51時限目【悪魔と姉妹とメイドと】

 ◆◆◆◆◆

 前回に引き続き、神の視点で○○エル喫茶を覗くと宣言したは良いが、その前に、少しばかりフォルネウスが気になる。

 少し視点を変えて、まずは幼女を担いだフォルネウスを追ってみるとしよう。

 ◆◆◆◆◆




 悪魔が食う。ひたすら食べる。

 メタトロンに奢ってもらった屋台の焼きそばをこれでもかとすする。


 相当空腹だったのだろう。毎日のようにパフェばかり試食させられ金欠だったフォルネウスは久々にまともな飯にありつけたのだ。

 その息つく間もない様を見てメタトロンは呆れて言葉も出ない様子だ。しかし、その悪魔を見る目はあたたかい。


 ひとしきり食べて落ち着いたフォルネウスは呆れる幼女を見てお礼を言った。


「ありがとうございます! 久々にまともな飯にありつけましたよー!」


「いやいや、何があったか知らんが腹が減ったなら彼女に何か作ってもらえば良いだろ?」


「サハクィエル先生も忙しそうだったんで中々言い出せなくて。俺は俺で拉致されていたし……」


「難儀な奴だの、毎回のことながら」


 そんなことを話していると遠くから女の声が聞こえてくる。


「お姉ちゃーーん! こんな所にいたんだ! あ、貴方はいつもコンビニに買い物に来てくれる悪魔的な風貌がお姉ちゃん好みのお兄さんじゃないですかぁ! 最近ショボい物しか買って帰らないから心配していたんですよー? 生きてて良かったですー」


 金色の髪を揺らしながら声をかけてきたのはコンビニでいつも見かける元気なバイトちゃんだった。


「え、てかお姉ちゃん?」


 少女? はメタトロンをヒョイっと持ち上げクルクルと回ってとても嬉しそうにはしゃいでいる。

 回されているメタトロンはやめんかと叫びながら足をバタつかせて抵抗しているが聞く耳持たない少女は気が済むまで回り、目の回った幼女を降ろしフォルネウスに微笑みかけるのだった。


「君はコンビニで良く見る……」


「はいっ! サンダルフォンですっ! お姉ちゃんがいつもお世話になっておりますっ!」


 バイトちゃんの名はサンダルフォンというらしい。フォルネウスはその名を聞いて青ざめた。


(サンダルフォン!? メタトロン、サンダルフォン……え? まさか?)


 フォルネウスは2人を凝視した。


 メタトロンとサンダルフォンはキョトンとした表情で首を傾げる。


「ん? どうした、ジロジロ見るでないわ」


「何言ってんのお姉ちゃん? 悪魔的な鋭い目に見つめられてほんとはドキドキしちゃってる癖にー!」


「バカかお前はっ! そ、そんなことはどうでもいいだろ!」


 メタトロンは顔を真っ赤にして声を荒げる。


「メタトロン、サンダルフォン……あの、お二方はもしかして?」


 顔を赤くしていたメタトロンは小さく咳払いをして落ち着きを取り戻すと、徐に口を開く。


「うむ、私は七大天使メタトロン、そしてこの五月蝿いのが双子の妹、同じく七大天使サンダルフォンだ」


 メタトロンはフォルネウスの目をその吸い込まれそうになる大きな翡翠色の瞳で見つめた。


(来た……この感覚、それより、七大天使が何故学校とコンビニなんかにいるんだ?)


「何故か……私達はあるもう1人の大天使と協力し白天使アルビナとなる素質のある者を捜しておるのだ」


(また読まれた? あの目はいったい……)


