赤村莉子を救いたい。


「お兄ちゃん宛に手紙入ってたよー」


「まじ?渡してくれ」


家でゴロゴロしていると、光に手紙を手渡された。


茶封筒に入ったそれには、ご丁寧に「佐田健人様へ」と書いてある。


部屋に戻って手紙の中身を読んでみると……


「今日の18時00分、学校の屋上に来てください……莉子より」


一応部活動もあるので、学校に忍びこむのは簡単だろうが、最終下校時刻は確か18時だ。


最悪、警備の人間に見つかる危険性もある。


だから、ここは行かないという選択肢が正解なのだろうが、手紙の1番最後に──


「来てくれないと、先輩必ず後悔します。って……」


「莉子より」の後に普通書くか?なんてツッコミながらも、「必ず後悔する」という一文が引っかかって仕方が無い。


ただの脅しの可能性も十分にあり得るが……


「行くか………」


==================================


17時45分。


正門には下校する生徒達がたむろっていたので、人気の無い校舎裏へフェンスをよじ登って侵入した。


この学校は公立高校なので、監視カメラの数が少ない。


この校舎裏には存在していなく、校舎内には一つも無い始末。


防犯意識が低過ぎるように感じたが、今の俺には都合が良い。


「やっとついたか……」


警備員を警戒し過ぎて相当時間を使ってしまったが、なんとか屋上前の扉まで来れた。


相変わらずギィと不快な音を鳴らしながらもドアを開け切ると──


「あ、先輩!こんばんは!」


フェンスの外側、屋上の縁に腰掛ける莉子がいた。


「……おい!危ないだろ!」



「危なくて良いんですよ」


「良くない!」


「先輩、まだわかりませんか?」


「わかりませんかって、何を──」


「私、今から飛び降りるんです♪」


心底楽しげに、俺に告げた。



「……は?お、おい。早まるなって……」


飛び降りるって……本気か?


「先輩めっちゃ焦ってる〜」


にししっと笑いながら俺を煽るように指摘した莉子。


側から見たらただの無邪気な女の子だが、状況も状況なので、全く笑えない。


「止めろって!本当に死んじまうぞ!」


「そうですよ。死ぬために飛び降りるんじゃないですか」


さも当然と言わんばかりの莉子に、俺は確かに戦慄した。


そんな中でも、俺の頭は彼女がこんな事をする理由を推察していた。


……俺が莉子を追い詰めたからか?


……いくら自分の妹をいじめられたからって無碍にし過ぎたからか?


分からない。どっちもかもしれない。


……でも、少なくとも彼女が自殺するまで追い詰められたのは、俺が原因なんだろう。


「……ちょっと待ってろ」


なら、俺が責任を取らねばならない。


責任を取って彼女の自殺を、食い止めなければならない。



「莉子。お前が死ぬなら


俺は莉子の右隣に腰掛けた。


……くそ、めちゃくちゃ怖え。下見るだけで背筋が凍る。


「…………………へ?」


「だから、お前が死ぬなら、俺も死ぬ」


俺は莉子の右手を握った。


「はうぅ……」


こんな状況でも恥ずかしがれるのかよ。肝座り過ぎだろ。


「この手を離すつもりは無い。死にたいなら手握ったまま飛び降りるんだな」


俺はここぞとばかりに莉子の手を力強く握った。


まあここで本当に飛び降りられたら一環の終わりなんだけどな。


「先輩と心中も悪くないですね……」


あ、俺終わったわ。


「でもやっぱり、先輩を道連れにする訳には行きません。私だけ死にます」


「……そうか」



「……だから、手を離して下さい」



「さっきも言ったろ。お前が死ぬなら俺も死ぬって」


==================================


「莉子。多分もう1時間ぐらいたったぞ。腹減ったし早く帰ろうぜ」


「先輩が手を離せばすぐに帰れますよ」



「それだけは聞いてやれない」


結局あの後から膠着状態が続いている。


屋上の縁にいる為、常に肝を冷やしているからか、莉子と繋いでいる手は汗でびっしょりだ。


だが、手を離す事は莉子の死に直結するので、この不快感に耐える以外選択肢は無い。



ふと、この状況に嫌気が差した俺は、莉子に1つ聞いてみる事にした。


「なぁ……、俺に拒絶された事って、莉子にとっては自殺するほど辛い事だったのか?」


莉子が自殺を決意したのは、確実に俺に拒絶されたのが原因だろう。


確かに好きな人からの拒絶は耐えがたい苦痛だ。


だが、それは自殺を決意するほどのものなのだろうか。


「先輩と初めて会った時の事……覚えてます?」


突拍子も無いことを言い出した莉子。だが、茶化す雰囲気でも無かったため、素直に質問に答える事にした。


「あぁ……確か、お前が容姿についていじられていた時だっけか」


今でこそ学年のアイドルをやっている莉子だが、入学当初は丸眼鏡で髪はボサボサの少し冴えない感じの女子だった。


「私がだっさい丸眼鏡をいじられていた時に、たまたま通りかかった先輩が「俺はキュートで好きだけどな」って言ってくれたんですよね」


なんか改めて言われると死ぬほど恥ずかしい台詞吐いてんな、俺。


「そうだったな」


過去に自分が言った台詞に悶えている所を悟られないように平然を装って返答した。


「私、本当に嬉しかったです。……まあ、先輩にとってはいじられていた女の子を救ったら、その子に自分の妹がいじめられたっていうただの皮肉な話ですけどね……」


どこが自嘲するように吐き捨てた莉子。

その声音には後悔が混じっていた気がした。


「それから先輩の事が気になって、何度か一緒に下校したりして、自分でもチョロいと思うけど……好きになってました。そこからはボサボサの髪もやめて、メイクも勉強して、コンタクトにして、先輩に振り向いてもらう為だけに自分を磨きました」


