ラッキースケベはいつだって
「……」
湯船に浸かるのは、何年ぶりだろう。
俺はシャワー派だ。あんまり熱いのが好きじゃないし、小説を書く時間を少しでも多く取るため、無駄な時間は省くようにしている。
だから、ただでさえ馴れてなくて、のぼせそうなのに……。
「んしょ……」
小さく声を漏らしながら、服を脱いでいる美少女が、扉の向こうにいるなんて!
「桜く~ん!もう少し待ってね?」
「は、はい!」
声が裏返ってしまった。情けない。
じゃんけん大会の優勝者は、徳重さんだった。
布の擦れる音が、やけに大きく聞こえる……。
「よ~し。入るよ?」
「はひ!」
ゆっくりとドアが開き、徳重さんが入って来た。
水着を着ているとはいえ、俺は裸なのだ。ちょっと何か間違いがあったら……。
……いやむしろ、あってほしいと期待する心が、全くないわけじゃないけども。
「今日帰りジムに寄ったから、ついでにシャワー浴びてきたの。だから……。早速入るね?」
徳重さんは、少しだけ体にお湯をかけた後……。
ゆっくりと、湯船に入って来た。
うちの湯船は、そこまで大きくない。男子高校生と、大人の女性が二人で入ったら、かなりいっぱいいっぱいだ。
……わざとじゃなくても、腕が密着してしまう。
「ごめんね?勝ったのが私で」
「え?」
「だって桜くん、年下の女の子の方が好きだもんね?」
「どうしてそうなるんですか」
「だって、メイちゃんのこと、下の名前で呼んでるんだもん」
「だからそれは……」
「ね。こっち狭いから、もう少しそっちに寄ってもいい?」
俺が応える前に、徳重さんが体を寄せてきた。
腕だけではなく、右半身がほぼ密着する状態に……。
「桜くん。あったかいね……」
「お湯があったかいんですよ……」
「ううん。そういうのじゃなくて、こう……。なんだろう。心があったかい。みたいな?」
「なんですかそれ……」
「……まりあって、呼んでほしいな」
「……」
「……嫌なの?」
「一つ、訊かせてほしいんですけど」
「うん?」
照れながらも、なんとか徳重さんと目を合わせる。
「徳重さんは、俺のこと、好きなんですか?」
……訊いてしまった。
けど、そう思うしかないじゃないか。初対面の人間に対して、ここまで積極的なんだから。
「えっと……」
徳重さんは、困ったように目を逸らす。
……ですよね~。
「あ、あはは!すいません変なこと訊いて!徳重さんは、俺をからかってるだけですもんね!」
「からかってなんかいないよ?本当に桜くんと仲良くなりたい」
「でも俺、大人の女性を、下の名前で呼んだことなくて……」
「だから、お姉ちゃんでいいよ?」
「余計ハードル高いです」
「もう。そんなに照れることないのに。せっかく同棲するんだから、仲良しの方が良いでしょ?」
そう言われると、正論のような気がしないでもないけど……。
実際、メイだけ下の名前で呼んで、他の二人は苗字だと、なんか冷たいような気もしてくるし……。
「わかりました。これからは、まりあさんって呼びます」
「よ~し。よくできました。偉い偉い」
「ちょっと、まりあさんっ」
濡れた手で髪の毛を撫でられている。まるで、まりあさんに髪の毛を洗われているみたいな錯覚に陥った。
「じゃあ、仲良くなったことだし、桜くんの体、洗ってあげるね?」
「へ?いやそれはちょっと」
「いいの。お姉ちゃんに任せて?」
徳重さんに腕を引っ張られ、バスチェアに座らされてしまった。あ、もちろん、俺の下半身はタオルで守られてますからね。
「じゃあ、濡れちゃったし、頭から……」
思わず生唾を飲み込んでしまう。月9女優に髪の毛を洗ってもらうなんて。
「いくよ~?」
「は、はい。お願いします」
「んしょ~」
……なんて優しい手つきなんだろう。
人に髪の毛を洗ってもらうことなんて、床屋のおっさんにしかされたことないぞ。
女の人の手って、こんなに心地いいんだな……。
「痛くない?」
「はい。すごい気持ちいいです」
「そう……」
「はい……」
「……んっ」
「……」
「んしょっ……。んん……」
……吐息が色っぽいなぁ。
いくらまりあさんが水着を着ているからって、これはちょっと、自分の自制心が心配だ。
「じゃあ、流すね……」
流す時も、手つきが本当に優しくて、気持ちいい。
「まりあさん、すごく上手ですけど、やったことあるんですか?」
「うん。昔ね。プロを目指してたこともあったの」
「へぇ……」
「むしろ、今女優をやっていることの方が信じられないくらい」
「なるほど……」
まりあさんみたいなウルトラ美少女お姉さんが美容師だったら、緊張して落ちつかないだろうな。
「じゃあ、背中洗うね……」
「……お願いします」
「……よし」
「うひゃっ!?」
いきなり背中に冷たいものが飛んできて、情けない声を出してしまった。
「ごめんね?ボディソープが少し飛んじゃった」
「い、いえ。大丈夫ですから」
「そう?」
「……あの、まりあさん」
「ん?」
「もしかして、手で洗うんですか?」
「そうだよ?」
……マジですか。
今からまりあさんの手で、背中を撫でまわされるってこと?
俺、耐えられるのかな……。
「じゃあ、洗っていくね……」
まりあさんの柔らかい手が、背中に触れた。
触れた位置から、右へ左へ……。円を描くように、優しく洗われている。
「んっ……」
そして、漏れ出す吐息。
「……もっと、強くした方がいい?」
「い、いえ。ちょうどいいです」
「わかったよ……んしょっ」
……なんだか、いかがわしいことをされている気分になる。
ただ背中を洗ってもらっているだけなのに。
「ふぅ……。んしょっ、て、あぁ!」
「え、まりあさ、うわぁ!」
手を滑らせたまりあさんが、俺の背中にもたれ込んできて……。
何かに掴まろうとしたもんだから、まりあさんの手が、俺のタオルに……。
俺は俺で、まりあさんを支えようとしたから、ちょうど向かい合う形になりまして……。
……結論、俺の丸出しになった下半身を、まりあさんに見られてしまった。
「ちょっと!すごい音したけど、二人とも大丈夫!?」
そして、ラッキースケベには、アンラッキーが必ずセットでついてくるわけでして。
「……あ~あ。やっちゃったね」
結果だけを見た相生さんは……。大きなため息をついた。
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