至らない兄
「健人!お弁当食べよ?」
3時間目の授業の終了を示すチャイムが鳴ると同時に麻紀がこちらへ向かってきた。
この光景はもはやクラスでは当たり前のようになっており、特別注目される事はない。
昼飯を食べようと麻紀が俺の隣まで自分の椅子を移動させ着席した瞬間、教室の後ろのドアが勢いよく開かれた。
「せーんぱい!一緒にお昼食べましょ!」
「………健人、どうしてこの女がいるの?」
麻紀の言葉に答える暇もなく、今度は教室の前の扉が勢いよく開かれた。
「健人!今日はお弁当作ってきたの!一緒に食べようね!」
今日の俺は特別注目されていた。
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カフェテリアに移動した俺。
とりあえず教室での修羅場は、無言でその場を立ち去る事で回避できた。3人は俺に用があるため、俺が移動すれば3人も釣られて移動せざるを得ない!
俺のファインプレーに全国から拍手喝采は間違いないだろう。
「健人!今日はだし巻き玉子にこだわってみたの!健人は昔から大好きだもんね!」
「せんぱい!今日5時起きして作りました!私の愛を受け取ってください!」
「健人……その、私は料理が得意ってわけじゃないけど……健人に食べてほしくて、ここ1ヶ月練習したの……食べてくれたら嬉しいな」
ここ最近は麻紀が作ってくれていたため、俺自身は弁当を持ってきていない事を差し引いても、俺はどうやら3つの弁当を消化しないといけないらしい。
「……みんなありがとう。いただくよ」
俺の腹、持ってくれよ……。
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「……ごちそうさま」
「健人、美味しかった?」
「麻里亜先輩、めちゃくちゃ美味かったです」
3つともとても美味しかった。
いや、もちろん他人が食べても絶賛するぐらい美味しい、という訳ではないのだが、なんていうか……愛を感じられた。3人とも作り込まれていて、俺に喜んで欲しいという気持ちがひしひしと伝わった。
「だいたいね?あんたなんか光ちゃんをいじめたわけでしょ?よくそれで健人に付き纏えるわね」
「うぅ……それは本当に反省しています。でも!麻紀さんだって先輩を罵倒していたらしいじゃないですか!」
「むぅ………なんでそれを知ってるのよ……」
「3人とも、聞いてくれ」
俺がそう言うと、麻里亜先輩はともかく、俺が飯を食べている間ずっといがみ合っていた2人も俺に注目してくれた。
「あのー、さ……ありがとな、俺の事を好いてくれて。俺は本当に幸せ者だ」
勿論ここにいない光、栄美子先輩に対しても同じ気持ちだ。
「ど、どうしたのよ急に」
「……そーですよ、先輩らしくないです」
「……同感ね」
3人からはあまり良い反応はもらえなかった……と思ったが、よく見ると3人とも顔が赤い。照れているだけのようだ。
「いや、……なんか言いたくなっただけだ」
「そう………」
その後の俺達の雰囲気は、照れやら恥ずかしいやらでかなりぎこちなかった。
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「先輩、今日家にお邪魔しても良いですか?…光ちゃんと話をしたいので」
自宅に着くと、莉子からメッセージが届いていた。
「光に聞いてみる」
俺はそうメッセージを打つや否や、光の部屋まで向かった。
トントン
「光?今入っても大丈夫か?」
ノックをして光に是非を問う。
「………ちょっと待ってて」
その時聞いた光の声はどこか冷たさを孕んでいたように感じた。
……俺の勘違いか?
