「ところで、桜くん」

「はい?」

「……二人とも、お風呂入ったんだね?」


思わず皿を落としそうになった。


まりあさんが、クスっと笑っている。


「二人はどうだった?」

「どうって……。何がですか?」

「それはもう。色々」

「……コメントに困ります」

「ねぇ、桜くん」


まりあさんが、急に近よってきた。


フワッと、良い匂いが宙に舞う。


「私、ちょっとだけ、嫉妬しちゃったかも」

「……え?」

「だって、昨日までは、桜くんと一緒にお風呂に入ったの、私だけだよね」

「そうですけど……」

「なんだか……。ごめんね?私、お姉さんなのに、めんどくさいかな?」

「そ、そんなことないですよ」

「だから……。また一緒に入ろうね?」


耳元で、囁くように言われてしまった。


緊張で、声が出ない。俺は静かに頷いた。


「ふふっ」


楽しそうに笑うまりあさん。


……骨抜きにされてしまいそうなほど、可愛らしい笑顔だった。


皿を洗い終え、リビングへ。美々子さんは演奏の準備をするため、部屋に戻って行った。


……メイが、なにやら不満そうな表情で、俺を睨んでいる。


「メイ、どうした?」

「野並。メイは嫉妬してる」

「ちょっ」

「嫉妬?」


碧先輩が、うんっと頷いた。


「一人だけ、野並とお風呂に入ってないことが、悔しくて仕方ないらしい」

「メイはそんなこと一回も言ってない!適当言わないで!」

「言わなくてもわかる」

「どうしてわかるの!」

「キャラクターが単純だから」

「……桜!この女、失礼すぎ!」

「まぁまぁ」


とりあえず、二人の間に割って入った。


碧先輩が、ニヤニヤしている。多分、メイをからかって遊ぶのが楽しいんだろう。


「先輩。ほどほどにしてくださいよ?」

「野並」

「はい?」

「ふふ」

「ちょっと、先輩?」


先輩が、急に俺の背後に回り……。


髪の毛の匂いを、嗅いできた。


「な、なにしてるんですか」

「私の髪の毛と、同じ匂いがする」

「それは……。同じものを使いましたから」

「メイ。どう思う?」

「……なにが?」

「お風呂に、四人それぞれ違うシャンプーが置いてあった。でも私は、野並のやつを使ったから、野並と同じ匂いになれたの」

「それがなに?」

「……嫉妬するでしょ?」

「……しないし」

「そう。つまらない」


小さくため息をついて、先輩がソファーに戻った。


「だいたい、人の髪の毛なんて嗅がないから」

「でも、一緒に寝る時は、距離が縮まるから、自然と香ると思う」

「……」

「先輩、その辺にしておきませんか」


メイがいつ怒るかわからない。せっかく人が泊まりに来てるのに、喧嘩に発展したら最悪だ。


「……桜。話がある。私の部屋に来て」

「え?」

「いいから」


メイが、俺の手を掴んで引っ張った。


そして、メイの部屋へ。


たった一日しか経っていないが、だいぶ様子が変わっている。


壁はピンク一色だし、ぬいぐるみはたくさんあるし……。


「そこに座って」

「そこ?」

「床」

「おう……」


指示された通り、床に座る。カーペットまでピンクだ。


「目、瞑って」

「え」

「早く」

「……何するつもりだ?」

「何もしないから」

「それは嘘だろ」

「メイの言うこと、聞いてくれないんだ」

「あぁわかったから。そんな悲しい顔しないでくれよ」


メイが泣きだす前に、俺は目を瞑った。


「じゃあ、動かないで」


そういうと、メイは……。


……俺の髪に、優しく触れてきた。


手に何かつけているのだろうか。普通の感触じゃない。


「メ、メイ。なにしてるんだ?」

「ヘアオイル」

「ヘアオイル?」

「……メイと、同じ匂い」

「……あぁ。そういうことか」


碧先輩の言う通り……。どうやら嫉妬していたらしい。


メイの小さな手が、俺の髪の毛を、何度も撫でていく。オイルを刷り込むようにして、丁寧に。


「……すんっ」


そして、メイが俺の髪の匂いを嗅いだ。


「……同じ」


どうやら、同じ匂いになったらしい。


「……もう、目を開けていいか?」

「いいよ」

「そもそも、ヘアオイルを塗るだけなら、目を閉じる必要なかったよな?」

「……だって、目隠ししてたから」

「……あぁ」


……お風呂での話か。


メイは、とことんやり返さないと気が済まないタイプらしい。


「もう、用事無いから。出てって」

「自分勝手だな……」

「……」

「わ、わかったよ。出てくから、睨まないでくれ」


メイに凄まれながら、俺は部屋を出て行った。

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