「この目は人の心を読む事が出来る。いや、読みたくなくても勝手に入り込んで来る……と言った方が良いかの?」


「因みにー、そのことは他の人達には内緒なんだよ? 私達は密命を受けてるんだからね?」


 サンダルフォンはそう言って微笑む。


「そんな大事なことをこんな場所で大声で言っていいんすか? ……ってあれ?」


 フォルネウスが周囲を見渡すとまるで時間が止まったかのように全員の動きが止まっている。フォルネウスは驚き微笑むサンダルフォンに視線を移す。


「ふふっ、とりあえず時間、止めときましたー! あ、あまり長くは止められないからー、とにかく急ごう!」


「こんな所ではなんだ。とりあえず保健室へ移動するかの」


 そんな2人について行き保健室へと向かうフォルネウスはなるだけ無心を心がけた。


 暫く歩くと保健室へ到着する。


 3人が中に入ると、外が再び騒がしくなり始めた。時間が動き出したようだ。

 フォルネウスはいつもの椅子に座る。

 するとメタトロンが口を開く。


「驚かせて済まんな。だが、お前にどうしても確認しておかねばならんことがある」


「確認……したいことですか?」


「うむ、率直に言う。お前……



 ————向こう側の住人だな?」




 心臓の音が2人にも聞こえてるんじゃないかと錯覚する程激しく鳴る、そんな感覚が悪魔を襲ったのは安易に想像出来る。現に、フォルネウスの表情は動揺を隠し切れていない。

 サンダルフォンは後ろで黙って微笑む。暫しの沈黙のあと、フォルネウスが口を開いた。


「……やっぱり……気付いていましたか……」


「ほう、隠しはせんのだな? なら何故お前は天界に忍び込み、この天の川中等女子学院の先生をしておるのだ?」


「俺は……」


 フォルネウスは観念して全てを話した。


 誰かに聞いてほしかった、しかし、誰にも言えないこの悩みを全て、目の前の幼女に話した。

 メタトロンは難しい顔をする。


「つまりお前は意図せず天界に迷い込んで流れでここの先生をしとると言うのか? うーむ……私はお前が白天使アルビナを狙って来たと最初は警戒しておったが……これは検討違いかの」


「その、アルビナって……?」


白天使アルビナって言うのはね、この世界の均衡を保つた——」

「バカもの! 何でもかんでも話すでないわ!」


 サンダルフォンはメタトロンに結構な威力で小突かれ萎れ黙り込んだ。


「つまり、フォルネウスよ。お前の魔界手帳エビルブックを奪った奴がおると言うことだの。

 天界では密かにその存在を追っておるのだが、覚えはないか? その、特徴とか……」


「いえ、何も。気付いたらあの丘の上の公園にいたって事しか……」


「そうか……」


 メタトロンは少し困った表情で頭を抱える。


「お姉ちゃん、この人本当に巻き込まれただけみたいだよ?」


「害が無いなら、咎めはせん。私にそのような権限がある訳でもないしな。

 サンダルフォンよ、このことは上の者にはくれぐれも話すでないぞ? ……特に、あの四大天使にだけは話すな」


「わかったよお姉ちゃん。お口にチャック、だよね?」


「うっかりは無しだぞ? うっかりで此奴の正体がバレようもんなら即刻消されてしまうのだからな?」


「だいじょぶだいじょぶ! お姉ちゃんのお気に入りさんを消される訳にはいかないしね! お兄さんは悪い人ではないみたいだし、でも、ラジちゃんはどうする?」


「ラジエルには一応伏せておけ。アイツのことだから気付いておるやも知れんがな。ん、お気に入りとか言うなっ!」


 目の前で勝手に話を進める姉妹をじっと見つめる悪魔フォルネウス。

 ひとしきり言い合った2人は再びフォルネウスを見つめ、優しい口調で言った。


「お前は今まで通り、先生を続けてやれば良い。お前のことは誰にも言わんから安心しろ」


「言っちゃったらもう会えなくなっちゃうもんねー? ププッ」


 ゴツン!


「いだいっ! ふえぇ〜ん……酷いよお姉ちゃん、打つなんて! こんな大きなタンコブが……」シュゥゥ……

「やかましいわ、このボケちんが!」



「メタトロン先生、俺……」


「いいんだ。私はお前が悪には見えん。だから、帰る術が見つかるまで、ここで頑張っておれば良い。私も少しくらいなら手をかしてやるからな。どうやら、事態は思った以上に深刻なようだの」


「ありがとう……ございます。

 俺、このことだけは誰にも相談出来なくて……こうやって先生やってるうちに生徒達にも愛着が湧いて……す、好きな人まで出来て、でも、俺は悪魔でっ……どうしたらいいかわかんなくて……」


「お前は本当に優しい悪魔だの」


 メタトロンは俯くフォルネウスを抱きしめようとしたが、寸前で背を向け続けた。


「こんな時、抱きしめてやるのは彼女の役目だの。さ、行くがいい。……怪我をしたら、いつでも来るがいいぞ。それと、ここで話したことは口外するでない。すれば、死ぬぞ」


「う……分かりました。先生、俺にもいつか話して下さい。そのアルビナというもののことや、天界の事……知らないことがこんなにもあるなんて、俺もまだまだ未熟者ですよ」


「いずれ、話せる時が来れば。しかし、その話を聞く覚悟があればの話だぞ? ほら、さっさと彼女のとこへ行かんか! しっしっ!」



 サンダルフォンのすすり笑う声を背に、フォルネウスは保健室を去った。



「良かったね、あの人が悪い悪魔じゃなくて! ……お姉ちゃん?」


「これは調べる価値があるやも知れんな。フォルネウスと入れ替わった何者かのことを」


 メタトロンの表情が険しくなる。


「……堕天……」


 部屋は一気に静まり返る。



 ——



 保健室から出たフォルネウスの心は何となくすっきりしていた。メタトロンは初期からある程度は気付いていたのだろう。あえて泳がし、動きを伺っていたのだがフォルネウスがあまりにも普通に先生をするので遂に問い詰めた、といったところか。


