教室での一幕

目覚ましの音で目が覚める。


まだ朝の5時50分である。


何故こんな早くに起床するかというと…


「父さん、母さん、いってらっしゃい」


「あぁ、行ってくる」


「鍵閉めといてねー」


二人の見送りである。


実は父さんは7時くらいに家を出ても十分余裕を持って出社できるらしい。


しかし毎日この時間に家を出て、母さんを仕事場に送り届けてから自分の会社に向かうそうだ。


なんでも「母さんは一人にするとドジすぎて危ないからな」だそう。


ちなみに、帰りは母さんが父さんの退社まで待って一緒に帰ってきている。


なんでも「父さんが電車で痴漢の冤罪ふっかけられないようにするためよ」だそう。


母さんにいたっては建前がピンポイントすぎる。


……要は二人は少しでも一緒にいたいらしい。


父さんの会社の終業時刻は確か5時だったはずなのにたまに二人で深夜に帰ってくることもある。もしかすると、光はもう少しでお姉ちゃんになるのかもしれない。


二人を見送った後は、朝食と弁当作りに取り掛かる。


家事全般は俺の分担だ。


といっても光に分担してるものは無いが。


まあ昨日は休みだったようだが、陸上部で頑張っている光を応援したい気持ちもあるのでそこまで苦ではない。


朝食と弁当を作り終える。


いつもは大体このタイミングで……


「お兄ちゃんおはよー」


光が起きてくる。


「お兄ちゃん。朝のぎゅーしてぇ?」


寝起きの、寝ぼけ眼な光は甘えん坊になる。


俺は手を広げて光を腕の中に迎え入れる。


「……やっぱりお兄ちゃんの匂い落ち着くなぁ」


側から見ると異様な光景に見えるかもしれないが、俺達兄妹の日常はこんなもんだ。


「光、そろそろ準備しないと学校遅れるぞ。顔洗って来なさい?」


光に抱きつかれるのは俺も嬉しいが、彼女を学校に遅刻させる訳にもいかないので洗面所に促す。


その後、一緒にご飯食べて、歯磨きして、制服に着替えて、髪を申し訳程度にセットして……


「じゃあ光、学校行くか」


「え?今日は一緒に行ってくれるの?いつもは麻紀先輩と行ってたじゃん」


「昨日絶縁したし須藤もこれからは多分迎えに来ないと思うから、これからは一緒に行こう」


「やった!」


ピーンポーン


「………」


「………」


「……ちょっと話つけてくる」


昨日の無視宣言は一瞬解除しよう。


「…はい。」


「あっ!健人、あの「お前と話す事は無い。これからは一人で行け」」


ガシャン!と強めにインターホンを切る。


これは俺の拒絶の意思の表れだ。



「……お兄ちゃん。あれは少し可哀想な気がするなー。もうちょっと優しくてしてあげてもいいと思う」


「……わかった」


光と険悪な雰囲気になりたくないため、とりあえず返事はしたが、あいつとはもう優しくする機会すら無い事を願っている。


数分後、須藤が玄関前にいない事を確認して、光と登校した。



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昼休み。俺は友達の悠人と昼ご飯を食べながら駄弁っていた。


「ガチで彼女欲しい件について」


「悠人、本気で欲しいならちょっとはいいと思う子にアプローチでもしたらどうだ?」


「流石、彼女持ちの男の言葉は重みが違うな」


俺と、俺の友人の悠人の席は中央の後ろから一と二番目だ。


左側の最前列にいる麻紀の耳がピクッとしたのをこの席からは確認できた。


聞き耳でも立てているんだろう。


まあいい。


「──もう、彼女持ちじゃない」



刹那、教室の空気が凍った。それと同時に多くの視線が突き刺さる。


少し怒気が混ざって声を大きくし過ぎたのも驚きの一端を担っているとは思うが、教室の奴らからしたら衝撃ニュースであるのは確実だ。


俺らの関係は最早この学年、というかこの学校公認だったからな。


……まあともかく、俺以外の奴には麻紀は優しいから、あいつを狙う男子も出てくるだろう。


そこで、ふと思う。


──ていうかこいつらあいつが俺に当たりが強い事をなんで疑問に思わなかったのか?


教室でも罵倒されまくってたのに。


共犯か?共犯なのか?


「おい!急にぼーっとしてどうしたんだよ健人」


「あぁ、悪い」


「で?どうして別れたんだ?」


多くのクラスメイトが聞き耳を立てているのがわかる。


まあこの際言ってやろう。


「あいつの罵倒にもう俺は疲れたんだ。ほんと、昔は優しかったのにな……」


そう言うと前の席からガタッ!と椅子を倒す音が聞こえる。


しまった、あいつも聞き耳立ててたんだった。


……怒鳴られるか?


と思ったが、肩を震わせたかと思うと、椅子を直しもせずに腕で目を覆いながら教室を出ていった。


……泣いていたのか?


教室になんとも言えない雰囲気が漂う。


キーンコーンカーンコーン


「席に着けー」


予鈴が鳴ったと同時に教室に入ってきた教師。


なんとも言えない雰囲気が弛緩し、クラスメイトが席に座り出す。


……この教師には助けられたな。


結局、麻紀は昼休み後の授業に顔を出す事はなかった。







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