ぼさ髪丸眼鏡の莉子がいきなり超絶美人になって学校に来た時はまあ荒れたな。俺も少なからず衝撃を覚えた。


「……でも、先輩は私に振り向かなかった。先輩は麻紀さんと付き合った。………本気で麻紀さんを恨みました。毎日殺してやりたいって思ってました。そして、いつの間にか……私のやり場の無い怒りは、先輩の妹の光ちゃんにも向いてました。……妹だからってあんなに先輩から愛されてる光ちゃんが恨めしくて……」


「……」


「最初は本当に些細ないじりでした。でも、回数を重ねていくうちに、いつの間にかいじりは「いじめ」になってました」


「……」


「目が覚めたのは先輩に絶縁宣言された時。我に帰った私はようやく自分がしでかした事の大きさを悟りました」


それはまさしく懺悔。下手するとこのまま飛び降りてしまうのではないか、そう思わせるほど莉子は沈んでいた。


「それと同時に、もう絶対に先輩の隣に立つ事は出来ないんだって、嫉妬で先輩の妹をいじめてしまった私にはその資格は無いんだって…………」


「だから、死ぬのか?」


「……はい。俺に拒絶されるのはそんなに辛い事だったのか?って先輩は私に聞きましたけど、本当に辛いです。好きで好きで仕方ないから、余計に辛い」


ふと、彼女と目が合った。

彼女の瞳は夜な事もあってか、光を一切通さない深淵のようだった。


「でも、せめて私の事を忘れて欲しくなくて、先輩を今日呼んだんです。流石に自殺する所見ちゃったら忘れるなんて一生出来ないでしょ?」



「それは間違いないな」


その場合に俺が負う心の傷はお構いなしか。……まあ、この場に俺を呼んでくれたのは素直によかった。呼んでくれなきゃ自殺を止めることもできないからな。


「「……」」




「……来世では先輩のお嫁さんになりたいな」


今世では決して叶わない未来。それを来世に賭けるとはなんとも壮大な話だ。


……ともかく、莉子の言い分はわかった。


が、彼女はどうやら盛大な──


「勘違いをしてるな」


「…………………え?」


「少なくとも俺は、莉子が俺の隣に立つ資格は無いなんて思ってない」


一瞬、時が止まったかと錯覚した。


何事かと思い隣の莉子の様子を伺うと、目を見開いて固まっている。


「嘘………」


「本当だ。……まあ、人間は過ちを犯す生き物だが、過ちを悔いる生き物でもある。もし莉子があの時の事を心底悔いているのならば、光に誠心誠意謝罪をして欲しい。まずはそこからの話だな」


「でも、先輩……光ちゃんに金輪際関わるなって……」


「あー……あれはやっぱり無効だ。謝罪する機会すら俺が奪うのは間違ってるからな」


「……」


「……俺はまだ莉子に猛烈に怒っているし、許してもいない。あの事件のせいでまだ光は学校に行けてないんだ」


この事実だけは彼女に忘れないでほしい。


「はい……」


ただ、と俺は続ける。


「光に誠心誠意謝って、もし許してもらえたならば、俺も莉子を許す。結局今回の被害者は光であって俺じゃない。被害者が許すのに外野が許さないだなんておかしな話だ」


「……」


「俺が言うのも変な話だが、俺も光も許したならば、お前の言う俺の隣に立つ資格ってのを手に入れられるんじゃないのか?」


「……」


「あるかも分からない来世に賭けるより、今世でまだまだやれる事があるだろ?死ぬにはちょっとばかし早いと思うぞ」


「先輩……私の事、好きになってくれるんですか……」


「……これからの莉子次第だ」


「……あんな事した私が……先輩の隣に立てるように……努力しても良いんですか……」


「良いぞ」


「私……まだ……死ななくて……いいんですか?」


「あぁ。生きてくれ」


「うぅ……ぐす……」


「……何度も何度も、拒絶されても、うざいくらいに謝ってみろ。応援してやるからよ」


「………はぃ………はい!」


莉子の自殺を止めるために、突発的に光に謝罪する事を許してしまったが、これが光の兄として最善の選択だったかは俺にはわからない。光の精神に負担がかかる危険性だってある。


「……どう転ぶか、だな」


2人の様子をよく観察しなけりゃならんな。


==================================


あとがき


とりあえずこれで地雷は処理出来ましたかね?


今まで散々莉子の事を拒絶してきた健人が急に受け入れ態勢に入った事に困惑した読者の方もいらっしゃるとは思うのですが、一応筋は通っているはず…………。


もしなにかおかしい部分があったら教えてください!

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