 どうやらあちらにも色々事情があるようだ。


 四大天使、その傘下の3人の大天使の間には少しばかり、すれ違いがあるのか。

 フォルネウスがそんな思考を巡らせ歩いていると、巡回中のサハクィエルが爆乳をふんだんに揺らしながらやってきた。


「あ、フォルネウス先生。こんな所にいたんですね?」


 サハクィエルは目が眩むような眩しい笑顔を見せる。


「あ、はい。ちょっと保健室に用があって。それより、少し生徒達を見に行ってみますか?」


「そうですね。確か1組の子達はメイド喫茶をしているみたいですね? きっと可愛いですよ、見に行ってみましょう!」


 フォルネウスは心の中で貴女が一番可愛いですよと念仏を唱えながら、サハクィエルと1組の教室へ向かうのであった。


 ——


 教室の外には何と行列が。

 そしてその殆どが他校の男子、天翔達のようだ。


「な、何だか凄い人気みたいですよ?」


「いったい中で何が……」


 2人は恐る恐る窓から中を覗いてみた。

 可愛いメイド服姿の○○エル達がとても忙しそうにしている。凄い繁盛っぷりだ。


(な、何て露出の高い衣装……中学生……いいのか?)


 男子達はメイド達に萌えまくり次々とメニューを頼まされている。いや、半分はガブリエルが勝手に頼んでいるようだが。


 ガシャン!

「きゃあっ……! す、すみませんっ……」


 シャムシエル、転ぶ。


 しかし服を汚された男子は怒ることもなく、いいからいいからとニコニコしている。これはアレだ。完全に萌え殺されている。


「お、美味しくなーれ! えいっ……!」


(……え??)


 フォルネウスは目を疑った。


「おおぉ! サキエルちゃんの魔法の力半端ねー!」

「ヤバい俺も、俺も魔法かけて下さいっ! サキエルちゃん!」


「あ、えっと……お、おいしく、」


 フォルネウスは美少女サキエルの姿を見て吹き出した。2学期も後半に差し掛かるというのに、あんなサキエルは見たことなかったからだ。

 いつも○○本を見てムフってるイメージしかなかったが、このギャップは反則級である。

 教室中で他校の男子達が萌え殺されている。


「は〜い、美味しくな〜れ〜!」


「うおー! モコちゃんも最高だぁっ!」


 モコエルも安定の可愛さで男子達を萌え殺していく。


(俺はお前たちの未来が少し心配だよ、天翔達よ)



 フォルネウスとサハクィエルは顔を見合わせて笑う。


「ど、どうします? 入りますか?」


 サハクィエルが言ったが、フォルネウスは首を横に振った。


「いや、ここは見なかったことにしておきますよ」


「ふふっ、優しい人。なら、他も回りましょうか? うちのクラスは演劇をやってるんです。見に行ってあげたいなと思って」


「それなら、すぐに行きましょう!」


 2人は隣のクラスの教室へと向かうのだった。


 ——



 メイド喫茶の客足は休まる事を知らない。

 マールが赤いリボンを揺らしながらパフェを運ぶ。ガブリエル2世もそれなりに頑張る。


「美味しくなーれなの〜! これで美味しくない訳ないの〜! とっとと食えなの〜!」


「美味しくない訳ないのー!」(男子達)


 ガブリエルファンの天翔達が声を合わせて言った。その隣では、


「お、おおお美味しくなーれ!」プルプル!!


「プルプルしてるぞー!」

「守ってやりたいぞー!」


 こちらはクロエル。プルプル感が男子達の心を鷲掴んでしまったようだ。


「美味しくなーれっす!」ぴょこぴょこ


 マールも最高の笑顔で男子達を萌え殺していく。


 入店したお客さんを全員骨抜きにした○○エルメイド達はやっとのことで一息つく。



 文化祭ももうお終い。後は店を閉めて、他を回る事にした○○エル達。

 low Leeds café天女支店は大成功といった形で幕を降ろすのであった。





 騒がしかった校庭も校内も、すっかり人がいなくなり辺りは暗くなる。


 やり切った生徒達はこれからガブリエル邸で打ち上げをするようだ。フォルネウスも来いと誘われたが片付けがあるからと断った。


「む〜っ仕方ないの。それじゃ、また来週なの!」


 珍しく噛まれずに済んだ。


「先生っ、また来週っす! さよならっす!」


 ○○エル達は屈託のない笑顔を見せ帰宅した。



 ◆◆◆◆◆

 文化祭も無事に終わった。

 しかし、水面下で何かが起きている。

 フォルネウスはまだ知らない、その何かが、もうすぐ彼女達を襲うことを。


 次回より、第二期突入! ○○エル達もそろそろ進級? 新たな展開がフォルネウスを待ち受ける!

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