「……いいよ」
やっぱりだ。
「入るからな」
そう宣言して俺が部屋に入ると──
全裸の光がいた。
「お、おい!服を着ろ!」
反射的に手で顔を覆った。
その瞬間、俺は光に腕を引っ張られてベッドへ投げ出されていた。すかさず光は俺に跨ってマウントをとる。
不覚をとってしまった。もちろん、抵抗すれば投げ出される事も無かったと思う。しかし、俺が抵抗する事で光が怪我でもしたら……と一瞬頭によぎってしまい、抵抗するのを諦めてしまった。
………なんかこの感じ、麻紀でもあったな。
そんな俺はというと、押し倒されているにも関わらず、そんな事も考えられるぐらいに冷静だった。いや、楽観的だったと言える。
「光、どうし──」
頬に水分の感覚。思わず光の顔を見ると、目を涙でいっぱいにし、悲壮な表情を浮かべる光がいた。
楽観的だった自分を恥じると同時に、俺は光の言葉を待った。
「お兄ちゃん!もう私の事なんてどうでもいいんでしょ!」
「………え?」
「友達から聞いたの。お兄ちゃんが学校で色んな女子とイチャイチャしてるって。その中に莉子ちゃんがいる事も。……私は莉子ちゃんのせいで学校に行けてないのに、莉子ちゃんと学校でイチャイチャするなんて酷いよ!」
目が醒めた。
……そうだ、そうだよな。
これは完全に俺が悪い。莉子は今日謝るのであって、今の時点ではまだ謝ってないんだ。少なくとも今日は莉子を受け入れちゃ駄目だったんだ。
……「光が許すのであれば俺も許す」って自分で言ったのにな。
自分のバカさ加減に嫌になっていると、不意に深淵のような目を携えた光が口を開いた。
「ごめんなさい」
「……どうして光が──「ごめんなさい。でも、捨てないで。お兄ちゃんのためなら何でもする!嘘じゃないよ?お金だって臓器売ってでもあげるし、エッチな事だってする!今からでもいいよ?ほら、胸も最近大きくなったんだ!他にもお兄ちゃんが好きなボブカットだってこれからも続けていくし、家事だって全部私がする!だからね?まだ捨てるには早いと思うの。私まだお兄ちゃんにとって利用価値あ──「ちょっと待った!」
弾幕の如く喋り出した光を落ち着かせて、俺は口を開いた。
「……俺は一生光を捨てる事は無い。……不安にさせてごめん。全部俺が悪いんだ」
俺は優しく光を抱きしめる。
「……良かったよぉ。うぅ……」
状況が読み込めたのか、光は泣き出してしまった。
「ごめんな。ほんとにごめんな」
「お兄ちゃん、最近私に構ってくれなくて……捨てられたんじゃないかって………。そう思っただけで、凄く怖くなって……捨てられないために、体を捧げようって思って………」
涙を流しながら、途切れ途切れに光は声を出す。
「……だから裸なんだな」
「……うん」
光は肯定の意を示すと、再度俺の胸に顔を埋めてシクシクと泣き出した。
「よしよし………」
光をあやすと同時に、自分の至らなさを自覚する。
この涙も、俺がしっかりしていれば流れなかったものだ。
最近は他の女子とのデート三昧。光に構ってやる時間もかなり減っていた。それに加えて自分をいじめた莉子と俺が仲良くしているのを知ってしまったらおかしくもなる。
元々光は不登校であって、関わりのある人は俺達家族だけみたいなものだ。俺が光に構ってやれなくてどうするんだ。
「……ごめんな」
何度目かわからない謝罪をし、光を抱きしめる力を強くする。
でも、やっぱり麻紀と似てるな。
「捨てないで」これは麻紀にも言われた言葉だ。この言葉から2人が俺に依存しているのがわかる。原因としては、2人共俺と長い時間を共有しているからだろう。
でもそれだけじゃここまで依存しないはずだ。
……俺は依存される体質なのかもな。
自分で言うのも気持ち悪いものだけどな、と自嘲する。
「………お兄ちゃん」
「落ち着いたか?」
「うん……じゃなくて、その……当たってる」
顔を真っ赤にしながら指摘する光。
「……すまん」
光の裸を見たからか、愚息は進化を遂げていた。
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あとがき
これさえ分かれば合格間違い無し!光の心理解説講座!
その1「お兄ちゃん最近構ってくれなくて寂しいよぉ……」
その2「最近お兄ちゃんの服から女の匂いがする……」
その3「お兄ちゃんが私を虐めた莉子ちゃんと仲良
くしてる………」
その4「もう私は必要ないって事なの……?だって私の事を考えてくれるのなら仲良くなんてしないよね……」
その5「私……捨てられちゃう………」
その6「やだやだやだ!体使ってでも止めないと!」
てことでプチヤンデレ回でした!
なんだかんだで光がヤンデレ化したのは2回目?
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