2時限目【委員長マールとガブリエル2世】

 ◆◆◆◆◆

 悪魔でありながら何故か天使達の教師となったアビス・フォルネウス2世。

 そんな悪夢は覚めることなく、かれこれ1週間が経過した!

 ◆◆◆◆◆



 天界の眩しさにも少し慣れてきたか。

 と、そんな思考を巡らせながら職員室で書類の整理をしていると、透き通る聖水の雫が水面を揺らしたかのような、澄んだ女性の声が俺を呼ぶ。


「フォルネウス先生、そろそろこの学校には慣れてきましたか?」


 これまた直射日光を肉眼で見るより眩しい笑顔で声をかけてくるのは1年2組の担任、

 ——正天使のサハクィエル先生だ。


 天使、それは学生時代の呼び名であり、卒業する事で正天使へと昇格するらしい。参考書の受け売りだが。そしてその正天使の更に上位には七大天使なる者が存在し、その中でも位の高い4人は四大天使と呼ばれている、と。


 それはそうと、このサハクィエル先生……


 容姿端麗、スラリとした細い身体に見合わない立派な胸が、窮屈そうなブラウスのボタンにこれでもかと圧をかける……

 弾けんばかりの爆乳天使である。


 長いエメラルドグリーンの髪からは魔界のサキュバス達の魅了とはまた違った何とも言えない香りが漂ってくる。


「サハクィエル先生……はぁ、うちのクラスの生徒……個性強くて大変ですよ。例えば……」


 俺は書類に目を通す。そこにはクラスの名簿などが記されているのだが、


 ……ガブリエル2世……


 コイツが中々……今日も朝からケツをかじられたからな……要注意天使だ……


 ガブリエル——

 その名を知っている者は多いだろう。

 それもその筈、彼女は四大天使が1人、あのガブリエルの愛娘だ。まず、娘がいることに驚きだ。


 四大天使とは、大天使長であるミカエルを筆頭に、——ガブリエル、ラファエル、そしてウリエルの三大天使を含めた4人の天使を指す。


 その大天使ガブリエルの愛娘、ガブリエル2世は噛み付き癖がとにかく酷い! 出会う度に俺の身体に歯型を残していきやがる。

 おかげで全身傷だらけだ。


 その時、ガラガラ……と、職員室のドアが開く。


「ういっす! 集めて来たっす、先生っ!」


 マールが頼んであったプリントを回収して職員室へやってきた。赤いリボンは今日もぴょこぴょこしている。凛々とした大きな青い瞳が俺をまっすぐ見つめてくる。その瞳には、淡いピンク色の花びらのようなものが宿っていて、思わず凝視してしまう。


「ご苦労さん」


 俺はマールからプリントを受け取る。マールは嬉しそうに笑う。その目が眩むような眩しい笑顔は確かに天使だ。

 だが、俺には眩し過ぎるんだよ……


「マ〜ル〜どこなの〜、あ、こんなところにいたの〜!」プンスカ


 こ、この声は……!?


 奴だ! ガブリエル2世がキタ!!


 やはりそうだ! 銀色の長い髪、所々はねるアホ毛と寝癖! そしてあの眠たげな垂れ目に赤い瞳、勝気な眉に小さな身体!!


 このちびっ子天使は間違いなくガブリエル2世だ!そのガブリエル2世が、フワフワと飛びながら職員室へ侵入してきた。——総員、退避!!


「ガブリン、ごめんっす〜先生に用事を頼まれてたっすよ!」


 マールが言った。


「むぅ〜フォルネウス、ガブのマールをひとりじめしないの〜、マールはガブのものなの!」ガブリ!


「ぎゃぁぁぁぁっ!? 腕がぁっ!?」ぴゅーっ


「あらあら、ガブリエルちゃん、あまり強く噛み付いてはいけませんよ? もう少しゆっくり噛み付かないと。や、さ、し、く、ね?」


「ぷーん、なの!」


「あらあら、ガブリエルちゃんったら、ふふっ」


 サハクィエル先生……そこは噛み付いたら駄目でお願いしたいのdeathが。


 ☆☆☆☆☆


 放課後、ホームルームを終えた俺は1人教室に残りため息をついた。

 本当なら今頃可愛い悪魔達に囲まれて悪魔とは何たるかを叩き込んでいた筈なのだが。


 まさか、天使を受け持つ事になるとは……

 分からぬ、天使なんぞどう扱えば良いか分からんぞ。——いや、俺は何を真面目に悩んでる? 天使達の扱い方云々ではなく魔界に帰る方法を考えなくては……


 父上、怒っているだろうな。



 窓から見える空は赤く染まり1日の終わりを告げているようだ。

 因みに俺は学校の寮に住んでいる。

 散々噛まれて痛む身体を気遣いながら寮へと向かう。道中、下校中の天使達と挨拶を交わしながら何とか寮に到着した。俺は自室のドアを開ける。

 やっと自分だけの時間を過ごせる。


 ……?


 俺はそっとドアを閉めた。


 何かいる。


 何故あの2人が、俺の唯一の癒しの空間にいる?

 いや、そんなはずはない。鍵は閉めた筈。

 ただ疲れて幻覚を見ただけだ。


 俺は再びドアを開けた。


「ういっす! 先生っ遊びに来たっす!」


「フォルネウス〜、何してたの。待ちくたびれたの〜!」ガブッ!


「ぎゃぁっ? ガブリエル! せっかく傷が塞がりはじめていたのにっ」ぴゅーっ


 ひとまず止血した俺は、目の前でニコニコする2人に問いただした。


「はぁ……で、どうやって入って来たんだ?」

「窓からっす!」


 マールは満面の笑みで答える。


「ガブがかじって鍵を開けたの〜、ガブは凄いの〜褒めるの〜!」ドヤァ!


 ガブリエル2世はこの上ないドヤ顔で、跳ねても揺れない小さな胸を張る。


 ……って、かじって!?


「ぬおぁっ! 窓がっ!?」


 鍵の部分だけ綺麗にかじり取られている。

 恐ろしい奴だよ……ガブリエル2世ーーっ!


 ガサゴソガサゴソ……って、おい!

 油断した隙にタンスを開けるマール!


「あれぇ? 何も入ってないっすね。○○本とかあると思ってたっす」


「って勝手にガサゴソしてんな! てか天使が○○本とか口にするなっての!」


 というか、天界にそんなものが存在することがもう色々幻滅というか何というか!? ん?


 ガブガブ! って、ゴルァァ!!


 冷蔵庫をかじり出すガブリエル2世!


「こ、こら何でもかんでもかじるなって!」


 俺は冷蔵庫からガブリエル2世をひっぺがし部屋の中央に、ゴミを捨てるようにポイした。

 そのあとも暴れるわ何のって、元気過ぎるだろ。


「はぁ、勘弁してくれよ」


「フォルネウスの部屋、何もないからつまらないの、マール、行くの!」


 ガブリエル2世は散々他人の部屋を散らかしてはほざき、再び窓から出て行ってしまった。

 あー、良かった。


「ガブリン待ってっす! 拙者も行くっすよ! とうっ!」


 マールは華麗に跳んだ! 拙者……


 パリィーーン! って、


「わざわざガラス割ってくなっての! チクショ、お前らっ……もう来るんじゃねぇぇぇぇっ!」



 ◆◆◆◆◆

 天の川中等女子学院にフォルネウスの叫び声が響き渡るのであった。

 頑張れフォルネウス! この程度、まだまだ序の口なのだから!

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